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第二百二話 恋は盲目


「それじゃあセレス、俺たちはそろそろミスリールに戻る。ここで一旦お別れだな」

「……嫌です、せっかく再会出来たのにまた離れ離れになるなんて――――」


 実は最後までセレスは戻ることを渋っていた。


 たしかに大きな戦いはしばらく無いだろうし、戦後処理はセレスの仕事ではない。だが――――あれだけ活躍してしまえば話は別だ。それに帝国の脅威を肌感覚で知っている彼女がいることで王国軍内部の意識や今後の動きに違いが出てくる。可哀そうだとは思うが、今は戻るべきだと伝えた。



「明日、また会いに来る、それでは駄目か?」


 泣きそうなセレスを抱き寄せて優しく撫でる。


「駄目です。だって皆さま、毎晩先生と一緒に寝ているんですよね?」

「最近は毎日ではないが、たしかにそういう日も多いな」

「ですよね!! 私も先生と一緒に寝たいんです~!!!」

「せ、セレス、声が大きいぞ、妙な噂が広がったらどうする」

「私は構いません。今更世間の評判なんて気にしませんし、先生と一緒に居ることよりも優先すべきことなどないのですから!!」


 やれやれ……ずいぶん好かれてしまったものだな。


「……お前の気持ちはわかった。だがお前はこの国の王女だ、正式に認められるまで一緒に寝るのはマズいと思うぞ? 協力してくれるフェリックスの足を引っ張るわけにはいかないだろう」


「そう……ですよね。わかり……ました。わがまま言ってごめんなさい先生」


 悲痛な表情で歯を食いしばる姿は、まるで今生の別れを覚悟しているようで。


「俺だってお前と離れるのは辛い」


 思わず本音が漏れてしまう。


「先生……抱きしめてください……強く」

  


 二人の影がゆっくりと一つに重なる。まるで溶けてしまいたいというように――――互いの視線も肌も――――呼吸すらも。





「団長、お戻りでしたか!!」


挿絵(By みてみん)

 

 セレスティアの執務室に副団長のオルテンシアが飛び込んでくる。


 オルテンシアは多くの武人を輩出している名門、レオノール侯爵家の令嬢で、セレスティアの幼馴染で友人でもある。単独行動を取る事が多いセレスティアに代わって実質的に白獅子騎士団を指揮している。


 セレスティアの影に隠れてしまっているが、その実力、人望は誰しもが認めるところであり、その麗しく凛々しい姿に密かに想いを寄せる騎士は多いが、これまでのところ色恋とは無縁、噂すら存在しない。


 それゆえ、人々は彼女のことをこう呼ぶ『氷の令嬢』と。


 

「心配かけましたねオルテンシア、ですが丁度良かった、大切な話があったのです」

「大切な――――話――――ですか?」


 新たな軍事作戦だろうか? それとも強化訓練の内容の見直し? オルテンシアは気を引き締める。どんなことを言われても対応できるように常に準備しているとはいえ、やはり緊張するものだ。


「はい、私――――騎士団長辞めるので今後は貴女が騎士団長です」

「なるほど、わかりました、私が騎士団長ですね――――ええええっ!? な、何でですか!! え? もしかして冗談ですか? 私をからかっているんですか!?」 


 突然のことにさすがのオルテンシアも混乱する。


「いいえ、私は本気です。実は――――再会したのです――――先生と」

「先生……? まさか、あのファーガソン先生ですか? え……それではもしかして――――」

「えへへ……そういうことです」


 頬を染めすっかり恋する乙女なセレスティアの姿に、オルテンシアはすべてを悟る。


「はあ……事情はわかりましたが、帝国の脅威も迫っているんですよ?」

「安心して、帝国とのことが落ち着くまでは続けるつもりですから」

「そう……ですか、それなら安心ですが――――」


 今すぐ辞めてしまうのかと焦ったオルテンシアだったが、そうではないと知って安堵の表情を浮かべる。


「ですが――――私は反対です。どうしてもお辞めになるというのなら――――私も辞めます」


 事実上、オルテンシアは今でも実質騎士団長としての役目を果たしているのだが、それはセレスティアという象徴的な存在がいるからこそ成り立っていることだと彼女は考えている。


 騎士としての実力もそうだが、セレスティアの持つカリスマ性は真似しようと思っても不可能だ。周りから見ればオルテンシアも十分以上に魅力的だし評価もされているのだが――――彼女にとって騎士団長の基準はセレスティアだ。自己評価が上がらないのはある意味で当然とも言えた。


「それは困りましたね……貴女以外に安心して任せられる人は居ないのですが――――」

「評価いただけるのは嬉しいのですが、私も自分の力量はわかっております。それに結婚そのものを反対しているわけではありません。先生と結ばれても職務は遂行できるのではありませんか? 団長は騎士団に――――いいえ、王国にとってこれからも必要な方なのですから」

 

 オルテンシアの言葉に真剣に耳を傾けていたセレスティアだが、頼りの副団長の両肩を掴むと――――その燃えるような瞳で真っすぐに訴える。


「それは無理です。先生とイチャイチャ出来なくなるので!!」


 一瞬、何を言われたのかわからなくなったオルテンシアは、しばらくぽかーんと口を開けていたが――――

 

「はあああっ!? 正気ですか団長!? 私には理解できません!!」 


 すぐに正気に戻って大声で叫ぶ。


「貴女も先生を知れば私の気持ちがわかりますよ」

「有り得ません。騎士にとって色恋など邪魔にしかなりません」 


 頑なな態度を崩さないオルテンシア。


「ねえオルテンシア、貴女は誰のために戦っているのですか?」

「それは……王国のため、そして自らの誇りのためです!!」


「それは素晴らしいことだと思います。ですが――――命の危機に立たされた時、限界を迎えた時、絶望に飲み込まれそうになった時――――思い浮かぶ大切な人がいる――――その人のために頑張ろうと思える人がいる――――だから人は強くなれるのだと――――私は思うのですよ」

「……わ、私にはわかりません」


「ふーん、それならこうしましょう、明日先生がいらっしゃいます、その時にオルテンシアにも紹介しますが――――もしオルテンシアが先生に惚れなければ私は騎士団長を続けましょう。ですが――――もしオルテンシアが先生に惚れたら――――騎士団長をやってもらいますからね?」


 何を言い出すのかと驚いたオルテンシアだったが、セレスティアの提案も悪くないと考えるオルテンシア。


 生まれてこのかた男に心を動かされたことなど一度もない彼女だ。初対面の男に惚れるなど天地がひっくり返ってもあり得ないだろうと。


「ふふ、恋は盲目とはよく言ったものですね、わかりました、その提案受けましょう」

「受けてくれて良かったです。これで安心して騎士団を辞すことが出来ますね」

「有り得ません」

 


 ここに――――新しい騎士団長が誕生した。

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