第百九十四話 隠れ家レストラン『ヴォルケーノ』
『いらっしゃいませ、隠れ家レストランヴォルケーノへようこそ。四名様でよろしいでしょうか?」
本当に店があった……しかも可愛い店員さんが普通に受付してるんだが!?
「やあアリス、久しぶりだね、セリカは元気?」
「お久しぶりですエレンディアさま、セラフィルさま、店長は馬鹿が付くぐらい元気ですね……そろそろ死ねば良いのに……」
何気に毒舌な子だな。少し耳が尖っている以外は普通の人間に見えるし見た目に騙されそうになるが――――相当な強者だ。
アリスと呼ばれたその少女は、その金色の瞳でジッとこちらを見つめてくる。
「初めましてアリス殿、私はセレスティアと申します」
『セレスティアさまですか――――ご新規さまですね!! 嬉しいです!! これからもどうか御贔屓に!!』
久しぶりの新規客がよほど嬉しかったのか、その冷酷にも見える無表情さが少しだけ和らいだように感じる。
『……ファーガソンさまもお久しぶりです。大きくなられましたね』
やはり何度か来たことがあるようだ。
「すまないアリス、今の俺は転生前の記憶がほとんど無いんだ……」
『なっ!? そ、そんな……嘘……ですよね?』
酷く動揺し狼狽えるアリス。とうとう泣き出してしまった。
「え!? ど、どうしたんだアリス?」
『うわああああん、あの約束も忘れてしまったんですか!!!』
あの――――約束? 駄目だ……何も思い出せない。
『ひっく……酷いです……私は……ひっく……あの約束を信じて……こうして千年待ち続けたというのに――――』
ど、どうすればいいのかわからないが――――
「母上、何か知っているんだろう?」
さっきからずっとニマニマしているのがわかりやすい。
『そうじゃのう……お前が――――ママ、大好き♡ と言いながら我を抱きしめてくれたら思い出すかもしれんのう……』
くっ……何という羞恥プレイ。
だが――――選択肢はもはや残っていない。
「ま、ママ……大好き……」
『駄目じゃ、♡が感じられない』
♡って言われても困るが――――とにかく気持ちを込めるしかない。
「ま、ママ……大好き♡」
『うひょう!! 我も大好きだぞ愛しき我が子よ』
「ファーガソン、私にも頼むよ」
「せ、先生、私にもぜひ!!!」
いや待て、今はそれどころではないだろう?
「後でな」
「言質は取ったよ?」
「良いんですか!! ど、どうしましょう……急に緊張してきました……」
流れ的に断れなかった……
「それで思い出したんですか、母上?」
『ああ、思い出したとも――――初めてアリスと会ったお前は、よほど気に入ったのか――――ボクがおおきくなったらおよめさんになってください――――とプロポーズしておったのう』
な、何だとッ!? まさかのプロポーズ?
「……そうなのか、アリス?」
『はい――――』
頬を染めて照れるアリス。
「先生、記憶があろうがなかろうが約束は約束です。私はたった数年離れ離れになっただけでどれほど辛かったことか……アリス殿は千年待ち続けたのですよ? 私にはその気持ちが――――痛いほどわかります――――わかるのです――――」
『セレスティアさま……ありがとうございます……』
泣きながら抱きしめ合う二人の姿を見れば最初から答えは出ている――――か。
「アリス、記憶が戻るかどうかわからないが、お前が俺を待っていてくれたのなら――――その気持ちに応えたい」
『嬉しいです――――ファーガソンさま。記憶なんて無くても――――私は――――幸せです!!』
いや、感動的な場面なんだが、食事に来たのに店頭でこんなことをしていて良いのだろうか?
『うむ、アリス、ソナタは実に良い目を持っている。千年待ち続けた褒美にお前に関する記憶を戻してやろう』
『ほ、本当ですか!! あ、ありがとうございます、セラフィルさま!!』
母上が俺の頭に触れると――――アリスに関する記憶だけが蘇ってくる。
『……思い出し……ましたか?』
「ああ……すべて思い出したよ――――」
迎えに来るのが遅くなってすまない――――アリス
『っ!? あ、あはは…全然……待ってないですから……大丈夫です!! でも――――待ってて――――良かった』
胸に飛び込んでくるアリスをしっかりと受け止める。千年分の想いも一緒に――――
「先生、私もお願いします!!」
「ファーガソン、私も!!」
『ファーガソン、ママも!!』
営業妨害にならないよな? だ、大丈夫かな……
それからしばらくの間――――ファーガソンによる抱っこタイムが展開された。
「それにしても――――いつ来るかわからない客を待ち続けるなんて大変な苦行だな」
「慣れておりますので。ですが――――お気遣い嬉しく思いますファーガソンさま」
そう言って何やら赤い宝石のようなものを手渡してくるアリス。
「アリス、これは?」
「今は――――秘密です」
意味深な笑みを浮かべるアリス。母上を見れば無言で受け取っておけと促すので、とりあえず受け取っておくことにする。
「おお!! 店内は明るいんだな」
一歩店内に入ると、そこはまるで宮殿のようなバルコニーが広がっており、雄大な景色が一望できる。
「母上、もしかしてこの店も――――?」
『うむ、我の異界と似たようなものだな』
異界を創り出すことが出来る店主って一体何者なんだ? 母上と同じ神獣なのか、それとも――――?
『お冷お持ちしました』
席に着くとアリスがトレイに水を乗せて運んでくる。
「大変だなアリス、受付だけじゃなくてウエイトレスもやっているのか?」
しかも受付の時と制服が違う。わざわざ着替えたのか?
『従業員が私しかおりませんので仕方ないのです。店長は料理以外何も出来ない方なので、身の回りの世話もメイドとして私がすべてやっております』
「そ、それは……大変だな」
『たまにムカついて毒を混ぜたり汚物を拭いた雑巾の搾り汁とか入れたりするんですけど全然効かないんですよね……無駄に丈夫なので』
うん、この子は怒らせないようにしないとヤバいな。
『ところで食材をお持ちいただいたそうで。お預かりしてもよろしいですか?』
「この袋の中に入っている食材は好きに使ってもらって構わない」
『承知しました。革袋は後程お返しいたします』
革袋を受け取ると――――アリスは店の奥へと消えていった。