第二百二十九話 もう一人の王女
「ファーガソン殿、この度はご助力誠にありがとうございました」
フレイヤと同じ美しい赤毛を短く切り揃えた武人、フレイガルド第一王子で次期国王のシグルドが深く頭を下げてくる。
「シグルド頭を上げてくれ、俺はほとんど何もしていない。すべて仲間たちの力によるものだ」
謙遜でも何でもなく、実際に今回の作戦では俺はほとんどサポートに回っていたので礼を言われると困ってしまう。
「何を仰いますか、ファーガソン殿がいなければ妹もこの場にはいなかったでしょうし、お仲間の皆様はファーガソン殿だから協力し動いたのです。間違いなく貴方はフレイガルドの恩人であり英雄です!!」
シグルドは雰囲気こそフレイヤによく似ているが、フレイヤがわりと人見知りで感情の振れ幅が大きいのに対して兄はとても人当たりが柔らかく安心させる空気を持っている。なるほど、これはまさしく王の器だな。
「先生、謙遜は美徳ですが何もしていないは言い過ぎです。それでは他の者たちは何もしていないということになってしまいますが?」
う……たしかにセレスの言う通りだな。他の者たちがどう感じるのか考えが浅かったとしか言いようがない。
「すまないセレス、お前の言う通りだな」
「ふふ、ですが……そんな先生が私は大好きなのですけれど」
シグルドの目の前で腕を組んでくるのはさすがにマズいんじゃ?
「あはは、お二人は本当に仲が良いのですね」
それなのにシグルドは嫌な顔一つせずに微笑ましい表情を浮かべている。もはや聖人か何かなのではないだろうか?
「はい!! 世界で一番大切で愛しています」
一切の迷いも躊躇いもなく即答するセレス――――その凛とした立ち居振る舞いと紅に染め上げた表情がその美しさと可憐さを際立たせている。さすがのシグルドも呆気に取られて見惚れてしまっているくらいだ。
「羨ましい……です。私も初めて人生を共にしたいと心から思える素晴らしい女性に出会ったのですが――――」
「素敵じゃないですか!! シグルドさまでしたらきっと上手く行きますよ」
「あはは……実は……プロポーズしたんですよ。ちょっと焦り過ぎたかもしれませんが」
「そんなことないですよ。私もタイミングを逃して辛い思いをしたのです。それで――――どうなったんですか?」
「……振られてしまいました。なんでもすでに生涯を共にする伴侶がいるらしく……」
く……き、気まずい……。こんな好青年が俺のせいで苦しんでいるなど耐えられない。
「シグルドさまを振るなんて……一体どんな方なんですかね、先生?」
「そ、そうだな……ちょっと想像できないな、シグルドは素晴らしい男だから」
せ、セレス……こ、この話は終わりにしないか?
「セレスティアさまもよくご存じの方ですよ。獣人のネージュさんです」
「え? それじゃあ……まさか……」
セレスがジト目でこちらを睨んでいる。
「セレスティアさまはネージュさんのお相手をご存じなのでしょうか?」
「え!? い、いえ、シグルドさまからのプロポーズを断るなんてまさか、と思ったのです。ですが……仮に相手が居なかったとしてもネージュは断ったかもしれませんね。決してシグルドさまがどうということではなく、あの子は生涯リュゼに忠誠を誓い守り抜くと決めていますから……」
「そう……でしたか。ですがそれを聞いて少しだけ救われた気がします。ありがとうございますセレスティアさま」
シグルドの頬に零れ落ちた涙が伝う。
「し、シグルドさまっ!? だ、大丈夫です、あ、そうです、私も協力しますから!! 私の騎士団には素晴らしい乙女がたくさんおりますし!!」
「そ、そうだぞシグルド、俺に出来ることがあれば何だって協力する!! だから元気出せ!!」
紹介してあげたいが……俺の知っている女性は全員俺と関係してしまっているからな……
『先生……後でたっぷりお話がありますからね』
これは怒られる……な。
「――――というわけで、王国としてもフレイガルドとの協力関係を強化して行きたいと思っているのですが、お恥ずかしい話、辺境伯領が独断で国境を封鎖してしまっているのです。我が国からフレイガルドに向かうには辺境伯領を通らなければなりませんので」
「辺境伯が帝国と繋がっていることは間違いないんだが……連中も簡単に尻尾を出さない。何かきっかけがあれば我々も動けるんだが」
「なるほど、それならばお役に立てるかもしれません。実は――――」
シグルドからもたらされた情報は想像をはるかに超える重要かつ重大なものであった。
シグルドとの打ち合わせの後、家族だけのお茶会をするので是非にと誘われた。
「うふふ、聞きましたよ、ファーガソンさまはフレイヤと婚約しているんですってね。これはおめでたいわ。国情が安定したらすぐにでも式を挙げなければなりませんね」
「は、母上、そのようなことは後回しで良いのです。まずは国を立て直すことに集中なさってください」
普段のフレイヤと違って話し方も違うし慌てて赤くなっているところも可愛いな。
「何言ってるのフレイヤ? こういう時こそ国民に明るい話題が必要なのです。出来ればそれまでに子を成してもらえると一石二鳥で助かるのですが……ねえファーガソンさま?」
王妃であるソラリスさまが楽しそうに笑う。
「前向きに善処する」
「ちょ、ちょっとファーガソン!? ま、まだ早いって!!」
「ハハハ、フレイヤ、お前顔が真っ赤だぞ?」
「お、お兄さまの意地悪っ!!」
「お姉さまだけズルいです。私もファーガソンさまに嫁ぎたい」
「はあっ!? ラクス、貴女何言ってるの? 五年早いわよ!!」
「ファーガソンさま……ラクスのこと……嫌いですか?」
うっ……捨てられそうな小動物のような……!?
フレイヤと似ているけれど方向性の違う美少女で揺れる瞳が庇護欲と父性を的確に刺激してくる……。
しかも兄を逃がすために自らを顧みない勇気と実験台にされていたという辛い記憶にも気丈に立ち向かっている強い精神力――――はっきり言ってめちゃくちゃ良い子だ。
「いや、嫌いなわけ無いだろう? まあ……婚姻に関してはまだ時間もあるしじっくり考えて決めればいいだろう」
「わかりました。たくさん頑張ってファーガソンさまに相応しい女性になれるよう精進しますね!!」
「ははは……他に気になる男性がでてくるかもしれないんだぞ? あまり思い詰めることはないと思うが――――」
「あり得ません」
花のようににっこりと微笑むラクス。
……頑固で真っすぐなところはフレイヤそっくりだな。
「だがな、さすがに王女が二人とも同じ男に嫁ぐのはマズいのではないか?」
「あら、全然問題なくってよ」
「うん、相手がファーガソンなら安心だよ」
ソラリスさまとシグルドまでノリノリなんだが……。
「どうするんだフレイヤ?」
「うーん……まあ、ラクスと一緒に居られるなら私は別に構わないけど。どうせ成人するまでは手は出さないんでしょ?」
「それは当然だ」
「ラクス、私が言うのもなんだけど、ファーガソンはやめておいた方がいいわよ?」
「お姉さまがそれを言いますか? 私は本気です!!」
「はあ……もう好きにしなさい」
「わあ!! ありがとうお姉さま、好きにしますね!!」
さっそく懐に飛び込んで来るラクス。
またチハヤに何か言われそうだな……。




