第百九十九話 最高の料理
「せ、セリカ……これは?」
『……竜は生肉が至高』
くっ……たしかに俺はセリカが好きな焼き加減でと言ったな。というかちゃんと聞こえていたんだな。
調理されたステーキも食べてみたかったが――――セリカが好きなものを俺も味わってみたいという思いもある。自分の言葉には責任を持たなければなるまい。
だが――――何もしていないのに、なぜ一番時間がかかったのか? 気にはなるがセリカの笑顔を見てしまえばそんな些細なことはどうでも良くなってしまう。
『食べればわかりますよ』
またアリスに心を読まれたのか。
「これは――――美味い!? 以前食べたものとは次元が違う――――」
俺もそれなりに魔物の解体には自信がある。血抜きもちゃんとしているし、出来ることはやっていると思っていた。だが――――これは――――
臭みはもちろんえぐみや雑味が一切ない。ここには純粋な肉の旨味しか存在していない。それに――――この肉の柔らかさは異常だ。口の中に入れた瞬間、バターのように溶けてゆく……。
そうか――――!! この生ステーキ、よく見ればしっかり包丁が入っている。あらゆる筋繊維を丁寧に切断して――――だからこそ下味が肉全体に良く馴染んで――――
ただの生肉――――なんかじゃ――――なかった。
少しでも美味しく食べてもらおうというセリカの想いが詰め込まれた――――
――――最高の料理じゃないか。
「せ、先生っ!? どうなされたのですかっ!?」
「何でもないんだセレス、ただ――――自分の浅はかさ、愚かさが恥ずかしくて――――この料理が温かすぎて――――胸がいっぱいになっただけだよ」
料理を食べて泣いたのはいつだっただろう。
「ファーガソン……」
『相変わらず泣き虫だの』
ここにファティアたちがいなくて助かった。さすがに恥ずかしすぎるからな。
「セリカ――――美味しいよ、本当に美味しい。ありがとう」
『ん……それは良かった――――はうっ!?』
衝動的にセリカを抱きしめる。
『ふぁ、ファーガソン――――っ!?』
あわあわしているセリカに愛おしさが込み上げてくる。
「これからもセリカの作った料理が食べたい」
『あ、あううう……あ、愛情たっぷり入れてあげる』
茹でダコみたいに真っ赤になったセリカの目がぐるぐる回っている。しまった――――刺激が強すぎたのか!?
『ふふふ、最強の古代竜もああなっては形無しよの』
「あはは、セリカは免疫ゼロだからね」
「せ、先生、私も料理くらい――――頑張りますから!!」
対抗心を燃やすセレスも抱き寄せて頭を撫でる。
「ああ、楽しみにしてる」
「ひ、ひゃい……が、頑張りましゅ……」
『これは――――負けておられんな、ファーガソン、ママの手料理も食べるのじゃ!!』
「ふふん、ファーガソンが一番食べた手料理は私のなんですからね。たっぷり思い出させてあげるわ!!」
母上とエレンも飛び込んでくる。
『くっ……ふぁ、ファーガソンさま、実は私も料理の腕は超一流でして――――』
アリスまで参戦してくるともはや身動きが取れない――――
やはり言動には気を付けようとあらためて誓うファーガソンであった。
『実に美味であった。また近いうちにお邪魔しよう』
「うんうん、今度は皆を連れて来るよ、ね? ファーガソン」
セリカの鱗があれば――――今後は危険なく店に来ることが出来る。
「ああ、構わないだろうか、セリカ?」
『……うん、大丈夫』
『うう……仕方ないからもう少しだけ続けてあげます』
ニコニコ微笑んでいるセリカと仕方なさそうに頷くアリス。
「ありがとう――――二人とも」
二人とも幸せにしてやりたいという気持ちは本物だ。
だが――――神獣の子とはいえ、ただの人である俺に出来ることはあるのだろうか。
無限とも言える寿命と神に近しい力を持った彼女たちに比べて俺は――――あまりにも無力だ。
『……ファーガソンさま、どうかお心のままに。また今夜、楽しみにしています』
「アリス……?」
怪しく微笑むアリスに心臓が跳ねる。
「エレン、今日はありがとうな」
「うん、楽しんでもらえたようで嬉しいよ。それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうですね、私もそろそろ戻らなければ――――」
セレスはノーザン・フォートレスへ戻らなければいけない。向こうで待機してくれているリエンも迎えにいかないとな。
そして――――
「母上……」
『……そんな顔をするなファーガソン。お前が望むなら我はいつでもお前と共にある。これまでも――――これからも、な』
まいったな――――俺が――――こんなに甘えたいと思っていたとは。
『ふふ――――隠す必要も我慢する必要もない。我にはお前を甘やかす暇など無限にあるのだから――――さあ、おいで』
いつの間にか周囲の景色が全て消えていた。
『この世界に存在するのは――――我とお前だけだ――――ファーガソン』
必死に押し込めて来た心の奥底まで溶かされてしまう――――その優しい眼差し――――絶望と悲しみに震えた魂に寄り添い温めてくれるその熱が心地良い――――
「母上……一つ聞いても良いか?」
『ああ、何でも聞くがよい、たとえ応えられなくとも我はちゃんと聞いているからの』
「――――俺の父親は――――誰なんだ?」
ずっと気になっていた。
聞いたからと言って何になる? 再び会えるわけでもない――――でも知っておきたかった
『ふう……今、それを聞くのか――――そう――――だな――――』
少し戸惑うような躊躇するような――――困った表情
「……母上? 聞いてはいけないことだっただろうか?」
『……そうではない――――ただ――――もう少しだけ――――母親でいたかった――――それだけだ』
「それは――――どういう意味――――」
『ファーガソン、お前の父親は――――お主だよ――――ファーガソン』
母上に優しく抱きしめられると――――新たな記憶が流れこんでくる。
「まさか――――そういうことなのか――――セラフィル」
『そういうことだ。もちろん――――こうなった責任は取ってくれるのだろうの?』
セラフィル――――泣いているのか?
『我にも――――まだこんなものが残っていたとはな――――だが――――悪くないものよ』
俺は――――いつから勘違いしていた?
永遠に近い寿命を持ち――――神に近しい力を持っているから――――だからなんだ?
エレンやセリカ、アリス――――皆心を持っている。
強いから壊れないわけではない――――
強ければ強いほど――――力を持てば持つほど――――後悔も大きくなるし――――孤独も深くなる
それは――――俺が一番よく知っていたはずだろう――――ファーガソン




