第二十二話 リエン先生の魔法講座 ~魔法と魔力の話~
「え? 部屋が変わったの?」
「ああ、さすがに手狭だからな。五人部屋にしてもらったんだ」
宿に戻る途中、部屋が変わったことを話すと、驚くファティアとチハヤ。
「おおお……お風呂まで広い」
「ファーガソンさん、この部屋眺めが素晴らしいです!!」
チハヤとファティアは、新しい部屋に入るとキャアキャア言いながら走り回っている。そんなに喜んでもらえると何だか嬉しくなるな。
まあ実際に移動した五人部屋は、ただ広くなったわけじゃない。宿の最上階にあって、街を見渡せる素晴らしい景色を楽しむことが出来るのだ。これは周囲に余計なものが建っていない郊外型宿のメリットだな。街の中心部ではこうはいかない。
そしてチハヤの言う通り、湯船も一人用から三人一緒に入れるくらいサイズアップされている。俺も普通の風呂だと狭くてまともに入れないから地味に嬉しい部分だったりする。
「そういえば昨日の風呂はどうだった? 上手く魔道具を使えたか?」
お湯を沸かす魔道具、昨晩は依頼でいなかったから、少し気になってはいたんだ。実際に使って試したわけではないからな。
「ふふふ、最初、ファティアがグツグツになるまで沸騰させてしまったけど、ちゃんとあったかいお風呂に入れて幸せだったよ」
「うわあっ!? チハヤ、それは言わない約束じゃ!! ち、違うんです。お料理するときのクセでつい……」
ニシシと笑うチハヤに、ファティアは大慌てで言い訳をする。
ま、まあ、無事入れたなら良かったな。
「ほお、湯を沸かす魔道具とは面白いものを使っているのだな?」
リエンが興味深そうに魔道具を手にして眺めている。そういや、リエンの国、フレイガルドでは、侍女や使用人でも魔法が当たり前のように使えるって言ってたから、あまり魔道具は使われていなかったのかもしれないな。
「あ、リエンって魔法が使えるんでしょ? もしかしてお風呂も沸かせたり出来るの?」
「ああ、出来るぞ。その程度なら歌ったり話ながらでも余裕だ」
「すごーい!! じゃあせっかくの魔道具も要らなくなっちゃうね」
「そうでもないぞチハヤ」
「そうなの、ファーギー?」
リエンが魔法を使えるからといって、それでは魔道具が無用の長物になるのかといえばそういうわけでもない。
魔法は魔力を消費して発現させるため、体力と同じように消耗するのだ。普段の安全な生活の中であればまったく問題ないが、ギリギリの状況下や危険が常に伴う旅先など、少しでも魔力を温存したい状況では魔道具の存在は重要になってくる。
むしろ魔導士の方が、俺たちよりも魔道具を重宝していたぐらいだしな。
「ふーん……ところでこの魔道具って、どうやって動いているの? 電気や電池ではないみたいだけど?」
「デンキやデンチが何のことかはわからんが、魔道具は魔力で動いているな」
チハヤの顔にはてなマークが浮かんでいる。そうか……チハヤの世界には魔道具や魔力が無いって言ってたな。逆にどうやって動力を得ているのか気になるが。ああ、そうか、それがデンキやデンチということなんだな。
「え? でもさ、魔力を温存するために魔道具を使うのに魔力使ったら意味なくない?」
「魔法を使えるほどではなくても、どんな人間にも魔力はあるんだ。魔道具は、そんな魔力が少ない人間でも使えるようにごく僅かな魔力で動かすことが出来る。それこそ自然回復量で追いつく程度だから気にしなくて良いんだ」
「自然回復量? なるほど、体力みたいに回復するんだね。ねえリエン、ちなみに魔力が無くなったらどうなるの?」
魔法に興味津々のチハヤがリエンにたずねる。
「魔力が無くなると一般的には動けなくなるな。へとへとに疲れると身体が重くなって動けなくなるだろう? ちょうどあんな感じだ。しかし、魔力を限界まで枯渇させないと魔力量は増えていかない。しかもその伸びしろは年齢と共に無くなってゆくんだ。そういう意味では戦士が日々身体を鍛えるのと似ているかもしれん。魔力は使わないと衰える一方だからな。だから我々魔導士は、幼いころから毎日のように魔力を限界まで酷使して鍛える。そのおかげもあって、私は魔力が枯渇しても動けなくなることはないぞ」
へえ……魔力量って増やせるのか? そんなこと初めて聞いたんだが。
「なあリエン、もしかして俺も鍛えれば魔法を使えたりするのか?」
適性が無いと言われて諦めたが、実は結構憧れだったりするんだよ、魔法。
「うーん、無理だな。ファーガソンの場合、生まれつきだと思うが魔力が肉体強化に全部使われている珍しいパターンだから。決して魔力量が少ないわけじゃないが、余剰分が無いと魔法は使えないからな……」
そうだったのか……初めて知った真実。この常識外れなパワーは魔力の相乗効果でもあったんだな。ってことは……俺ってもしかして魔法戦士? ふふふ……カッコいい。
「ねえファティア、ファーギーどうしちゃったんだろうね?」
「そ、そうですね……少し怖いです」
はっ……しまったつい嬉しくてニヤニヤしてしまった。怖くないよとにっこり笑ったら、さらに遠くまで逃げてしまった……何故だ。
「ちなみにファティア」
「は、はい!!」
「お前は死ぬほど修行すれば初歩的な魔法は使えるようになりそうだぞ?」
「ほ、本当ですか!? でも死ぬほどって……ちなみにどんな魔法が使えるのかわかったり?」
「そうだな……状態保存系の魔法に適性がありそうだ。戦闘にはあまり役に立たないが、料理やすぐに治療できない環境では役に立つから、その気があるなら教えてやろう」
状態保存系の魔法か。食材に使えればたしかに有用だし、使い方次第で便利かもしれん。それにしてもリエンの奴、見ただけで魔法適性までわかってしまうのか?
「うん、料理に役立つならぜひとも習得したいです。リエンさん、いいえ、リエン師匠ぜひ教えてください!!」
「ふふふ、そうか、そこまで言われたら教えないわけにはいかないな。これから毎日、死なない程度に鍛えてやろう」
若干不安な発言だが、治療系の魔法も使えるリエンなら大きな問題にはならないだろう。ファティアはああ見えて芯が強いし向上心の塊だからな。