第二百三十五話 激震 ゼノビア冒険者ギルド
――――王国西部に位置する中規模都市ゼノビア冒険者ギルド――――
「そういえばギルドマスター、例のキラーアントの件どうなったんですか?」
お茶を運んできたギルド職員シレーヌがふと思い出したように尋ねる。
「ああ、その件なら説得に成功したと報告が届いている。ファーガソンが旅の途中なのでしばらく同行して王都を経由してから立ち寄ってくれるってよ」
「へえ……さすがは碧眼の刃セリーナさんですよね、キラーアントの駆除って大変だから高位の冒険者ほど……というか騎士団くらいしか受けてくれないのに……でも、あのぶっきらぼうな感じでどうやって説得――――ああっ!! まさか色仕掛け……」
いけない妄想をして両手で顔を覆いながら悶えるシレーヌ。
「……おい、戻って来いシレーヌ。あいつがそんなこと出来るわけないだろ?」
「冗談ですよ。あの方女であることを捨ててますからね……あんなに美人なのに勿体ない」
「ふふ、まあ……もしかしたらそういうところがファーガソンの琴線に触れたのかもしれんぞ? 奴が噂通りの人物なら……」
「はっ!! ちょっと待ってください、と……いうことは……この街にファーガソンさまが来るってことですよね!!」
「ど、どうした急に大声出して?」
「大変……仕事なんてしている場合じゃないわ……気合入れておめかししておかないと……帰って良いですか?」
「……いやまだ昼前だぞ? 頼むから仕事してくれ」
「ギルドマスターは馬鹿なんですか!! ファーガソンさまに合法的に会える絶好のチャンスなんですよ!! こんなの逃せるはずないじゃありませんかあああ~!!!」
「合法的にってなんだよそりゃ……」
「ギルドマスターはご存じないかもしれませんが、ファーガソンさまに見初められることは全受付嬢の憧れなんですよ!! そのために受付嬢やっている知り合いも多いです。かくいう私もその一人ですが」
「そ、そうなのか……?」
夢見心地でうっとりするシレーヌの様子に呆れるギルドマスター。
「そりゃあそうですよ、本物の王子さまとどうにかなるなんて現実問題あり得ませんけど、ファーガソンさまは近くて触れられる王子さまですからね。あの鍛え上げられたたくましい肉体に抱きしめられたら……はう……」
「あの鍛え上げられたたくましい肉体って……お前ファーガソンに会ったこと無いんだろ?」
「お会いしたことはありませんが、似顔絵は肌身離さず持ってます!! 見ますか?」
「……いや、いい。なんだか頭が痛くなってきた」
妄想が加速するシレーヌを見て大きなため息をつくギルドマスター。
「た、大変です!!」
執務室に飛び込んでくる受付嬢のナタリー。
「どうしたんだ、お前がそこまで慌てるなんて珍しいな?」
ナタリーはゼノビア冒険者ギルドの人気ナンバーワン受付嬢でこの辺りを治めるトリエンテ子爵令嬢でもある。その可憐で上品な美貌と氷のような素っ気ない態度がかえって人気に拍車をかけている。一方のシレーヌもここゼノビア騎士団隊長の娘で家柄も悪くないのに、それを鼻にかけることもなく明るく無邪気なところが人気で、ナタリーとはライバル関係であったりする。
「そ、それが……セリーナさまがファーガソンさまを連れてギルドに……」
「な、なんだとっ!? わかった、すぐに通してくれ」
まだまだ先だと思っていたファーガソンの来訪にさすがのギルドマスターも慌てる。
「嫌あああ!! なんで今来るのよ……こんなことならお気に入りの下着にするんだった……」
絶望の表情で頭を抱えるシレーヌ。
「ふふん、その点私は日々手抜きはしていませんから――――って、ち、違うんです!! たしかにそうなんですけれど、大変なのはセリーナさまで――――」
「どういうことだナタリー、セリーナに何があった?」
あの冷静沈着なナタリーがここまで取り乱すなど想像も出来ない、まさか……大怪我でもしているのか? あの美しい顔が損なわれているのならばたしかに大変な事件だが――――
「で、では案内してまいりますね」
「頼んだナタリー」
「ちょっと待って!!!」
部屋を出ようとするナタリーを呼び止めるシレーヌ。
「なんですかシレーヌ?」
「……ファーガソンさまはどうだった?」
「……ヤバいですわ、私の想像をはるかに超えておりました……まさかある程度美化されているはずの似顔絵を余裕で超えてくるとは……ゴクリ」
シレーヌとギルドマスターは驚愕する。あのどんな男にも興味を示さなかったナタリーが頬を赤らめて息を荒くしている――――というよりも完全に恋する乙女の表情になっていることに。
そして――――ナタリー、お前も似顔絵持っているのかよ、と内心激しくツッコむギルドマスターであった。
「足元に気を付けてくださいねファーガソンさま、あの男はむさくるしいですが悪い人間ではございませんので」
「……聞こえているんだが碧眼。まあ……難しい依頼をよくやってくれたな、ファーガソンもよく来てくれた感謝している」
部屋に入るなり失礼なことを言うセリーナに思わずツッコミを入れるギルドマスターだったが、むさくるしいという自覚はあるのでそれ以上踏み込むことはしない。
それにしても――――これがファーガソンか……女どもが大騒ぎするのもわかるなとギルドマスターは内心で納得する。その貴公子然とした容姿ももちろんだが――――なんというか溢れ出る魅力がヤバい。男には興味が無かったがこれなら――――と一瞬変な考えが浮かんで慌てて打ち消す。
「ファーガソンだ。早速だがキラーアントの駆除をしてくるので詳しい情報を教えてくれ」
「ま、待ってくれ、まさか今から行くつもりか? 人数を揃えたりしないのか?」
通常キラーアントの駆除は最低でも百人以上の集団であたる。そのため手取りの報酬が少なくなるのが原因で人気が無いのだが――――
「問題ない。俺とセリーナの二人で十分だ」
まるで気負う様子もなく淡々と語るファーガソンの様子にさすが白銀級と感心するギルドマスターだったが、ナタリーとシレーヌはそれどころではない。瞳にハートマークを浮かべると呼吸をするのも忘れて、一挙手一投足を夢中で見つめている。
「ファーガソンさま、この街で大人気のお菓子なんです~、どうぞ召し上がってください」
ナタリーがファーガソンにとっておきのお菓子を差し出すと――――
「ふぁ、ファーガソンさま!! とても美味しい良い雰囲気のお店があるんです、依頼が終わったらぜひご案内させて――――」
負けじとシレーヌもファーガソンに接近を試みる。
だが――――
「ふふふ、ナタリー、シレーヌ、死にたくなければ私のファーガソンさまに色目は使わないことですね」
「「ひっ!?」」
部屋の温度が一気に氷点下まで下がる。その殺気にあてられて、ギルドマスターですら震えが止まらない。なんなら少し漏らした。
「ああ、言ってませんでしたね? 実は私は運命に定められたファーガソンさまの許嫁なのです。そういうわけですので間に合ってますから――――」
頬を染め腕を組んでファーガソンに密着するセリーナ。
「「「……え? このセリーナ……誰?」」」
あまりの変わりように三人は心の中でツッコんだ後――――
「「「なあああああ!!!? い、許嫁ええええええっ!_?」」」
ギルド中が何事かと驚くほどの声量で叫ぶ三人であった。




