第二百八話 だって貴方は――――勇者なのですから
「大丈夫か、ミヤビ?」
「う、うわあああん、シバさまあああ、怖かったです、あんなおぞましいものに触れられて――――穢されてしまいました――――もうお嫁にいけません――――」
泣きじゃくるミヤビに焦るシバ。
「だ、大丈夫だって、浄化すれば綺麗さっぱり元通りだって。それにさ――――俺が貰ってやるから心配するな」
「ほ、本当ですか?」
「ああ――――約束する、だからさ――――」
「は、はい……」
期待に瞳を輝かせるミヤビ。
「――――セイランを回復させてやってくれ」
「……あ、忘れてました」
「う、うーん……」
「大丈夫かセイラン?」
「シバ……あ、ミヤビは!!」
「私は無事ですよ、セイラン」
「悪いシバ、その……油断したつもりはないんだけどよ――――ふえっ!?」
「良かった、お前に何かあったら俺は――――」
シバに抱きしめられて赤面するセイラン。
「……俺の心配はしてくれないのかシバよ」
「お前は頑丈だからな。だが――――お前のおかげで助かった、ありがとうトウガ」
「ふ……仲間なのだから当然だ。それより――――その男が死人を操っていたのか、何者だ?」
倒れている男を冷たい瞳で見下ろすトウガ。
「へ? あ、ああ――――なんか帝国軍の将校みたいだったな、ヤバそうだったから殺したけど。マズかったかミヤビ?」
「いいえ、このようなクズ、帝国には不要です」
「だよな? あの死人たちもアイツに殺された被害者だろうし」
「……せめて埋葬だけでもしてあげたいところですが」
「身元がわからないまま埋葬するわけにはいかないだろう。ダフードに着いてから報告して弔ってもらうしかないだろうな」
「それにしてもシバよ、こんなところに帝国軍の将校がいるとなると――――近いうちにこの国も戦争になるかもしれんな……」
「そう……だな」
魔王を倒して以降、関りを持っていないシバたち勇者一行であったが、ここまでの旅の中で帝国の動きは嫌でも耳に入ってくる。
「シバさま! 私のことで遠慮しているのならば無用なことです。もし帝国が矜持を失い人道を外れるのであれば――――貴方の大切な人々が巻き込まれることがあるのならば――――その時はその力を示すべきです――――」
「ミヤビ……だが――――」
帝国と戦うということは、ミヤビの家族や知人と戦うということだ。シバとしては出来るならば避けたいと考えていた。
「――――だって貴方は――――勇者なのですから。それに――――私は知っています。シバさまは――――私がお慕い申し上げる方は――――決して力に溺れる方ではないと」
「ミヤビ……すまない、俺は――――」
ミヤビの悲痛な覚悟を聞いてシバは後悔する。もし自分がもっと早く決断していれば、帝国の動きも変わったのではないかと。
「謝らないでください。私は貴方のその優しさが大好きなのですから」
「そうだぞシバ、お前が決めたことなら私は付いてゆくと決めたんだ」
「……セイラン」
「俺には帰る国も場所も無いからな。お前が行く場所が俺の居場所だ」
「……トウガ、ちょっとキモい」
「な、何だとっ!?」
「冗談だよ、ありがとな」
「まったく――――貴様という奴は素直じゃないな」
「ギルドマスター、大変です!!」
受付嬢のローラが執務室に飛び込んでくる。
「私は今とても忙しいんだ。後にしてくれないかな?」
王都へ出発する日が迫っており、ギルドマスターのエリンは多忙を極めている。なにせ長期間ダフードを留守にすることになるのだから当然だ。
「それがですね――――勇者一行が来ました!!」
「……へえ? それは興味深いね」
「……勇者のシバだ。こっちは仲間のセイラン、ミヤビ、トウガだ」
執務室に通された勇者一行を眺めながら楽しそうに微笑むエリン。
「ギルドマスターのエリンだよ。久し振りだねセイラン」
「姫さま……お元気そうで何よりだよ」
「あはは、その姫さまってのはやめてくれ、今の私はただのエリンなんだからさ。おっと……悪かったね懐かしくてつい」
「良いさ、百年ぶりなんだろう? それにしても美人だな――――痛ててて!?」
鼻の下を伸ばしたシバを捻じり上げるミヤビとセイラン。
「ちょ、ちょっとミヤビはともかくセイランまで」
「いくらなんでも失礼だろ? ちょっとは自重しろシバ」
「あははは、まあまあシバくんは事実を言っただけなんだから仕方ないよね」
エリンは気を悪くするどころか楽しそうに笑う。
「――――それにしてもキミが勇者ね……そして帝国皇女のミヤビちゃんに竜人王族の最後の生き残りのトウガ……なかなか面白いメンバー揃ってるじゃない」
和やかだった空気が一転して緊張したものに代わる。
勇者一行も、まさか――――初対面のエリンに素性があっさりバレるとは思っても居なかったのだ。
「……なぜそれを知っている?」
「あはは、私何年生きてると思ってるのかな? この世界のことで知らないことなんて――――少ししかないよ?」
「……そうなのか? 俺はエルフのことセイランしか知らないからてっきり――――ば」
「おいっ!? てっきり――――なんだよ!! 今、バカって言おうとしたよなっ!?」
「あははは、たしかにセイランはおバカだけどね。まあそんなことより、なんで勇者さまがこんなところに? まあ――――大体予想はつくけど」
怒るセイランの頭を撫でながらシバの目を見るエリン。
「実は――――妹を探している。この街で見かけたって言う情報があったんだ――――それでここまで来た。頼む、アンタなら何か知っているんじゃないか?」
シバだけではない。仲間たちも固唾を飲んで成り行きを見守っている。苦労してようやくここまで辿り着いたのだ。
「ふーん、妹さんの名前って、もしかしてチハヤっていうんじゃないの?」
「ち、千早を知っているのかっ!! どこだっ!? どこに行けば会える?」
間違いない、妹はこの街にいる。そう確信したシバはエリンに食い下がる。
「ああ――――タイミング悪かったね、チハヤちゃんなら、もうこの街にはいないよ」
「え? もう……いない……のか? 行先は? 頼む、教えてくれ!! 金ならいくらでも払う」
外聞も気にせず土下座を決めるシバ。
「生憎お金には興味ないんだよね、でもそうだなあ……キミには色々聞きたいことがあったから――――話を聞かせて欲しいのと――――一つだけ約束してくれるなら――――教えてあげるよ」
そういって妖艶に微笑むギルドマスターであった。




