第二百四十四話 四神獣と後継者
『すまなかったファーガソン、根源の闇は具現化するまで我ら神獣は手が出せんのだ』
セラフィルが俺をモフモフの身体で包み込み、ベロベロ舐めながら甘やかす。ちょっと……いやかなり恥ずかしいのだが、拒否すると母上が泣いてしまうので我慢するしかない。そしてセラスたちの羨ましそうな視線も地味に俺の精神を削ってくる。
「そ、そうだったのかセラフィル。これで脅威は去った……と考えて良いのか?」
『そうだな……まあ……当面はといったところだが。闇は人がこの世界に居る限り消えることはない。根源の闇は弱き人の心、負の感情によって成長するが、強き人の心、正の感情によって抑えることも出来る。すべては人次第ということだ』
全ては人次第……そうか、帝国が根源の闇に操られていたわけではなく、帝国の闇が根源の闇を惹きつけ成長させてしまったのか。
『帝国だけのせいではないがな。だがまあ決定打になったことはたしかだが』
つまり――――平和な世界を作って多くの人が幸せに暮らしていれば、根源の闇は成長することは出来ないということだ。
『ふふ、ねえファーガソン、そんな難しい顔してないでさ、また私と子作りしてよ、すっかりご無沙汰なんだから』
燃えるような赤い髪の美女……もしかしてフィアライトか? というか子作りだとっ!?
前世の俺は何をやっていたんだ……。
「えっと……フィアライト? 実は記憶が無いんだ」
「そうなの? じゃあ……はい、これで思い出した?」
おお……フィアライトに関する記憶がよみがえってくる。
『ちょっと待て……私が先だフィアライト』
俺に抱きつこうとしたフィアライトを押しのけ翠髪の美女が割り込んでくる。その凛とした立ち居振る舞いは少しだけセリーナやアルディナに似ていて、男装の麗人という表現が良く似合う。おそらくエメラルダだろう。
『なによエメラルダ、あんた本当にムッツリだよね、普段からそんなことばかり考えてたんでしょ?』
『そ、そんなにいつも考えていたわけじゃない……と、時々だ』
羞恥で顔を赤くするエメラルダ。凛々しさとのギャップがヤバいな。
『ふぁーがそん……ふたりで寝よ? それでぇ……いっぱいこども産むの~』
いつの間にか青髪の幼女になったアズライトが袖をくいっと引っ張ってくる。
『はあ……相変わらずモテモテだのファーガソン。良いだろう、根源の闇の脅威が去った以上、これ以上記憶を封印する意味もなくなった』
前世の記憶が一気に戻る。まさか……記憶が戻らなかったのってセラフィルが――――
『ああ、我が封印していた。そうしなければ根源の闇は出てこないからの』
帝国の件もどうにかなったし、記憶も戻った。
だが――――これからが本当の戦いだ。
何せ……四神獣を俺一人で相手しなければならないのだ。はたして生きて戻れるかどうか……。
「なあ母上……」
『駄目じゃ、四神獣は等しくあらねばならない。まさか我だけ除け者にする気ではないじゃろうの?』
すべてお見通しのようだ。どうやら逃げ道はないらしい。
『あはは、もしかして私たち四人だけだって思ってる? 残念、眷属含めたら最低でもざっと四百人ってとこだよ?』
俺の苦悩に気付いたフィアライトが楽しそうに笑う。
よ、四百人……だとっ!?
『案ずるなファーガソン』
「エメラルダ、何か良い策があるのか?」
『私だけたっぷり愛してくれれば他は適当で構わん』
いや……そういうわけにはいかないだろ。期待した俺が間違っていた……。
『うふふ~。大丈夫だよ~ふぁーがそん。わたしが瞬時に回復させてあげるから~』
それは有り難いが……その……アズライトの幼女な見た目……どうにかならないだろうか?
『ん~? なになに~? アズのこと嫌なの~? う……ぐすっ……う、うわ~ん!!!』
マズいっ!? 泣かせてしまった!! ど、どうすれば……?
そ、そうだ、とりあえず困ったら肩車――――
『あはははは~高い高いなの~、ふぁーがそん大好き~!!』
ふう……機嫌が直って良かったが……アズライト、見た目と違ってめちゃめちゃ重いんだよな……。
「先生……お取込み中申し訳ないですが、先に帝国の方を……」
「悪い、そうだったな、チハヤ、申し訳ないが帝都内の福音がどうなっているか、わかるか?」
「少なくとも帝都内には福音の残滓は感じられないね。根源の闇と一緒に浄化されたんじゃないかな?」
「そうか、それならひとまず安心していいだろうな」
背後で蠢いていた根源の闇が消えて、福音が消滅したのであれば帝国の脅威は限定的になるだろう。
「それはその通りですが、今後帝国は大いに揺れるでしょうね……恐怖と情報統制で無理やり押さえつけていた皇帝がいなくなったのですから、まず間違いなく征服してきた国々が反乱を起こすでしょう。当分の間他国へ干渉する余裕はない――――どころか、下手をすれば国家そのものが維持できなくなる可能性もあります」
「たしかにな……セレス、後継はどうなると思う?」
「そうですね……現皇帝と路線が同じ皇太子は今回捕縛しますので、次期皇帝は残りの子の中から……ということになるでしょうね。王国としてはなるべく友好的で融和的な方をサポートしたいと思っていますが……情報が足りないのでこれからですね」
さすがにここまで強引に介入して後は知らないというわけにはいかない。
罪のない多くの国民のためにも、最低限安定するまではサポートすべきだろうな。
『ファーガソンさま、お耳に入れておきたいことがあります』
「どうしたアリス? 何かわかったのか」
アリスには夢の回廊を使って情報収集してもらっていた。
『皇帝の子どもたちですが、苛烈な後継者争いの結果、存命しているのは現時点で三名しかおりません。一人は皇太子、もう一人は第五皇女ミヤビ、ですが、皇太子は論外、ミヤビはすでに継承権を放棄して出奔しております」
「なんだと? ということは……」
『はい、残る一人は――――第七皇女カグラです』
「先生……これは……」
「ああ……想定外の状況だな……」
二人で頭を抱える。
「なんで? カグラちゃんに皇帝やってもらえばいいじゃん? あの子なら敵対することもないし安心でしょ!!」
チハヤの言う通りなんだが、帝国になんの基盤も後ろ盾もないカグラに皇帝を――――しかも間違いなく荒れるに違いないこの状況でやってもらうというのはあまりに残酷……
「私もチハヤちゃんと同じ意見だよ、私たちがサポートすれば何とかなるでしょ? ゲートもあるんだし」
「エレン……うむ……そうだな……そういえばカグラの母親が関わっていたという融和派グループもあるようだし、何とかなる、というよりも何とかすべきだろうな」
「先生、王国としても全力でサポートしてゆくつもりです!! やりましょう」
セレスも腹を括ったようだ。
「最終的にはカグラの意思次第だが、その方向で進めるのが最善だろうな」
「むふふ~、これでファーギーの影の支配者エリアが一気に拡がるね?」
ニマニマしているチハヤに内心ため息をつく。
他に選択肢は無かったとはいえ、そろそろ洒落にならなくなってきた。
だが――――前世の記憶が戻った今、そこまで気にしなくなったというのはある。
皆には言えないが……前世の俺はこんなものじゃなかったのだから。
はあ……頭が痛い。
「ファーガソン、一言言って良い? 今更だよ」
エレンが優しく微笑む。
「……だな、本当に今更だ」




