第二百三話 ご機嫌斜めのリエンさん
「……ずいぶん遅かったな、それで――――用事は終わったのか、ファーガソン?」
セレスと別れてリエンが待っている部屋に戻ると――――読んでいた本を閉じてジト目を向けてくる彼女の姿が目に入った。
「色々助かった、ありがとうリエン。疲れただろう?」
リエンが事前に色々話を付けてくれていたおかげで会談は予想よりもスムーズに終わらせることが出来た。
なにより彼女の開発した転移魔法が無ければここに来ることすら出来なかったのだ。セレスと再会することもなかったかもしれないと思えば感謝しかない。
「たいしたことはしていない。それより聞いたぞ、セレスティアとリュゼ、二人とも嫁にするって」
いつも通り淡々と話すリエンだが――――なんとなく不機嫌な気がする。
「ああ、正直リュゼの方は聞いてなかったから焦ったが、話の流れ的に合わせるしかなくてな。それに彼女のことはずっと守ってやるって約束したからな」
「……ふーん……そう」
マズい……さらにご機嫌斜めな気がする。
「あ、あのな、何か欲しいものとか、して欲しいこととかないか?」
「どうした突然?」
「いやずっと思っていたんだ、リエンには助けてもらってばかりだな、と」
「それを言うなら私の方こそ返しきれないがな」
ジト目でリエンが睨んでくる。
「――――だがまあ……不満は――――ある」
やはりか……
「すまない、どうやらお前の言う通り俺は相当鈍いらしい」
「知ってる。ファーガソンは致命的に――――いや、もはや犯罪的に鈍い」
そ、そこまでか……!?
「まあそれは良い、今更だし諦めているからな。だから待つつもりだった、常に一緒に居るのは私だ、ファーガソンからプロポーズしてくれたという自負もあった、それでも――――な、次々と魅力的で可愛い女性が次々と現れて――――セリーナという許嫁まで現れて――――今度はセレスティアやリュゼにまで――――もやもやするんだ――――こんな自分が嫌になる」
リエン……お前……
「私は王族だ、お前が何人嫁を作ろうと――――関係を持とうが気にならない――――わけではないが、理解はしている。それを止めろとか言うつもりもない――――」
「だがな――――もっと私を見てくれ――――抱きしめて――――離さないと――――ずっと側に居て――――守るって――――言ってくれ――――不安なんだ――――私には――――お前しか居ないんだよ――――ファーガソン」
いつも冷静沈着な彼女――――の頬を伝う一筋の涙――――にハッとする。
俺は――――何をしていたんだ?
リエンの何を見ていたんだ?
彼女を守ると誓った――――ずっと一緒に居ると思っていた――――いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた――――
「リエン――――不安にさせてすまない」
細く折れそうな身体を抱きしめる。
「……本当にな」
「ずっと一緒に居る――――ずっと守るよ――――俺にはお前が必要だ――――これからも隣に居て欲しい」
「……言葉だけじゃ――――信用できない」
そう言ってリエンは俺の腕の中で小さく震えている。
「愛しているよリエン――――お前が欲しい」
「ふえっ、ち、ちょっと待て――――心の準備が――――」
慌てふためく彼女の唇を少しだけ強引に奪う。
「今は――――ここまで。続きはお前が成人してから、な?」
「こ、子ども扱いするなっ!! だ、だがまあ――――お前がそう言うなら――――待ってて――――やる」
真っ赤な顔を見られまいと必死に逸らすリエンが可愛すぎて――――
「悪い、我慢できない」
「ちょ、ちょっと待――――」
めちゃくちゃキスしてしまった……
「……なあファーガソン」
「……すまん」
「……許してほしかったら――――毎日――――しろ」
「ま、毎日!?」
「い、嫌……なのか?」
リエンの瞳が不安そうに揺れる。
「嫌なわけあるか! ただ――――その――――キスだけで我慢出来なくなりそうで――――な?」
「ば、馬鹿なのかっ!! そこは我慢しろ!! ま、まあ……どうしても我慢出来ないっていうなら――――な、何でもないっ!!」
うむ、元気になったみたいで良かった。
今回あらためて思ったが――――俺は相当鈍いようだ――――そして――――自分で思っていたよりも――――ずっとリエンのことが――――
「リエン――――愛してるぞ」
「ちょ、いきなり何言って――――ほ、ほら、ミスリールに帰るぞ、転移転移!!」
「キス――――しながらでも良いか?」
「無茶言うな!! 詠唱できんだろうが!!」
◇◇◇
「ね、ネージュ!! それってどういうこと!?」
「申し訳ございませんお嬢様、段取りの手違いでファーガソンさまに計画がバレてしまいました……」
「嫌あああああ!!」
ああっ、恥ずかしがるお姿……お可愛いです……お嬢様。
本当は手違いではないんですけどね。このままセレスティア殿下とファーガソンさまの件が進行してしまうと――――お嬢様の計画が破綻しかねないと判断したので、今しかないと独断で捻じ込ませていただきました。
困るんですよ、私にとっても計画が破綻しては――――!!
「そ、それで……どうなったの?」
不安そうに震えているお嬢様――――ヤバいです、マジで可愛い。
「公爵様からは何とかするとのご返事が届きました。ファーガソンさまも受け入れてくださったとのことです」
「そ、そう……なの、ファーガソン……怒ってないかな?」
くうぅっ!! 受け入れてもらえたのが嬉しくてニヤニヤしそうになるのを懸命に堪えているお嬢様も尊いです。
「相手はあのファーガソンさまですよ? 大丈夫に決まってます」
ファーガソンさまはお嬢様のことが大好きですからね。
ただ――――時々お嬢様を誰かと重ねて眺めているような節があるのは気になりますが――――
「そ、そうよね!! お姉さまも一緒に幸せになりましょうって言ってくださったし」
「まあ……それはそれ、いずれにせよファーガソンさまには直接お嬢様からお話するべきでしょうね」
「う、うん……そうね、恥ずかしいけど……ちゃんと伝えないと……」




