第二百一話 リュゼからの手紙
「こ、これは――――」
嬉々として手紙を読み始めたフェリックスだったが――――みるみるうちに表情が暗くなってゆく。
「おじさま? どうなさったのですか?」
「あ……いや、リュゼに好きな男が――――いるらしい。成人したら一緒になりたいと」
「ああ、そのことですか、はい、私もリュゼから聞きましたよ。素敵なお話じゃないですか」
「む、むう……その、セレスティアはその相手の男のことを知っているのか?」
リュゼの言う男――――王国最強と名高い白銀級冒険者ファーガソンのことはフェリックスも当然聞いたことくらいはある。そして――――先日の事件でリュゼをグリフォンから助け出し、以降もパーティメンバーとして守り続けてくれていることも。
その原因を作った張本人であるフェリックスにとってはなんとも複雑な思いはあるものの、リュゼが自らの騎士であり剣であるファーガソンに惹かれてしまうというのも十分に予測が出来ることであった。だからといって感情的に納得出来るかと言えばそれはまた別の問題ではあるのだが――――個人的な感情で大局を見誤るほどフェリックスという男はまた――――無能でもない。それゆえ苦悩も常人よりも深いのだが。
感情の部分はともかく――――フェリックスにとって特定の勢力に属していない超一流冒険者というのは悪くない相手であった。中途半端な貴族や外国人でもない。なにより大事なことは――――リュゼ本人が望んでいるという事実。
幼いころから辛い思いをさせ続けることになってしまった負い目もある。白銀級冒険者であればリュゼを守ってくれる力があるし、下手な貴族とは比べ物にならないほどの影響力もある。帝国の脅威に直面している現状、公爵家としても高名な冒険者と強力な縁が出来ることは大きい――――フェリックスはそこまですばやく計算する。
「はい、存じておりますよ。といいますか――――おじさまに会わせたい人というのが、まさにそのファーガソンさま、先生なのですけれど――――」
悪戯っぽく微笑むセレスティア。
「ええええっ!? って、先生ってどういう――――」
予想外の展開について行けず困惑を深めるフェリックスであった。
「はじめまして公爵、白銀級冒険者のファーガソンだ」
「北征軍司令官で宰相のフェリックスだ。キミが――――」
フェリックスは一回り以上年下の若き冒険者から目が離せない。
フェリックスも相当な美形ではあるが、目の前の青年の美しさに圧倒されていた。
社交界に参加すれば間違いなく貴族令嬢が黄色い悲鳴を上げるだろうな――――フェリックスは心の中でそうつぶやく。
いわゆる王都で純粋培養された貴族的な綺麗さではない。これ以上ないほど整った端正な造りをベースに野生動物のようなワイルドさが加わることで男の色気が半端なく溢れ出し、涼しげな眼差しと優しい微笑みを向けられれば自然好感を抱かざるを得ない。そして――――極限まで鍛え上げられ細く締まったバランスの良い身体――――同性ながらため息が出る。
それで終わりではない――――たしかな知性と教養がにじみ出る上品な物腰――――そして――――なにより――――
――――強さの底が知れない
仕事柄、あらゆる立場の人間と会うことが多いフェリックスの人を見る目は本物だ。
こんな男に命を救われたのだ――――
これは――――リュゼが惚れるのも無理はない――――な。
いくら強かろうが恩があろうが、フェリックスは自らが相応しいと認められない人物に娘を任せるつもりはなかった。たとえ最愛の娘に生涯恨まれることになったとしても。
だが――――そんな悲壮な決意は本人を目の前にしていつの間にか霧散していたのだ。安心する気持ちと少しの寂しさを感じながら――――
問題は――――
「おじさま~!! 素敵でしょう? 私の大好きな先生です。この世界で一番一番一番、いいえ……この宇宙で一番好き!! 生まれ変わっても一緒になりたいほど好きな方なのです~」
恋する乙女の表情でリュゼの想い人を見つめるセレスティア。
え……ええええっ!? め――――目の前にいるのは本物なのだろうか?
フェリックスが現実逃避気味に遠くを見ることになったのも無理はない。
幸せオーラ全開のセレスティアはもはや以前とは別人。フェリックスは剣の師であるというファーガソンにイチャイチャと甘えているのを呆然と眺めているしか出来なかった。
「――――というわけで、よろしくね! おじさま」
よろしくじゃねえよ!!! 一通り説明を受けたフェリックスは、そうツッコミを入れたい気持ちをグッとこらえて盛大に息を吐く。
王女と公爵令嬢が同時に同じ男に嫁ぐなど前代未聞。無茶ブリもいいところだが――――可愛いリュゼとセレスティアの幸せためにやらなければならない。
「……それにしても……そうか――――キミはイデアル家の――――これも女神さまの巡り合わせ――――なのか……わかった。何とか考えてみよう」
何やら思案していたフェリックスだが、最後はそう答える。
「おじさま、ありがとうございます!! 大好き!!」
「公爵、お心づかい感謝する」
「良いさ、その代わりリュゼを幸せにしないと許さないからね?」
「え? セレスではなくリュゼ? どういう意味だ?」
フェリックスの言葉に混乱するファーガソン。
「あ……リュゼの方はまだ内緒なのでした……ごめんなさい先生」
「そうか――――わかった。公爵、必ずリュゼは幸せにすると誓う。もちろんセレス、お前もな」
「ファーガソンくん……キミ、なんというか、すごいね……うん、きっと大丈夫だ。あはははは」
突然聞かされたことに動じることも無く受け入れてしまうファーガソンの器の大きさに呆れつつも感心するフェリックス。
「ただね――――出来ればファーガソンくんにはわかりやすい武功があると色々とやりやすいんだけどなあ」
王国民に受け入れられるように誰もが認める功績が欲しいと言い出すフェリックス。
「おじさま!? そうやって先生を巻き込むのはやめてください――――それでしたらいっその事私が死んだことにして――――」
「それは勘弁してくれセレスティア」
セレスティアの提案にフェリックスは苦笑いする。
「いや、大丈夫だセレス。俺がここに来たのはそのためなのだからな」
「せ、先生――――私と一緒になるために――――!!」
今度は一転顔を赤らめてもじもじニマニマし始めるセレスティアにフェリックスは乾いた笑い声しか出ない。
「公爵、その武功とやら――――」
「帝国の野望を打ち破れば足りるだろうか?」
そう言い放つ若き英雄の姿に――――フェリックスは再び表情を引き攣らせるのであった。