第二百三十三話 冷めやらぬ熱
「先生、どうかお気を付けて。戦の女神イラーナの加護がありますように」
「ありがとうセレス、大丈夫だ、すぐに終わらせてくる」
ファーガソンに寄り添うセレスティアの甘い表情と態度は、誰の目にも彼女が好意を寄せていること示していた。
「ふん……残念だがそいつは不運な事故で死ぬ。姫さまは俺たちが可愛がってやるから安心しな?」
「そうですか……せいぜい頑張ってください」
甘い時間を邪魔されて、レイノルズに氷点下の視線を向けるセレスティア。
「おおっと、怖い怖い」
今さっき目の前で父親が殺されたというのに、おどけてみせるレイノルズはやはり父ライアンとよく似ているのだろう。セレスティアは深いため息をつく。
勝負は闘技場で行われる。ここはかつてファーガソンがアイスハートと摸擬試合をした場所でもある。
「あの試合は俺たちも観ていた。アイスハートのヤツと互角にやれる男がいることに驚いたが、教えてやるよ、今の俺たちは二人がかりならアイスハートよりも強いぜ?」
「そうなのか? それは困ったな……ならハンデを――――」
不敵に笑う男たちに向かってファーガソンがハンデの提案をするが――――
「馬鹿が!! お前から言い出したんだから今更ハンデなんてやるわけないだろうが!!」
「いや勘違いするな、もう少しハンデをやるって言ったんだ。俺は自分の剣を使わないというのでどうだ?」
まさかの追加ハンデにプライドを傷つけられ激昂する男たち。
「ふざけやがって……その言葉、後悔させてやる」
「三秒で終わらせてやる」
「死ね」
「その女みたいな綺麗な顔をギタギタに切り刻んでやるよ……」
だがその強烈な殺気をそよ風のように受け流すファーガソン。
「勇ましいのは結構なことだが――――戦士ならば口ではなく剣で語れ」
「ぐぬ……」
その長身で鍛え上げられた体躯と貴公子のように美しい立ち居振る舞いに試合を見守る観衆からため息が漏れる。レイノルズは言い返そうとするが無意識に気圧され言葉が出てこない。
「若、ファーガソンは挑発して平常心を奪おうとしているのです。我らの優位は絶対的です。ここは聞き流すのが最善かと」
歴戦の猛者である騎士団長のベルヘムがレイノルズにそっとささやくと、それもそうだな、と面白く無さそうに背を向けた。
「それでは試合を開始します!!」
勝負開始の合図とともに一斉に襲い掛かる六人。
「むんっ!!」
一瞬早く振り下ろされた騎士団長の剣をファーガソンは両手で挟み込んで受け止める。
「ば、馬鹿なっ!?」
常識外れの絶技に愕くベルヘムだが、剣を受け止めたことで両手は塞がれ動きは止まってしまっている。その隙を見逃すはずもなく、一瞬遅れてレイノルズたちが斬りかかるが――――
「ぎゃああ!?」
ファーガソンはその怪力でベルヘムの剣を回転させ、体勢を崩した騎士団長をまるで盾のように利用する。レイノルズたちの刃は突然の事態に対応出来ず、次々に突き刺さる。辛うじて息はあるが戦闘続行は不可能だ。
「ば、馬鹿な……あのベルヘムが力負けしただと!?」
「パワーとスピードは悪くないが……状況判断がまるで出来ていないな……明らかに実戦経験が足りていない。そんな様では三人がかりでもアイスハートには勝てんぞ」
「黙れっ!!」
さすが兄弟ということもあってさすがに連携は見事で、全方位からファーガソンを囲む。
「ふふん、もう逃げられんぞ?」
「……本当にそう思うか?」
ゾクリ――――静かに発せられた言葉とともに
ファーガソンが目にもとまらぬ速度で両手を振るう。
「ぐわっ!?」
「ぎゃあ!?」
位置的にファーガソンの背後に立っていたタイラーとイゴールが血しぶきを上げて倒れる。
「ば、馬鹿な……剣を持っていないのに……なんで切れるんだよ」
「なんだ知らないのか? 手刀っていうんだぞ? はるか東方の島国で使われている技でな? 先日教えてもらったから使ってみたかったんだ」
「ふ、ふざけやがって……殺す……お前は絶対にここで殺してやる……ダイアン、バルドー、アレをやるからサポートしろ」
「「わかった」」
レイノルズの様子が変わる。
ボコボコッ――――メキメキッ――――!!
