第二話 ガルガル焼きと受付嬢のモナ
「へえ、モナの親父さんは有名な料理人だったのか」
「はい、だから味には結構うるさくて。ファーガソン様は何かご希望とかありますか?」
「いや、苦手なものは特にないし、強いて言えば、この街でしか食べられないようなものがあるなら嬉しいが……」
俺が旅を続けている理由でもあるからな。
「なるほど……そういうことならおススメのお店がありますので!! この時間ならまだそこまで混んでいないはずです」
モナに連れられてやってきたのは、初見では見つけられそうもない入り組んだ路地裏の店。しかも看板が出ていないから、察するに地元の人向けの店なのだろう。
「おう、モナちゃんいらっしゃい。もしかしてデートかい?」
「あはは、残念ながらお仕事です~。アレを頼みたいんですけどありますか?」
「もちろん。二名分でいいのかい?」
「はい!!」
店内は二十名も入れば満席になってしまいそうな比較的小規模で年季の入った石造りのシンプルな造りだ。やや薄暗いけれどしっかり清掃されているのか埃ぽさもなく快適。ふくよかな四、五十代の女性店主がフロアを切り盛りしている。
モナの言うアレというのが気になるが、ここは楽しみにさせてもらうとしよう。
「わあ……それじゃあファーガソン様は、国中の食べ物を巡って旅を続けていらっしゃるんですね。羨ましいです……!!」
目をキラキラさせながら俺の話を聞いているモナ。
たしかに一歩街を出れば、魔物や盗賊が徘徊しているからな。移動のたびに護衛を雇えるような大金持ちか貴族令嬢でもないかぎり旅など出来ない。それだって危険は常につきものだし、安全が保障されているわけではないからある意味で命懸けだ。
そういった事情があるから、ほとんどの女性はモナのように生まれた街で一生を終えるのが普通。
「俺の最大の楽しみは食だからな。全国を巡って最終的に一番飯が旨かったところに住もうと思っているんだ」
「良いですね~。私も冒険者になれば良かったです~」
「ハハハ、モナみたいなかわいい子が冒険者になったら、それこそトラブルが続出しそうだな」
「ふふ、たしかにそうですね。でも、かわいいなんて嬉しいです」
モナの顔が上気しているのは照れているのか、それともこの見慣れない食前酒のせいなのか。
「モナ、これは地酒なのか?」
無色透明に近い水色で香りもほとんどしない。水なのかと飲んでみると、刺すような刺激が舌、喉、食道、胃へと続いてゆく不思議な感覚を覚える。
「これはですね、マーダースネイクの体液から造ったお酒です」
思わず吐き出しそうになる。マーダースネイクといえば猛毒の魔物じゃないか。
「あ、体液に毒はありませんので大丈夫ですよ」
……それを先に言って欲しかったが。
味は……悪くない。飲み慣れればクセになりそうな予感はする。
「はい、お待ちどおさま、アグラ名物ガルガル焼きだよ」
女主人が運んできたのはカリッカリに揚げたマーダースネイクのブツ切り。なかなかワイルドな見た目の料理だな。
「主人、マーダースネイクが食べられるなんて初めて聞いたが?」
「アハハ、他の地域では食べないらしいね。でもね、毒抜きの手間はかかるけどクセになるよ!!」
ほお、毒抜き出来るものなのか。実際にマーダースネイクの恐ろしさを知っているだけに少々驚いたが、好奇心と空腹には勝てない。食前酒に刺激された胃袋が早く寄こせとせっついてくる。揚げたての香ばしい匂いもたまらんな。
「モナ、このまま食べれば良いのか?」
「下味は付いてますから、まずはそのままで、お好みでシトラをかけてお召し上がりください」
マーダースネイクは、成長すると全長五メートルほどになるが、目の前のブツ切りは俺の二の腕くらいの太さなので、おそらくは尻尾に近い部位か成体ではないのかもしれない。
フォークを刺してかぶりつく。
ふむ……鱗がカリカリに揚げられていて、香ばしい風味とパリパリとした食感が面白い。
そして……程よく弾力のある皮の付近にはモチモチとしたゼラチン状の部位があって、それがほのかに甘みもあってたまらなく美味い。蛇特有の生臭さも無いし、小骨も気にならないから、しっかりと下処理に手間をかけている料理だとわかる。
思わず料理人と握手をしたくなるな。
「シトラもかけてみるか」
そえてあった輪切りのシトラを絞ってみれば、相性抜群、香ばしさや旨味が際立つ。
「ふふ、気に入っていただけたようで何よりです」
モナが嬉しそうに微笑む。
ハハ、まだ何も言っていないんだけど俺の表情にきっと美味いと書いてあるんだろうな。
「まさかマーダースネイクがこんなに美味いとは……ぜひ主人に毒抜きの方法を教えてもらいたいものだな」
マーダースネイクが食べられるのなら、旅先で貴重なたんぱく源になるからな。
「あら、それなら後で私が教えて差し上げますけれど?」
「それは願ってもないが……良いのか?」
「ええ、明日はお休みをいただきましたのでお気になさらず」
モナが肉にかぶりつく姿が妙に艶っぽく感じる。
「ファーガソン様、食後にデザートなどはいかがですか?」
モナの指が俺の指を絡めとるようになぞってくる。
「デザートか……テイクアウトしてもらおうかな」
「はい……」
◇◇◇
「ふふ、マーダースネイクには強力な滋養強壮作用があるんですよ、ファーガソン様」
「そのようだな……ちょっと効果がありすぎるぐらいだ」
一晩かけてテイクアウトしたデザートを堪能したのに、まだまだ眠る気にならない。
「悪いなモナ、デザートのお代わり行けるだろうか?」
「もちろんです」
◇◇◇
いや~、すごかったな。
あの店、やたらカップルが多いと思ったらそういうことだったのか。
色々教えてもらったし、モナには感謝だな。