第百九十七話 セリカの正体
『次はメインディッシュですが――――その前に店長が話をしたいそうです』
アリスは不安そうな表情を隠さない。
『ほう、あのセリカが厨房から出て来るとは珍しいな』
「ああ、たぶんアリスの件じゃないの?」
セリカ――――この店の主がいよいよ出て来るのか。
これから俺は――――アリスをくださいと頭を下げなければならないのだが――――食事に来たはずなのにいったいどうしてこうなった?
それにしても――――セリカとは一体何者なんだ?
この異界を創り出し、おそらくは神話の時代から趣味でレストランを営んでいる……間違いなくタダモノでないことだけはたしかだ。
アリスのことを切り出したら――――いきなり襲われることはない――――と思いたいが、念のため集中しておこう。
もっとも――――もし母上クラスの存在であれば、何をしても無駄だろうが。
『……いらっしゃい』
どんな大男が出てくるのかと身構えていたが、厨房から出て来たのは年恰好はアリスと大差ない燃えるような赤髪の美少女。鱗のようなドレスを見に纏い、頭部に生えている特徴的な二本の角が普通の人間ではないことを物語っている。
『久しぶりだなセリカ、料理堪能させてもらっている』
『……うん、久しぶりセラフィル』
それにしても声小っちゃいな!? 『エーテリアル・バウム』のルーイといいセリカといい、腕の良い料理人は無口でないといけないというルールでもあるのだろうか?
「相変わらずだね、セリカ」
『……エレンも元気そう』
うーむ、長年の知り合いである母上やエレンですらこの程度なのに――――果たして会話が成立するのだろうか? 心配になって来た。あ……でも店には何度か来ているから会ったことはあるのか?
せっかくなら母上も店での記憶くらい戻してくれても良かったのにと思ってしまう。まあ、俺たちにはわからない制約や事情があるのかもしれないが。
むっ――――セリカがこっちを見た。
『……大きくなったね』
「記憶が無いので覚えていないんだが、やはり会ったことがあったのか」
『うん……』
口数は少ないが、ニコニコしているから怒っているわけではないのか?
「セリカさま、セレスティアと申します、美味しい料理を本当にありがとうございます」
『そう……良かった』
アリスの態度を散々見ていたので、どんな傍若無人なのかと思っていたが、セレスを見る目はそよ風のように優しく問題のある人物とは思えない。
『み、見た目や雰囲気に騙されてはいけませんファーガソンさま!! こやつは正真正銘のポンコツです!!』
なあアリス、お前はそのポンコツ主の眷属なんだよな? というか主をポンコツ呼ばわりしても大丈夫なのか!?
『ファーガソン、セリカはこの世界を守護する古代竜の一角、こんな感じだが簡単に世界を滅ぼせる力を持っているぞ』
え……? 古代竜――――って本当に存在したのか。まあ神獣も居るんだからそりゃあそうか。だが――――料理以外ポンコツな方がそんな力を持っているとか怖すぎるんだが。
「せ、先生……マズいですよ、私たち……火竜の肉渡しちゃいました……」
顔面蒼白になるセレス。まさに俺も同じことを考えていた。
古代竜と言えば竜種の生みの親、つまり俺たちは――――自分の子分を殺して肉を持ってきた連中ということになる。と、とにかくセレスだけは絶対に守らないと――――
『ははは、大丈夫じゃ二人とも。我と獅子に関係が無いように、竜と古代竜、同じ竜の字を使っているが、存在はまったくの別物。のうセリカ?』
『……うん、大丈夫』
どうやら杞憂だったらしい……一瞬肝が冷えたが。
だが――――ホッとしている場合じゃあない。まだ、肝心のアリスの件が残っている。
アリスと約束した以上、俺も全力を尽くす必要があるだろう。
『て、店長――――先ほども言いましたが――――私はファーガソンさまのところに行きたいです』
「セリカ、その――――嫁に貰う話だが――――」
『うん、良いよ』
「え……?」
あっけなくOKが――――出た?
『え……? 良いんですか!?』
まさかOKがもらえるとは思っていなかったようで、誰よりも一番驚いているのはアリスだ。
彼女の話だと料理以外何も出来ないらしいが――――
『……私も一緒に行くから』
『……は!?』
「……え!?」
セリカが衝撃的な一言を放つ。
『ああ、そういえば――――ファーガソンはアリスだけじゃなくて、セリカにもプロポーズしておったな』
……なにをやってるんだ――――前世の俺。
『て、店長、正気ですか? どこへ行くかわかっているんですよね?』
『……うん、お嫁さん』
ニコニコこちらを見て微笑んでいるセリカ。いや、確かに可愛いんだが――――古代竜ってお嫁さんに出来るものなのか?
「……先生、わかってますよね?」
セレスの視線が厳しい。
ああ、わかっているさ。発言には責任を持たなければならない。
『ファーガソン、覚えておくがいい。言葉は契約であり約束だ。上位の存在であるほどそれに縛られるものなのだ。せいぜい頑張るがいい』
頑張れと言いながら笑い転げている母上。アレは……絶対に楽しんでいる。
つまり――――俺がプロポーズをして、セリカがそれを受け入れた時点で契約が成立している――――というわけか。
「なあ、母上――――さすがに他にもプロポーズしてたりしないよな?」
『さあて……どうだったかの? まあ、とりあえずセリカに関する記憶だけ戻してやろう』
とりあえずと来たか。否定しないのが怖いんだが。そして何よりも前世の俺の行動が怖い。あと出来ればこの際記憶全部戻してもらっても構わないんだが――――
母上が頭に手を乗せると――――おお……セリカに関する記憶が戻って来た。
「それじゃああらためてよろしくな、セリカ、アリス」
『よろしくお願いします、ファーガソンさま』
『……うん、よろしく』
食事に来たはずなのに――――嫁が二人も増えた。