第二百三十話 王国動乱
「はあ……どうすんのファーギー? もうこれ……世界征服とか出来ちゃうんじゃないの?」
案の定、チハヤは呆れている。ちょっと目を離すと婚約者が増えていると言われれば言い返すことなど出来ないからな。
セレスからも増えるのは仕方ないとして、もっと自覚と覚悟を持ってくださいと釘を刺された。
「ははは……冗談抜きでわりとヤバいと思い始めている」
人数だけの問題ではない。現時点でライオネル、ミスリール、フレイガルド、魔王国の王女がいるからな……。そして聖女のチハヤまでいる。このままだと世界の黒幕みたいな存在になってしまう。
『あはははは、なんだファーガソンそんなことで悩んでいるのか?』
「本当に今更だよね~セラフィル」
フレイガルドの件をセラフィルに報告に行ったら思い切り笑われた。そしてなぜかエレンも一緒について来ている。
『まあ……実際前世のファーガソンも、その前のファーガソンも似たようなものだったから気にするな』
これは……慰められているのか? だが……どうやら避けることは出来そうもなさそうだ。もちろん逃げることなど考えていない。どうやったら皆を幸せに出来るのか――――俺が悩むべきはその一点だったな。
「ありがとうセラフィル、吹っ切れたよ」
『うむ、覚悟の定まった良い表情になったな、それでこそ我のファーガソンだ』
「あはは、これでまた犠牲者が増えてしまう~」
「犠牲者とは酷くないかエレン!?」
「ん~? だって相手が増えたらその分私たちはファーガソンとの時間が減ってしまうんだよ? これを犠牲者と言わずしてなんという」
「う……たしかに……チハヤからも言われていたな……」
『ふふ、どうした覚悟を決めたのではなかったのか? 時間が減るのなら――――その分密度と質を上げれば良いだけのこと、それが出来ぬお前ではあるまい?』
そうだな……セラフィルの言う通りだ。時間が限られているなら、より気持ちを込めて真剣に向き合うだけだ。
だから――――
『というわけで――――まさか報告だけにきたわけではあるまい?』
「むふふ~、ここなら時間の経過気にしなくて済むからね~?」
――――まずは期待に瞳を輝かせている愛しい二人と全力で向き合うことから始めようか。
「今の俺は一味違うぞ」
『ほう、楽しみだ』
「や~ん、私、壊されちゃうかも~!!」
◇◇◇
辺境伯領都はいつになく騒がしく物々しい雰囲気が漂っていた。
武装した騎士や兵士たちが慌ただしく駆け回っている。戦でも始まるのかと、人々は不安そうに語り合う。
「ライアン閣下、出陣の準備は整いましてございます」
騎士団長のベルヘムが片膝をついてうやうやしく首を垂れる。
「いよいよだな。皆の者、ついに我々の時代がやってくる。私がこの王国の新たな王となるのだ!!!」
「ライアンさま万歳!!」
「革新派に栄光あれ!!」
革新派の貴族たちも興奮気味に歓声を上げる。
今ここ辺境伯領都には、辺境伯軍の精兵五万に加えて派閥貴族たちの戦力も合流し総勢十万を超える兵力がひしめいている。
決して少なくない戦力だが、それだけで王国と事を構えるほどライアンも馬鹿ではない。
「今、王国中の貴族や主要人物が王都に集まっている。つまり……攻めるなら絶好の好機である。そして――――旧フレイガルドからは帝国軍三万騎が先遣隊としてこちらに援軍として向かっている。まずは王国の半分を迅速に手中に収め、その後、帝国軍と合流した後王都を攻略することになる。諸君らの働きには大いに期待しているぞ。むろん活躍に応じた地位と名誉は期待してくれて構わん」
王国軍の主力は、北部戦線で疲弊しており、現在王都に向かって移動を開始した段階だ。すでに大部分が休暇に入るために武装解除の上部隊解散しており辺境伯領からの侵攻に対応する時間も余力も残っていない。
そもそも国防の要として存在するのが辺境伯軍であって、それを防ぐような体制にはなっていないのだ。つまり辺境伯が反旗を翻した場合、間違いなく国家存続の危機となる。
そして軍事的な意味で勝利した場合、問題となるのはその正当性と国際社会から国家として承認されるかどうかであるが、その点帝国という後ろ盾がある以上なんの問題も存在しない。
ライアンとしては、以前から密かに執着していたセレスティアを妻に迎えることで正当性を担保するつもりであったが、セレスティアについては帝国皇帝から献上するように厳命されているため手が出せない。
そうなると現王家は皆殺しにして根絶やしにすることになるだろうな、とライアンは楽し気に口角を上げる。むろん始末し損ねたリュゼノワール嬢もその中に含まれることは言うまでもない。
「あの出来損ないもついでに助けてやるか」
王都へ移送されているとされる次男、アイスハートに対するライアンの親としての情は無いが、王となればこれまで以上に汚い仕事が増えることは間違いない。使える駒は多いに越したことはないということだ。
「親父、占領した街では好きにして構わぬのであろうな?」
声を挙げたのは長子であるレイノルズ。父であるライアンによく似た恵まれた体躯だけではなく、その冷酷で強欲な性格も受け継いでいる。次男のアイスハートが冷酷で残忍であるが名誉欲や権力欲にはまるで興味が無いのに対し、レイノルズは女好きで暴力を好み地位や権力には人一倍野心を持っている。
「ふん……駄目だと言っても聞かぬのであろう? まあ、好きにすればいい。国を消し去る滅多にない機会だ。大抵のことならなんとでもなる。思う存分暴れるんだな」
どうせ国を滅ぼすのだ。法を犯したからと言って咎められることもない。
「ふふふ、それでは誰が一番領地を奪えるか、競争ですな兄者」
辺境伯には七人の息子たちがおり、いずれも一騎当千の強者揃いだ。
「……僕は興味ないから留守番してるよ」
そういって去ってゆくのは五男のヒューイ。
「チッ……辺境伯家の恥さらしが……」
「まあ良いじゃない、ライバルは少ない方が取り分が増えるんだし?」
「それもそうだな」
聞こえるようにわざと声を大きくする腹違いの兄弟たちの言葉を聞き流しつつ、ヒューイは先ほど届いた手紙のことを考えていた。
「まさかこのタイミングでファーガソンから連絡が来るとはね……これは面白いことになりそうだ」




