第二百五話 めくるめく夜を超えて
夢の回廊?
「もしかしてここは俺の夢の中――――なのか?」
『半分正解で――――半分不正解です。夢の中ではありますが――――現実世界でもあります。ファーガソンさまに渡した夢石の力によって遠く離れた場所であっても夢の回廊を通って移動できるのです。だから――――今ここにいる私は――――本物です。ファーガソンさまが寝ているタイミングでしか使えないのが難点ですが』
なるほど――――あの赤い石か。
「夢の回廊も夢石の力なのか?」
『いいえ、それは夢魔である私の力です』
「夢魔? 神話に登場するサキュバスのことか?」
『はい、その通りです。夢魔は古代竜の眷属にして夢の世界の守護者なのです。ファーガソンさまが考えてらっしゃるような淫らなことをする存在ではありませんので誤解なきよう』
俺の心の中を読んだのか、真っ赤な顔で冤罪を強調するアリス。
「そうか――――それは――――少し残念だな、わざわざ寝室に来てくれたからてっきり――――」
『ふえっ!? ち、違うのです、そういうことはしないのですが、そういうことはしたい――――ち、ちが――――えっと……ファーガソンさまだから――――したいと言いますか――――』
盛大に狼狽えるアリスが可愛い。馬乗りになっている彼女を捕まえて今度は俺が上になる。
「アリス、お前は俺の嫁なんだから――――遠慮しなくて良いんだよな?」
『ひゃ、ひゃい……ファーガソンさまが今考えていること――――全部――――してください』
どうせ全部読まれているんだから取り繕う必要もない。
だが――――
「アリス、俺もお前がしたいことをしてほしい。俺だけ不公平だろ?」
『わ、私は――――ファーガソンさまとこうして過ごせるだけで幸せなのです――――生まれて初めて――――私を一人の女性として扱ってくれたアナタと繋がりたい――――愛してます――――ファーガソンさま』
重なった唇からアリスの想いが流れこんでくる。彼女が考えていること――――感じていることがすべて。
ふふ、長い年月分色々と拗らせているな……これは応えるのが大変かもしれない。
だが――――お互い純粋に欲望をぶつけ合えるのは――――これはこれで楽しいものだな。
『私も――――そう思います』
アリスの――――金色の瞳が輝いている。
綺麗だな――――まるで月の女神アリステアが地上に降りて来たみたいだ。
『ふえええ……ふぁ、ファーガソン……さまあ……もう……我慢……出来ません……お願い――――来て』
「アリス、今夜は寝かさないぞ」
『ふふふ、今、寝てますけどね』
アリスとの長い――――夢のような時間が始まった。
「ん……? こ、ここは……?」
気付けばアリスの姿が無い。
だが――――どう考えてもここはミスリールヘイヴンの屋敷ではない。
『……次は私の番』
「せ、セリカ!? アリスは?」
気付けば俺の腕の中にはセリカがすっぽりと納まっていた。
『……アリスなら疲れて寝てる。夢魔をダウンさせるなんてすごい』
真っ赤な顔で瞳を輝かせるセリカ。
「もしかして……ずっと見ていたのか?」
『ん……そういうこと知らないから観察した』
「そ、そうか……それで――――どうする?」
嫌なら無理にするつもりはない。
『恥ずかしいけど目を瞑っているから大丈夫』
いや……セリカが目を瞑って意味あるのか?
『そっか……じゃあファーガソンも目を瞑って』
俺も? ま、まあ……出来なくはないが――――
「可愛いセリカの姿を見ることが出来ないのは少し辛いな――――」
『……じゃ、じゃあ見て良いから……』
「ありがとうセリカ」
『ば……馬鹿……』
これ以上出来ないほど顔を赤くしながら両手で顔を隠すセリカ。
『でも……優しくしてね』
俺の古代竜が――――可愛すぎる。
『ファーガソン、帝国と戦うんだね』
「ああ、出来ることなら戦わずに済ませたかったんだが。もしかして助けてくれるのか?」
セリカの口から帝国という言葉が出てくるとは意外だった。下界のことには一切興味無さそうなのに。
『ううん、でもね――――もしファーガソンが帝国に負けて死んだら――――その時は――――この世界ごと消してあげるから安心して』
……全然安心出来ないんだが。
でもそうか――――彼女なりに俺を励まそうとしてくれたんだな。
「そ、そうか――――だが大丈夫、俺は負けないし絶対に死なない。必ず帝国の野望は打ち砕く!」
というか絶対に負けられなくなった――――この世界のためにも。
『そっか……無理しちゃ駄目だよ?』
「ああ、死んだらセリカの料理食べられなくなるからな」
『ふふ、美味しい料理作って待ってるから』
こうしてみるとただの可愛い新妻なんだよな……
『あ……そうか、うっかりくしゃみで大陸ごと帝国を吹き飛ばすのはセーフかな……?』
発想が怖い。やめてくれ――――余波で王国までヤバいから。
「下界のことは俺が何とかするさ」
『……ん、わかった。それよりファーガソン――――』
「ん? どうしたセリカ」
『……食べて欲しい料理がある』
セリカの上目遣いは破壊力が凄まじい。
『その料理は――――わ・た・し』
ぐはっ!?
『あれ? 反応が薄い……エレンに聞いた決め台詞だったのに……』
エレン……なんてこと教えてるんだ――――グッジョブ!!
「セリカ、お代わりは出来るのか?」
『うん……何回でも』
嬉しそうに笑みを浮かべるセリカ。
ヤバいな――――これ絶対に食べ過ぎてしまうだろ。
「おはようファーガソンさま」
耳をくすぐる柔らかい声。
「おはようティア、起こしに来てくれたのか?」
「違うよ、ねえ……私も入って良い?」
「ああ、おいでティア」
布団の中に招き入れる。
「身体、冷えてるじゃないか」
「あはは……ファーガソンさまの寝顔が可愛くて……」
枕元でずっと眺めていたのか? なんだか恥ずかしいな。
「わあ……温かい」
「俺は体温高い方だからな、すぐに温まる」
「ね、ぎゅっとしてくれる?」
「お安い御用だ」
昨晩は屋敷に戻って来ていなかったから――――おそらく忙しかったのだろうな。こんなことしか出来ないが少しでも癒しになるなら――――
「ふふ……ファーガソンさまの匂い……温もり……安心する……少し眠る……ね」
「ああ、ゆっくり寝ると良い」
寝息を立てはじめた彼女の柔らかいブロンドをそっと撫でる。
おやすみ――――ティア




