第百九十一話 イグニスハイト火山へ
「ふふ、何を頑張るのかな~? お二人さん」
「エレン!?」
「エレンディアさま!?」
いつの間にかやってきていたエレンがこれ以上ないほどニマニマしながらこちらを見ている。
『遅かったではないかエレン、仕事とやらは終わったのか?』
「うん、ようやくね……それよりお久しぶりです、お義母さま」
『ふはは、エレン、お前が我のことをお義母さまなどと呼んだことはないだろうに』
「あはは、一度そう呼んでみたかったんだよね」
何がツボに入ったのかわからないが、笑い転げる母上とエレン。少なくとも千年ぶり以上なはずだが、二人の間に時間の経過などまるで無かったかのように世間話に花を咲かせているのをみると、これが長生きの秘訣なのかと感心する。
「それじゃあ、そろそろ行こうか?」
『む? エレン、どこかに行くのか?』
「うん、イグニスハイト火山に行こうと思って。セラフィルも行く?」
『ほう――――イグニスハイト火山か。ということは……あそこに行くのだな?』
「さすがご名答、と言いたいところだけど他に何も無いからね」
『たしかにな。ふむ、ここでファーガソンたちと別れるのもちと物足りぬところでもあるし、久しぶりに行ってみるのも悪くない……よし我が連れて行ってやる』
どうやら母上も一緒にイグニスハイト火山に行くらしい。正直なところかなり嬉しい。
「やった。麓まではゲートで行けるけどそこから先が大変だから助かるよ」
『ふん、どうせ最初からそれが目的だったのだろう?』
「あはは、バレた?」
『だがまあ……久しぶりに我が子にも会えたし、可愛い嫁にも会えて楽しかった。感謝するエレン』
「セラフィルが感謝するなんて――――明日世界が滅びるかもしれない!!」
『ふん、それなら我がそれを阻止するまでよ』
大袈裟に驚いてみせるエレンにおどけてみせる母上。本当に仲が良いのだな。
それにしても――――イグニスハイト火山か。どんな場所かわからないが神獣である母上が一緒なら怖いものなし――――いや……手助けはしてくれないと思っていた方がいいだろうな。
「ところでセレスティア、例の件、大先輩である私が手取り足取り教えてあげようか?」
「あ、あああ、あの――――せ、先生が教えてくださるので――――大丈夫ですっ!!」
これ以上赤くなるのが難しいくらい真っ赤になって俯くセレス。
「きゃああああ!!! 可愛い!! なんて可愛いんだ。ねえ、ファーガソン?」
「ああ、可愛いな」
『うむ、たしかに可愛いの』
「せ、先生にお母さままでっ!! い、意地悪しないでください!!」
たまらずセレスが叫ぶと、皆一斉に笑いだすのであった。
――――イグニスハイト火山
ミスリール南東部の辺境に位置する活火山で、常に噴出しているマグマと有毒ガスによって周辺一帯はほとんど草も生えない死の大地らしい。大陸最大級の火山なのにまったく知られていないのは、単純に人がこの場所に踏み入ったことが無いから。ミスリールのエルフたちですら近づくことは無いという完全な秘境だ。
「エレン、そんな場所に何をしに行くんだ?」
「え? お腹空いてるでしょ? いいお店があるんだ」
「「……お店?」」
思わずツッコんでしまう俺とセレス。
『ファーガソンも何回か行ったことがあるんだがな』
下から母上の声が聞こえる。そう言われてみれば――――母に連れられて食事に行った記憶はある。母以外の記憶は失ったままなので、そこがこれから行く店なのかはわからない。
俺たちはセレスティアルオーレア上空にある異界から、再び神獣化した母上の背に乗って一気に火山を目指して飛んでいる。白獅子姿の母上が目撃されれば大騒ぎになるだろうが、超高度を飛行する姿は地上からでは視認出来ないし、火山の周囲は誰も住んでいないので、そもそも誰かに見られる心配も無い。
しかし――――食事するのに冒険って一体――――?
『ほれ、早く倒さないと先へ進めんぞ』
GYAAAAAA!!!
行く手を塞ぐのはサラマンダーの群れ。火属性の中でも特に厄介な魔物で、特に火山地帯では生半可なダメージでは熱によって再生回復されてしまう。しかも真っ二つにした程度では死ぬことが無いほど生命力が強い。
火山などの特殊な環境にしか住み着かないため人里を襲うことはないものの、火山噴火や山火事などに乗じて人里近くまで現れることもある。討伐するとなれば上級冒険者が対火属性装備や弱点属性の魔法を使える魔法使いとパーティを組んで対応する強力な魔物だ。
「サラマンダーの群れなんて初めて見たかもしれない……」
遭遇するだけでもレアで危険な魔物だ。それが群れともなれば当然リスクは跳ね上がる。
「先生、ここは私にお任せください」
「わかった、やってみろ」
「ありがとうございます――――インフィニット・ブレードストーム!!!」
無数の剣影が竜巻のようにサラマンダーへ襲い掛かる。元々の威力に加えて白色のライオニック・オーラを纏うことで威力を数段増したセレスの技がサラマンダーを細切れにして絶命させる。
これがセレスの広範囲殲滅技か……凄まじいな。
「先生!! お母さま!! エレンディアさま!! いかがでしたでしょうか?」
良いところを見せたかったのだろう。鼻息を荒くしている姿は――――褒めて欲しいと尻尾を振るイッヌのようだ。周囲に広がる絵面は地獄絵図だが微笑ましくて可愛らしいその姿に癒される。
「あはは……ねえセレスティア、それ食材だから拾い集めてね?」
「……え? これを――――食べるのですか!?」
『ははは、ちょっと細かくし過ぎだがな』
母上が楽しそうに笑う。
たしかにみじん切り状態で拾い集めるのは至難の業だな……コレ。
「よし、回収は俺がやろう」
「ファーガソン、これ使って」
エレンから革袋を渡される。
「これは――――魔道具か?」
「うん、いくら入れても一杯にならない魔法の革袋だよ。おまけに鮮度も落ちないという嬉しい保存機能付き」
それはすごいな。国宝クラスの魔道具じゃないか!!




