第二十話 魔法の天才
「そういえばリエン、少し確認しておきたかったんだが、お前の使える魔法はどの属性なんだ?」
仲間として旅をするなら知っておかなくてはならない基本的なことだ。俺も冒険者として魔法使いと組んだことはたくさんあるが、魔法というのは決して万能ではない。攻撃に使える魔法にも様々な属性があるし、治療や解毒など、サポートに向いている魔法の系統もある。
リエンが風の魔法を使えることはわかっているし、冒険者が互いの能力のことを聞くのはマナー違反
になることもあるが、少なくとも一度きりの臨時パーティというわけではない以上、ある程度能力を情報として共有しておくことはお互いの生存率を高めることになる。
「ん? 属性? ああ、私は自分で言うのもなんだが、魔導に秀でた一族の中でも飛び抜けた天才だ。使えない属性などない」
「は……? 嘘だろ……」
そんなの聞いたことがない。
魔法の適性があるもの――――ようは一般人よりも生まれつき魔力量が多い者は、地域や種族によってもバラツキはあるものの、一般的に千人に一人程度といわれている。
その適性を持った者も、得意な属性というものがあって、修練によって身につけられるものは人それぞれ違う。稀に二つの属性を使いこなす者もいることはいるが、実際は一つを極めた方が強いので、トップクラスの魔導士でも多属性使いはほとんどいないのが常識だ。
以前世話になった魔導士が教えてくれたが、一つの属性魔法をある程度使えるようになるまでは十年はかかるそうだ。二つの属性なら倍の二十年……いや、苦手な属性ならもっと時間がかかるだろう。
リエンはまだ十五歳だと聞いた。
その歳ですべての属性が使えると言い切ることの非常識さ。恐ろしくて震えが出るね。
「とはいえ、私もすべての属性のすべての魔法を使えるわけではない。まだ習っていなかった魔法も多い」
「……当たり前だ。もしそうなら出鱈目すぎるだろ」
正直苦笑いしか出ない。
しかしとんでもないな……正面から戦ったらほぼ勝てるヤツいないんじゃないのか? それこそ不意打ちか人質を取られるか――――ああ……そうか……リエンはおそらく敵に汚い手段を使われたのだろうな。
そうでなければ数百人程度でリエンを捕えられるとは思えない。あくまで想像だけどな……。
「あのなファーガソン、その……お腹が空いたんだが……」
リエンのお腹の虫が可愛らしく鳴いた。
育ち盛りでずっと食べていなかったんだ。負担を考えて量も少しずつしか食べさせていなかったから、そりゃあお腹が空くよな。
「ああ、俺も腹が減った。そろそろ行こうかリエン」
「あ……そうだファーガソン、ローラが選んでくれたドレスを着ていきたいんだが、着替えさせてくれ」
町娘が好んで着そうな可愛いフリㇽが付いたドレスを差し出してくるリエン。
「ちょっとサラさんかハンナを呼んでくるから待ってろ」
「えええっ!? 何でだ? ファーガソンがやってくれれば良いのに」
脱がすのはわりと得意なんだが、さすがに着せるのは無理だ。すまないな。
◇◇◇
「えええっ!? 可愛い!! 可愛いよリエン。まるでどこかの王女様みたい!!」
「うわあ……お姫様みたいに可愛いですリエンさん」
「あ、あの……ふぁ、ファーガソン!?」
ファティアとチハヤに絶賛されて困惑気味のリエン。視線でこちらに助けを求めているが、ここが正念場、頑張って仲良くなってくれ。
それにしても……やはり雰囲気で感じ取ってしまうものなのか? これが本物の王族の持つオーラというやつなのだろう。サムなんてビビッてさっきから挙動不審になっているしな。
「それでサム、今夜の店はどんな感じなんだ? リエンの体調を考えるとあまりガッツリ系なのは避けたいんだが……」
「安心してくだせい、今夜は満月、最高にお洒落で身体に優しい店を予約しているんでさあ!! 女性冒険者やギルド受付嬢に一番人気らしいので間違いないっす」
ほう……サムの奴、これでなかなかしっかり調査してくれているんだよな。お洒落な店はあまり得意ではないが、まあリエンもいることだし、女性陣が喜んでくれるなら我慢しよう。味に関しては男よりも女性の方がうるさいからな。これは期待できそうだぞ。
「異世界でも月と太陽は同じなんだよね……星座の配置も……そう考えると並行世界の一種?」
チハヤがまたなにやら意味不明なことを呟いているな。
「ここが『蒼月庵』でさあ。足元に注意して登って下せえ」
街の中心部に近い小高い丘陵地帯には、高級店が立ち並んでいて、そこに住む人々や働いている人たちは『ヒルズ』と呼ばれて町の人々の憧れの的なんだとか。
そのヒルズの中でもおそらく一番高い場所にあるのが『蒼月庵』
店の敷地内には多くの手入れの行き届いた樹木や花々が植えられた庭園があり周囲の喧騒から切り離された憩いの空間になっている。
庭園を楽しみながらしばらく歩くと、元々は岩山であった場所の頂上に建てられた『蒼月庵』本館が見えてくる。ゆうに数百段はありそうな階段を使って岩山を登ってゆくのは、決して楽ではないが、それでも人気があるということは、それだけの価値があるからなのだろう。
「リエン、まだ無理をしない方が良い。肩に乗れ」
「すまんなファーガソン」
慣れた様子で肩車されるリエン。本当にこの子は順応性が高いな。
「ああっ!! リエンばっかりずるい、ファーギー私も!!」
「仕方ないな、乗れ」
事情を説明していない以上、リエンばかりに気を遣うのはあまりよろしくないからな。
「わーい、これね、向こうの世界ではお姫様抱っこって言うんだよ」
お姫様抱っこ? やはりチハヤは王族のようだな。
「……」
ファティアが何か言いたそうにしているがやはり乗りたいのだろうか?
「ファティアも乗るか?」
「ふえっ!? い、良いんですか? ですがもう場所が……」
「大丈夫、リエン、悪いが左肩に移動してくれるか?」
「うむ、これならファティアも乗れるな」
左肩にリエン、右肩にファティア、チハヤを抱いて階段を登ってゆく。
「すげえ……これが白銀級……」
サムも乗りたそうにしているが、さすがに我慢してもらおう。あと白銀級関係ないからな?