第二百七話 俺は勇者だ
「――――とにかく急ごう」
「そうだね」
「はい」
「腹が減ったな」
今出来ることは、一刻も早くダフードに到着すること。
焦る気持ちを乗せて――――一段加速する勇者一行。
『ヴァルルルルッ!?』
突然足を止めるヴァルキュレイン。
「セイラン、何があったのですか?」
「わからねえ、いきなり止りやがったから振り落とされるかと思ったぜ」
「どうやら……囲まれてますね。かなりの数です」
神官のミヤビが警戒を強める。
「敵か? だが――――気配は感じなかったぞ」
「どうした?」
仮眠をとっていたシバも起き上がる。
「死人ですから気配はありませんよ」
「死人? アンデッドか!?」
ミヤビの言葉に、トウガも嫌そうな表情を浮かべる。
「はああ? なんでこんな場所にアンデッドが出るんだよ聞いたことないぞ?」
アンデッドが発生する場所には魔素濃度などいくつもの条件がある。王国内にもアンデッドが出現する場所はあるが、少なくともダフード近郊で出現するなど聞いたことが無いとセイランは言う。
「……原因はわからないが――――俺は急いでいるんだ――――邪魔をするなら蹴散らすだけだ!!」
寝起きということもあるが、一刻も早く先へ進みたいシバは苛立ちを隠さない。すらりと聖剣を抜き放つ。
「面倒なことになったな……相性最悪だが、肉体のある死人でまだ良かった」
トウガも自慢の戦斧を肩に乗せてヴァルキュリアから飛び降りる。
通常アンデッドには物理攻撃はあまり効果的ではない。肉体を持っているゾンビやグール、肉体は無くとも骨格のあるスケルトン系であれば倒せなくとも機動力を奪うことは出来るが、肉体を持たないレイスなどのアンデッドであれば聖水や魔法、魔道具などを使って対処することになる。
ただし肉体を持たないアンデッド系の魔物は、発生した場所から移動することが無いので、準備さえ怠らなければそれほど脅威ではない。
「うーん、何か変ですねこの死人……ゾンビではないようですし――――妙に統率がとれています」
「おいミヤビ、呑気に観察していないで、さっさと浄化してくれ」
アンデッドであれば神官の出番だ。彼女ほどの高位の神官にとって、アンデッドなど敵ですらない。
「わかりましたシバさま――――我が手に集う神の光、邪悪なるものを断つ輝きとなれ『光輪浄化閃』」
ミヤビによる浄化魔法が死人の群れを包み込む――――
――――が、
「え……浄化出来ない!? そんな馬鹿な……」
浄化魔法を受けても平然と進攻してくる死人の群れ。
「チッ、下がっているミヤビ、トウガ蹴散らすぞ、セイランはミヤビとヴァルキュレインを頼む」
聖剣と斧を手に、死人の群れに突撃するシバとトウガ。
「浄化魔法が効かないとなると……あれはアンデッドではないのかよ?」
「何者かに操られているのかもしれません」
「……どうやらそのようだな、下がってろミヤビ」
死人以外の気配に気付いて杖を構えるセイラン。
――――と同時に地面から無数の触手が一斉に襲い掛かってくる。
「ちぃっ!?」
咄嗟になんとかかわしたセイランだったが――――
「きゃあっ!?」
「ミヤビ!?」
ミヤビが不意を突かれて触手に拘束されてしまう。
「くそ……」
魔法で触手を焼き払おうにもミヤビを巻き込んでしまう。
「セイラン、私ごと焼き払いなさい!! 自分の身ぐらい守れます」
ミヤビには防御系の魔法もあるし、即死でなければ治癒魔法で回復も出来る。
「よく言ったミヤビ、それじゃ遠慮なく――――ガハッ!?」
魔法を詠唱しようとしたセイランが崩れ落ちる。
「嫌あああああ、ミヤビ!!」
『うるさいぞ……少し黙ってなさい』
ミヤビは触手に口を塞がれて声がだせなくなってしまう。
『ふふふ、これは運が巡ってきましたね――――ヴァルキュレインという最高の足とまさか諦めていたエルフが同時に手に入るとは――――ね』
セイランもミヤビも勇者パーティの一員だ。決して弱くはない。ミヤビにしても戦闘は得意ではないが、それでもその辺の冒険者や騎士よりも強いのだ。暗闇で不意を突かれたからといって後れを取る事はない。
つまり――――この暗闇から姿を現した男が――――強いのだ。
『悪いが急いでいるのでね――――一刻も早く帝国に戻らなければ』
帝国という言葉にビクリと反応するミヤビだったが、身動きできない上、声も出せない。時間を稼げばシバたちが戻ってくるはずだが――――このままではその前に姿をくらませてしまう。
ぐったりしているセイランをヴァルキュレインに乗せると男はミヤビに目もくれずその場を立ち去ろうとする――――
「待てよ、どこへ行くつもりだテメエ?」
『……驚きましたね、まさかあれだけの死人の群れをこんなに早く?』
「ああ、それならきりがねえからトウガに任せて来た」
『なるほど……そういうことですか……ですが、あの女に死んでほしくなければ動かない方が賢明ですよ。大人しくしていれば危害は加えませんが――――そこから一歩でも動いたら四肢と頭部を引きちぎります』
男の言葉には感情の色が無い。その暗く冷酷な瞳には嘘がない。
脅しでもなんでもなく――――微塵も躊躇することなく――――この男は実行に移すのであろう。
「あの女? ミヤビならもう助けたぞ」
『なっ!? 馬鹿な……いつの間に……チッ、ダークバインド!!』
初めて動揺の色を見せる男は――――シバを拘束しようとこれまで以上の触手を使って襲い掛かる。
だが――――
「――――遅い」
触手はシバに届く前に細切れになって宙を舞うだけ。再生する暇すら与えず、一気に男の元へと迫る。
「襲った相手が悪かったな――――死ね」
振り上げた聖剣が光を纏う――――
『舐めるな!! 俺は――――帝国のクライゼルド――――奴を喰らえ――――魔剣ディアブルイーター!!!』
触れただけで血を体力を魔力を吸い上げ持ち主へと還元する魔剣ディアブルイーター――――が聖剣ごと喰らわんとシバを迎え撃つ。
ザシュっ!!
クライゼルドの繰り出した剣撃をものともせず――――シバは、目にも止まらない神速で聖剣を振り下ろし――――魔剣ごと切り裂いた。
『ば、馬鹿な……俺は――――いずれ皇帝になる男だ――――』
「そうかよ――――俺は勇者だ。生まれ変わったら頑張れ――――お前がまっとうな転生出来るとは思わないが――――な」
「ゆ、勇者……!? な、なぜこんなところに……俺は――――まだ死にたく――――ない』
切れ味が良すぎたため、クライゼルドは数歩歩いてから真っ二つになって息絶えた。
ミヤビのこともあり帝国に対しては中立の姿勢を崩さない勇者であったが――――後に最悪の脅威となるはずだった男を未然に倒してしまったということを――――彼は知る由もなかった。




