第二百三十六話 キラーアント討伐
「すいませんでしたファーガソンさま、ギルドでは騒ぎになってしまって……」
「いや、ある程度は予想していたから」
申し訳なさそうにしているセリーナを笑いながら抱き寄せ頭を撫でるファーガソン。
「せっかくの二人きりのデートなんですから気を取り直して楽しみましょうね!!」
「ははは、依頼なんだが……まあデートみたいなものか。うむ、たしかに楽しまないと損だな」
セリーナの楽し気な様子に思わず表情を緩めるファーガソン。
「まずは美味しいお店で英気を――――と思ったんですが……私全然お店知らないんでした……」
ファーガソンに再会する前のセリーナはひたすら鍛錬に励む復讐の鬼だった。美味しいお店どころか普通の店すらろくに知らない。
「お前……食事とかはどうしていたんだ?」
「……干し肉とかの保存食を食べてました……」
「そ、そうか……そういえばさっきシレーヌが良い店知っているって言っていたから聞いてみたらどうだ?」
「……絶対に嫌です。あの女、それを恩に着せてファーガソンさまと良いことしようとするに違いありませんから!!」
そんなことないだろ? とは言えない程度にはファーガソンも自覚はある。
「じゃあ俺に任せてもらって良いか? これでも店選びにはちょっと自信がある」
「はい!! ファーガソンさまと一緒ならどんな店でもどんな料理でも私は幸せですから」
その幸せそうな姿を見て――――そういえば二人きりで食事すらとっていなかったことに罪悪感を覚えるファーガソン。出来る限りセリーナを甘やかして可愛がろうと心に誓う。
「ふわあ……美味しいです……」
瞳を輝かせるセリーナ。
「本当に美味いなコレ。グルミンの実がゼノビア名産だと聞いたことがあったから選んでみたんだが正解だったな」
グルミンは男性の握り拳大の果実で、ブドウのように房になっている。そのまま生食でも食べられないことはないが、酸っぱすぎるので通常は酒に漬け込んでから食べるのが一般的だ。
ファーガソンたちが食べているのは、薄く伸ばしたパン生地に漬けたグルミンと肉、チーズ、野菜などを乗せて焼いたもので『テッツア』と呼ばれている。
「ほら、もう一口どうだセリーナ?」
「いただきます、あ~ん」
ひな鳥のように大きく口を開けてファーガソンから食べさせてもらっているセリーナ自身は幸せそのものであったが、以前の彼女を知っている街の人々の困惑と驚愕は言うまでもない。
「ふふ、お口にソースがついてますよ……ん、ちゅ」
お返しとばかりにファーガソンの口の周りについているソースを舐めとるセリーナ。
セリーナのあまりの可愛さにファーガソンの我慢は限界に近づいていた。
「な、なあセリーナ……その……依頼が終わったら……どうだ?」
「はい? どうだとは一体……あ……え、えっと……ば、馬鹿……」
ファーガソンの意図に気付いて真っ赤になるセリーナ。
しばらく沈黙のまま黙々と食事を続ける二人。
「そ、それじゃあ一刻も早く依頼を終わらせましょう!! た、大切な……用事が出来ました……から」
「セリーナ!! 嬉しいよ!!」
「ば、馬鹿、油断してると怪我しますよ!!」
二人の頭の中はもはや依頼どころではなくなっているが、そこは高位の冒険者、いざとなれば瞬時に切り替えは出来る。むしろやる気マックスのファーガソンたちに駆除されるキラーアントが気の毒であった。
「……よし、あとはクイーンだけだな」
「ファーガソンさま、私にやらせていただけませんか?」
「ああ、最初からそのつもりだ。お前なら問題なく倒せるだろうが、酸による攻撃と剣を通さない固い外殻、高い再生能力はかなり厄介だ。くれぐれも慎重にな?」
キラーアントの駆除が高ランク依頼に設定されている理由の大半はこのクイーンの存在だ。水系や雷系の魔法には弱いが、物理攻撃には滅法強く剣のみで倒すのは非常に困難を伴う。
だが――――
「ご心配には及びません――――」
疾ッ――――
セリーナの姿がブレてクイーンの視界から消える。驚いたクイーンが姿を捉えようときょろきょろ周囲を見渡す間も無く――――頭部がゴトンと地面に落下する。
「ほう……あの狭い外殻の隙間を狙って斬り落としたのか……凄まじい腕だなセリーナ」
外殻は剣が通らないので通常関節の隙間を狙うのだが、弱点である首回りはほとんど隙間が存在しない。狙って斬れるような場所ではないのだ。頭部を動かした時にだけ出来る一瞬の隙間を逃さずに斬る、そんな神業をあっさりと決めてみせたセリーナの剣技にファーガソンは感嘆する。
そして――――
ザクッ
切り離した頭部に剣を突き立てトドメをさす。こうしないと再生してしまうのだ。
さらに――――
頭部を失った胸部、腹部にもしっかりとどめをさしてゆく。どこかの部位が生き残っているとその部分から再生してしまう恐れがある。
「ファーガソンさま、終わりました~!!」
クイーンが完全に死んでいるのを確認したセリーナがファーガソンに抱きついてくる。
「お疲れ様、見事だったぞセリーナ」
「えへへ……いっぱい頑張ったので……ご褒美たくさんください……ね?」
「お、おう……そ、そうだ、忘れないうちに回収しておこう」
「回収……ですか?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
「これは……一体?」
ファーガソンが集めているのはプルプル揺れている半透明の固形物。
「クイーン・ゼリーだ。絶大な美容効果が期待できるが、一番の特徴は……ま、まあ……回復効果……だな」
「よくわかりませんが綺麗になれるのでしたら嬉しいです!!」
言葉を濁すファーガソンの様子には気付かず、純粋に喜ぶセリーナ。
「お前は今のままで十分過ぎる。俺にとっては女神だよセリーナ」
「ば、馬鹿……不意打ちは反則です……」
湯気が出そうなほど真っ赤になっているセリーナを見て、ファーガソンの我慢は軽々と限界を突破した。
「ギルドへの報告は――――後で良いよな?」
「は、はい……もうどうでもいいです……」
「何っ!? もう駆除が終わったのか……!? 通常一週間はかかるんだが……」
夜、冒険者ギルドへ報告にやって来た二人に驚愕するギルドマスター。
「ああ、後で確認してくれ。まあ……駆除した後の方がむしろ大変だった――――」
「ん? どういう意味だ?」
「なんでもありませんよギルドマスター。ね、ファーガソンさま?」
幸せそうに微笑むセリーナはまるで天上から舞い降りた女神のようで――――ギルドマスターも呆然として見惚れるしかない。
「ファーガソンさま!! この後少しだけ時間いただけませんか!!」
「ああっ!! 抜け駆けしないでよナタリー!! ファーガソンさま私と一緒にお食事に――――」
最後のチャンスとナタリーとシレーヌが誘いをかけて来るが――――
「あら、ごめんなさいね二人とも。私とファーガソンさまはこれから二人だけの甘ーい時間を過ごしますので」
にっこりと優しく笑いかけるセリーナに別の意味で恐怖するナタリーとシレーヌであった。