全身の筋肉が引き締まり血管が浮き上がる――――
血流を操作して全身の筋肉を膨張させることで通常の数倍の威力で繰り出す剣技。一度発動すると数日間筋肉痛で動けなくなるのがネックだが、巨石すら真っ二つにするこの技を受けて無事だった者は存在しない。
「くらえ!!! 辺境伯家奥義――――鉄血剛斬!!!」
大技の発動に闘技場のボルテージが最高潮になる。
大地を切り裂く轟音と共に大剣が振り下ろされる。大人が二人がかりでやっと持ち運べるほどの重量を持つ魔剣は先代辺境伯が愛用していたものだ。兄弟の中でもレイノルズにしか扱えない。
「真っ二つになって死ねええ!!!」
ファーガソンは武器を持っていないため受け止めることは出来ない。仮に持っていたとしても剣ごと真っ二つにされてしまう。選択肢としては避けるしかないが
――――彼は避けない
――――ファーガソンは 微動だにせずその技を生身の身体で受け止めた
会場に悲鳴と絶叫が響き渡る
「……は? え……? な……なんでだよ……」
レイノルズはガクガク震えながら膝をつく。
「なんで!! なんで何ともないんだよっ!!!」
「レイノルズ、お前は絶望を知っているか? 己の不甲斐なさに無力さに泣いたことはあるか? 死ぬほど努力して――――それでも届かない――――運命を呪ったことがあるか?」
「な、何を言って――――」
「お前は強い、だがな――――軽いんだよ。貴様の剣は自分のために振るう剣だ、それでは届かない。せっかくの魔剣が泣いているぞ」
ファーガソンの全身から白色のオーラがあふれ出る。
「ライオニックオーラ……なるほど、防御にも使えるのですね……さすが先生です」
その輝きにセレスティアはうっとりと興奮気味に両手で自らの身体を抱きしめる。
「あ……ああ……や、やめろ……来るなバケモノ……」
奥義を発動して動けないレイノルズは、ファーガソンに殴り飛ばされてあっけなく意識を失う。
「て、てめえ、動けない奴を攻撃するなんて卑怯だぞ!!」
「戦場で敵がのんきに回復を待ってくれると本気で思っているのか?」
ファーガソンは残ったダイアン、バルドーに冷たい視線を送る。
「どうなってんだよ……あいつアイスハートと互角じゃなかったのか?」
「どう考えても普通じゃない……」
「どうやら誤解しているようだが……俺はまだ本気を出していないぞ? その気になれば開始一秒で終わらせることも出来たんだ。まあ……その場合はお前たち全員肉片になっていただろうが……な?」
「ひっ!?」
「う、うううう……」
災害級のグリフォンすら恐怖させるファーガソンの殺気を向けられて耐えられる人間などまずいない。
「こ、降伏……する」
「お、俺も……負けを認める」
そもそも兄弟の中で一番強いレイノルズがあっさりやられてしまった時点で――――もはやダイアンとバルドーには戦意は残っていなかった。
「しょ、勝者……ファーガソン!!!」
闘技場に揺れるような大歓声が響き渡る。
「先生!!」
闘技場から降りて来た最愛の人に抱きつくセレスティア。人目もはばからず熱い抱擁と口づけをかわす。
いつの間にか観衆もすっかり魅了されていた。彼らも本心で戦いたかったわけではもちろんなかったのだ。同じ王国の民に刃をむけなければならない――――その中には家族や友人知人もいるだろう。
悪夢から解放された人々の熱は――――いつまでも冷めることなく広がってゆくのだった。




