第二百四十一話 チハヤのチート魔法セカンド
「チハヤ……本当にやるのか?」
「当たり前じゃん? これなら一番安心安全だからね」
巨大な帝都を前に、先ほどから念入りに準備運動をしているチハヤを見て、俺は既視感に襲われていた。
他の仲間たちは何が始まるのかと困惑しているが――――
これから起こることを知っているアリスとセリカは楽しそうに見守っている。
チハヤが詠唱を始める。
基本的に詠唱が必要ないはずの神聖魔法。わざわざ詠唱をするということは――――
それだけ強力な魔法ということだ。
聖なる光よ 安らぎの風となれ。
天使の羽ばたきは 静かに頬を撫で
夢の国へと誘う この地に完全なる静寂を
眠れ 眠れ 天の赦しを受けて――――
『――――天使の子守唄!!!』
チハヤの魔力が爆発的に膨れ上がる――――圧倒的な規模感で発動されたその魔法は――――
聖なる輝きをもって街を吞み込み――――帝都全体にまで広がってゆく――――
そう……チハヤの作戦とは、いたってシンプル。
かつてホウライでクナイ国に対してしたことを再現したのだ。
つまり――――皇帝含めて全員眠らせてしまえば良いよね? という発想。
当然皇宮には対魔法対策が厳重に施されているだろうが……これまでのことからチハヤの神聖魔法には効果が無い可能性が高い。あの魔消石ですら無効化してしまったのだから。
「よし、手応えあり!! 成功だよファーギー」
満足そうに時が止まったような帝都を見渡すチハヤ。
「あ、ああ……そうだな」
他の仲間たちは何が起こっているのかいまだ理解が出来ずに呆然としている。一度見たことのある俺ですら決して見慣れる光景ではないのだから当然だろう。
フレイヤやセレスが言うには、そもそも神聖魔法や聖女というのはここまで出鱈目なものではないそうだ。
ようするにチハヤという桁違いの力を持つ存在によって、神聖魔法や聖女の力が増幅されているのだろう。
「仕上げにもう一つ行くよ!!!」
聖なる光よ
すべてを包みこみ
不変なる静寂を授けたまえ――――
『エターナル・サンクチュアリ!』
眠れる巨大都市、帝都が再び光に包まれる――――
「な、何をしたんだ?」
「ん? ほら、帝都って寒いじゃん? 凍死されたら困るから、帝都全体に状態保存の魔法かけておいた。これなら魔法解除しない限り、多分百年でも千年でもこのままだよ」
なるほど……たしかに帝都に転移した瞬間、もっと厚着をして来れば良かったと全員一致で一度ミスリールまで戻ったくらいだからな……。家の中ならともかく、路上で寝てしまった人は間違いなく凍死するだろう。
仲間たちは、すでに諦めているので、チハヤのやっていることにツッコミを入れたりはしない。
「じゃあ皇帝のところまでよろしくねセリカ」
『ええっ!? わ、私?』
予想していなかったのか変な声を出すセリカだったが……
『まあ良いか……じゃあ乗って』
巨大な古龍の姿となって翼を広げる。
「高いのは駄目だからね?」
『わかってる』
高所恐怖症のチハヤのために超低空飛行を始めるセリカ。完全に古龍の無駄遣いだ。
「話だけは聞いていたが……本当に街全部が眠っているな……おまけに状態保存のおかげで全然寒くない……」
フレイヤは呆れを通り越して楽しそうに笑っている。
「あはは、さすがチハヤちゃん、面白いことするね」
エレンもセリカの背に上ですっかり寛いでいる。
『エレンは自分で飛べるのに……』
「おおっ!! エレンは失われた飛行飛行が使えるのか? 頼む、教えてくれ!!」
フレイヤが思い切り食い付く。
「教えるのは構わないけどさ、こんな快適な乗り物があるのになんでわざわざ飛ばないといけないのさ?」
『……乗り物言わない』
セリカがエレンに異議を申し立てる。
「アリス、皇帝は寝ているかな?」
『そうですね……直接本人を知っていれば今すぐにでも夢の回廊を使って飛べるのですが……もう少し近づかなければなんとも……』
まあ、そうだろうな。だが……逆に言えば、一度知ってしまえば夢の回廊で飛べるのか……恐るべしアリス。
とにかく皇帝さえ眠ってくれていればほぼ勝利は間違いない。何とかあまり接近せずに確認出来ればいいのだが……
「大丈夫だよファーギー、手応えあったって言ったでしょ?」
「わかるものなのか?」
「うん、対象が寝たか寝ていないかはわかる。今、この帝都で起きているのは私たちだけだよ」
こういうのを本当の規格外……というんだろうな。チハヤを見ているとそう思う。
ふふふ、最強の白銀級冒険者などと言われても、自惚れることなど出来るはずもない。まったく有難いことだ。
話に聞く勇者もすごいのだろうが……おそらくチハヤの場合、聖女としての能力と、異世界人としての力を併せ持っているのだろう。そういえばセリカが異世界聖女と呼んでいたっけな……。
誰一人傷つけたくない――――そんなチハヤの強い願いが具現化した力――――なのかもしれないとふと思った。
「……本当に寝ているな……」
あっさりと皇宮の奥まで到達することが出来た。
まあ……皆寝ているから当然なんだが少々……いや、かなり複雑な気分だ。
皇帝は――――わざわざ探すまでもなかった。とてもわかりやすく玉座に腰かけたまま眠っている。
まあ……皇帝ともなれば相当な激務だろうし、帝国のやっていることや国情を考えれば心から安心して眠れているとは思えない。本人は望んでいないだろうが、こうして快適な睡眠をとれているのは皮肉な状況だな。
「じゃあ私に任せて」
「何から何まですまないなチハヤ」
「いいってことよ!!」
「……あの、私たち必要だったかしら?」
「……まさか一切戦うことなく皇帝の寝顔とかいう見たくもないものを見せられるとは……」
セレスやセリーナたち戦闘要員はやることもなく手持ち無沙汰状態だ。
あれほど気合を入れて準備して来たので気の毒ではあるが、戦わないにこしたことはない。別に帝国を地上から消し去りたいわけではないのだ。
そうしている間にも、チハヤの詠唱が始まる――――最大の脅威である皇帝の福音を浄化してしまえば安心だからな。
聖なる光よ、我が足元に集いて
天の純白なる輪となり結界を成せ――――
「チハヤッ!!?」
咄嗟にチハヤの前に身体を投げ出す――――
漆黒の闇が無数の刃となって全身を貫く――――チハヤには指一本――――触れ……させん
渾身の力で闇の刃をへし折ると霧散して消えてゆく。
「かはっ!?」
「嫌あああ!!? ファーギー!!!!」
「せ、先生っ!?」
「ファーガソンさまっ!?」
チハヤたちの悲痛な叫び声が聞こえる。良かった……無事だったか。
だが……これは……マズい……確実に致命傷だ……
意識が――――




