第百九十五話 サラマンダーのハンバーグ
「先生見てください、すごいですよここの景色、一定時間で切り替わるのです」
興奮気味にはしゃいでいるセレス。景色が切り替わる? どういう意味だ……?
しばらく景色を眺めていると――――ゴツゴツした岩山から青々とした大草原へと景色が変わった!
「おお、本当に変わった!! どういう仕組みなんだ……コレ」
『簡単なことだ。この異界は世界各地と繋がっているゆえゲートが設置してある場所の景色を映し出しているに過ぎん』
「ということはあの火山はこの店への入り口の一つに過ぎない――――というわけか」
『さすが我が子よ察しが良いな。というわけだから――――実はそこまで客が珍しいというわけでもないのだ』
なるほど……おそらく客層も限られているだろうが、世界中と繋がっているのならば、そこそこ客は来るのかもしれない。
「ということは、この景色はすべて現実に存在する場所なんだな……世界は広い――――ということか」
「はい――――こうしていると私たちが知る世界というものがいかに狭く表面的なものなのかと痛感させられますね……」
最強の冒険者といえば聞こえは良いが、現実問題として俺は神獣の足元にも及ばないだろう。そして――――その神獣を遣わした神々の存在を考えれば、俗世の優劣など矮小すぎてどうでもよくなってくる。
「だがその狭く表面的な世界で必死になって生きているのが俺たち人間だ。これまでも――――そしてこれからも」
「そうですね……結局、下界のことは私たち自身が解決しなければならないのでしょう。大いなる存在は私たちの敵でも味方でもない。ただそこにあって見守ってくれている――――そのことを知ることが出来ただけで私は幸せです」
『うむ、その通りじゃセレスティア。そのまま強く優しく生きよ、我はいつでもお前たちを見守っているゆえ』
セレスの視線に優しく答える母上。
「ええ~? そんなこと言って、セラフィルは大抵寝てるじゃない」
『くっ……細かいことを、その気になれば寝ていても下界のことくらいわかるわ!! まあ……少なくともファーガソンたちが生きている間は、我も寝る暇は無さそうじゃが』
そう言って楽しそうに笑う母上にエレンもたしかにと同意する。永遠に近い時間を生きる者同士、分かり合える部分があるのだろう。
『お待たせしました、一品目、サラマンダーのハンバーグです。素材がミンチ状だったので、そのまま利用させてもらいました、と店長が』
景色を眺めながら雑談をしていると、食欲をそそる香りとともにアリスが料理を運んできた。
ただし――――ものすごい熱気とともに
『サラマンダーの肉は熱に強いので、マグマの火力で焼き上げています。プレートも溶岩で出来ておりますので、十分温度を冷ましてからお召し上がりくださいね』
これ――――おそらく数千度近くあるだろ……このまま食べたら死ぬな。
「アリス、このハンバーグにかかっているソースは何だ?」
『こちらはイグニスハイト火山の特別な火山灰とマグマ・スライムを混ぜ合わせたソースとなります』
うーむ、まったく味の想像が出来ない。そもそもマグマ・スライムなんて初めて聞いたぞ。
「マグマ・スライムはマグマの中に住んでいて、それとは知らずに近づいてきた獲物を襲って養分にしてしまう恐ろしい魔物だよ」
エレンが察して教えてくれるが、そもそもマグマに近づくことがないから遭遇しようがないのだが。
「先生……スライムというのは食べられるものなのでしょうか?」
不安そうに煮えたぎる皿を見つめるセレス。
「ああ、ほとんどの種類のスライムは食べられるぞ。味は――――種類によって違うが、基本的に優しい甘さと口の中でとろける食感が楽しい食材だ。地域によっては毒のあるポイズン・スライムを解毒剤と一緒に煮込んで食べているらしいが……」
「あはは……美味しいのかもしれませんが、ポイズン・スライムはあまり食べたいとは思いませんね」
「同感だ。だが、毒のあるものほど美味しいというのが食材の面白いところでな。俺も一度は口にしてみることにしている」
「なるほど……先生は各地で色んなものを食べて来られたんですよね……私もこれからは先生を見習って色々チャレンジしてみたいです!!」
――――などと話してみたが、一向に料理が冷める様子はない。いや、厳密には冷めてきているのだろうが、食べられるレベルからは程遠いのが現状だ。
『うむ、これは美味いな……ミンチになっているから旨味がしっかり出ておる。どうした? 皆も冷めないうちに喰え』
ただし――――母上を除いて。
「いや、母上、冷めないと食べられない」
『なんじゃ、ネッコ舌じゃのう』
ネッコ科の神獣である母上にネッコ舌といわれるのは複雑な気分だが……。
だが困ったな、俺は魔法が使えないし、セレスも氷属性の魔法は使えない。
『ふふふ、世話の焼けるヤツよの。ほれ、我が体内で冷ましてやったぞ。さあたんとお食べ』
お食べと言われても、どう好意的に見ても単なる嘔吐物にしか見えない。母上には申し訳ないのだが、さすがに食える気がしない。
「お母さま、私もいただいてもよろしいでしょうか?」
『もちろんじゃ、存分に喰らうがよい』
せ、セレス!? まさかそれを――――食べる――――気か?
「お、美味しいです!!」
嘔吐物――――いや、母上が冷ましてくれたハンバーグを食べたセレスが全身で感激している。
馬鹿な――――あの見た目で――――?
いや――――だが母上は神獣……となればむしろ体内で浄化されたと考えるべきでは?
『ほれ、ファーガソン、あーん』
覚悟を決めろ、男だろファーガソン!!
勇気を出して母上が差し出したハンバーグだったモノを口に含む。
「う、美味いっ!!」
なんということだ……極限まで熱されたことでおそろしいほど凝縮された旨味が津波のように後から後から繰り返し襲い掛かってくる。
そして――――その旨味を包み込んで逃がさないのがあのソースだ。マグマ・スライムの優しい甘みがサラマンダーの肉の旨味により深みを与えていて――――火山灰の苦みが絶妙なスパイスとなって舌を飽きさせることが無い。
『ふふふ、そうであろう? どれエレンも遠慮なく喰え』
「あはは……私は遠慮しておくよ――――急速冷凍!!」
エレンは料理を魔法で冷やして美味しそうにかぶりついている。
それが出来るなら早く言って欲しかった。