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第二百話 英雄の帰還


「セラフィル――――ただいま」

『……ファーガソン……すまぬ……今だけは――――あの頃のように――――』



 子どものように泣きじゃくるセラフィルを強く――――強く抱きしめるファーガソンであった。



◇◇◇



「閣下、リエン殿とウルミ隊長がお待ちです」

「ああ、すぐに行く」


 ノーザン・フォートレスを襲った未曽有の危機、地下通路からの亜人軍と帝国軍の夜闇に乗じた奇襲――――は、セレスティアの獅子奮迅の活躍により未然に回避された。


 その結果――――街にたいした被害はなく、現在は陽動として出現した一万強の亜人軍の掃討を続けている。それでも本体と背後で糸を引いていた帝国軍が壊滅した以上、さほど時間はかからないだろうとフェリックスは考えている。


「正直――――報告を聞いた時は肝が冷えた……」


 白獅子騎士団斥候部隊隊長であるウルミからの報告は――――フェリックスの皺をより深くするに十分なものであった。一歩間違えれば――――自分の首が飛ぶだけでは済まなかった。王国存亡に関わる大事件だったのだから。


 フェリックスは己の見通しの甘さを激しく悔いていた。帝国の動きに気付いていながら、それでもまだ時間に猶予があると――――どこか楽観的に考えている部分があったのだと。



 そして――――今現在頭を悩ましているのは――――ウルミからの報告にあったリエンという魔導士の存在だ。


 身元はすぐに確認出来た。ダフード所属の金級冒険者――――報告によれば、疲弊したウルミを助け、セレスティアの愛馬を回収した上でノーザン・フォートレスまで送り届けてくれたということ。


 現在フェリックスも死ぬほど多忙な身、通常であれば、褒賞金を支払って終わりにするところであったが――――


「まさか――――リュゼのパーティメンバーとはな……」


 ギルドのデータによればリエンはつい最近リュゼとパーティメンバーを組んでおり、現在同行しているはずなのだ。その彼女がなぜここに? どうやって? もしやリュゼも近くまで来ているのか? 聞きたいことはたくさんある。


 そして――――それ以上に――――気になっているのは――――セレスティアの行方だ。


 報告ではここではない場所で治療を受けている――――ということだが。


「とにかく――――会って詳しく事情を聴かねば始まらない」


 キリリ――――と胃が痛む――――酷い頭痛にフェリックスはこめかみを押さえるのだった。

 




「閣下!! セレスティア殿下が戻られました!! 執務室でお待ちです」

「何っ!? わかった、すぐに行く」


 無事であり治療中という言葉を決して信じていないわけではなかったのだが、セレスティアが実際に戻ってくるまでフェリックスは生きた心地がしていなかった。セレスティアはただの騎士団長でもなく王女でもない。王国にとっての象徴であり英雄であり聖女のような存在なのだ。万一のことがあれば、王国の戦力は半減すると言っても過言ではない。


 フェリックスにとって地獄のような時間がようやく終わると思えば、自然足の運びも速くなるというもの。


 緊張しつつも馴れ親しんだ執務室へと急ぐのであった。



「フェリックスおじさま、ただいま戻りました」


 セレスティアの花が咲いたような笑顔にしばし呆けたように固まるフェリックス。見慣れているはずの姪の姿に見惚れるなど初めての経験だ。


「よ、よくぞご無事でお戻りくださいました!!」


 内心の動揺を抑えつつ何とか言葉を紡ぎ出すフェリックス。


「留守中大変だったでしょう? おじさまにはまた心労をかけてしまいましたね……」

「あ……いえ、私の苦労など殿下のなされていることに比べれば大したものではございません――――それよりも……何かございましたか?」


「何か――――とは?」

「あ……いや、何と言いますか……雰囲気が――――驚くほど変わられたように感じまして――――」


 本音を言えば雰囲気が変わったどころではない。別人レベルで幸せオーラを出しているセレスティアの姿にフェリックスの困惑はこれ以上ないほど深まっていた。


 なにせ年頃の乙女が浮いた噂も無く、話と言えば訓練や武術に関することばかり。相当楽観的なフェリックスですら心配になるほど生真面目で、完璧なまでに自らの役割を理解し行動していたセレスティアだ。


 どこをどう切り取っても、修羅場を潜り抜け治療から帰還した騎士には見えない。


「ふふふ、わかりますか? えへへ……実はおじさまに会わせたい人がいるのです」


 ここでフェリックスがピンとくる。


「殿下――――もしや――――リュゼがここに――――?」


 リエンからセレスティアがリュゼと一緒にいたことは聞いていたフェリックス。


 普段は冷静沈着、頭脳明晰な彼であったが、リュゼが絡むと途端に親バカが炸裂する。


「え? 違いますけれど? と言いますか――――リュゼは死んでもおじさまには会いたくないと……お見合いの件、相当恨みに思っていたようでしたよ……」 

「ぐはあっ!?」


 溺愛する娘から恨まれていると知って膝から崩れ落ちるフェリックス。


「きゃあっ!? お、おじさま!?」


 戦が終わったら――――愛娘に会える。


 それだけを励みに激務に耐えて来たフェリックス。


 その極度の疲労や心労に加えて今回の騒ぎにセレスティアの行方不明が追い打ちをかけて、とっくに限界を超えていたのだ。


 心の拠り所を失った彼は――――そのまま意識を手放したのであった。




「だ、大丈夫ですか……おじさま?」


 星の癒しによって意識を取り戻したフェリックスは、セレスティアに心配かけまいと慌てて飛び起きる。


「あ、ああ……治療なさってくださったのですか殿下? はい、おかげさまでもうすっかりいつも通りです」

「それなら良いのですが。それよりも今は二人だけなのですから、いつものように話してください」


 昔から血の近さ以上に仲が良く、親子や兄妹と言った方が近い二人だが――――


 セレスティアが公の場でこのように言ってくることはまずない。


 これは――――なにか私的な相談があるのだろうとフェリックスは判断する。


 そして――――それは間違いなく彼女が言う紹介したい人と関係があるのだろう。

 

 彼女の纏う雰囲気から察するに――――


 おそらく――――男――――だろうな


 フェリックスは大きく息をついて覚悟を決める。


 

「そうだな……ありがとうセレスティア」

「まったく……話はちゃんと最後まで聞いてください。はい――――手紙――――リュゼから預かっていますよ」

「へ? お、おお!! 今、読んでいいかな?」


 覚悟を決めたばかりなのに親バカモードに逆戻りするフェリックス。これくらいの打たれ強さがなくては、国家の大役は果たせない。


「どうぞ。ふふ、すっかり元気になって」


 ニコニコしているセレスティアに見守られながら――――愛する娘からの手紙に目を走らせるフェリックスであった。

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