第百九十話 母の記憶と究極の二択
「あの……セラフィルさま、ずっと気になっていたのですが――――」
言い難そうにセレスが口ごもる。
『なんだ、遠慮なく言うがよい』
「ありがとうございますセラフィルさま。それで……その――――セラフィルさまのそのお姿――――雄の獅子ですよね……?」
「そういえばそうだな……セラフィル、もしかして実は父上だったりするのか?」
俺たちの疑問に一瞬何を言っているのかわからない様子できょとんとしていたセラフィルだが、すぐに大きな声で笑いだす。
『ははは、我ら神獣には性別というものは存在しない。交わる人間が男であるならば女体に、女であるならば男になるだけのこと。我はアレクとファーガソン以外の子を産んでおらぬゆえ、あくまで母親という意識が強い。特にファーガソンの前ではな。この姿は単純にカッコいいからであって他意はないのだ。ふむ……だがたしかに雄の獅子の姿ではファーガソンも素直に甘えられぬかもしれんな――――気が利かず悪かった、今人化して母の姿を見せてやろう』
セラフィルの言葉に心が期待で揺れる。
記憶はないが間違いなく母だ。すでに家族が居ない俺にとって思いがけず現れた本当の家族――――もちろん前世の話だが。
「はっ!? せ、先生のお母さま――――ご、ご挨拶しなければ――――!!」
何やらセレスが緊張し始めている。いや――――姿に関わらずセラフィルは母親だぞ。まあ、気持ちはわかるが。
『ほれ、どうじゃこの姿、懐かしいのではないか?』
いつ変身したのかわからないが、そこにはたしかに人化したセラフィルの姿があった。
白い髪、琥珀色の瞳、大きな獣耳、翼が無いので普通の獣人と言われれば通用するだろう。
だが――――
「か、可愛い……可愛いです!! お母さま!!」
『ふふふ、そうであろう、そうであろう?』
いつの間にかお母さま呼びになっているセレスと褒められて上機嫌のセラフィル。
そうなのだ――――たしかに可愛い――――が、どうみても年下にしか見えないセラフィルを母上と呼ぶには違和感しかない。
『どうしたファーガソン、遠慮はいらんぞ、存分に甘えよ』
「あ、いや……さすがにちょっと――――」
セレスの前で妹にしか見えないセラフィルに甘えるのは人としての常識が邪魔をして難しい。
『なるほど……記憶が無いのであれば甘えろと言われても難しいの。よし、お主の記憶、母に関する部分だけ戻してやろう』
そんなことが――――出来るのか――――?
セラフィルが俺の頭に手を置いた瞬間――――頭の中に流れ込んでくる母の記憶。
胸の中が温かいもので埋め尽くされる。
「は……母上……」
『ん、なんじゃファーガソン?』
「逢いたかった……ずっと逢いたかった……」
懐かしさと愛おしさで涙が止まらない。
『我もじゃ。おいでファーガソン』
優しく背中を叩くこの温もり――――ひだまりのような母の匂い――――どうして忘れていたんだろう。
『ふふ、お主は強いが相変わらず涙もろいの……じゃが――――それも優しさゆえ。我はそのすべてを愛しておるぞ――――よく――――頑張ったな、ファーガソン』
いかな最強クラスの冒険者といえども、彼はまだ二十歳の若者。
自分よりはるかに小さい母に抱き着いて泣くその姿は――――まるで小さな子どものようで――――
「う、うわああああん、お母さまあああ!!」
『よしよし、セレスティアもおいで』
二人の姿につられて泣き出したセレスティアも交えて異界にはしばらく泣き声が響いていた。
「あ、あの……実は私と先生ですが――――正式にお付き合いさせていただくことになりまして……」
『わかっておる。元気な子をたくさん産むと良い。ファーガソンとオーラを持つセレスティアの間に生まれた子なら素晴らしい未来が約束されることになるであろうよ』
「ふえっ!? こ、子はまだ早いのでは――――」
『何を言う、人の身体は今のお前くらいが一番妊娠に適しているのだ。今すぐ励んだ方が良い』
「あわわ……で、ですが――――」
『なんじゃ? もしかしてやり方がわからないのか? よろしい、今から我とファーガソンが手本を見せるゆえしっかり目に焼き付けるのじゃ』
「え……あ、いや――――えええっ?」
なんだかとんでもない方向に話が逸れて行っているぞ……
「母上、セレスが困っているし、俺も母上と手本を見せるとかさすがに無理だから」
『大丈夫、その時だけ母の記憶を消せば良いのだろう?』
いや……そういう問題じゃないと思うのだが。
『セレスティア、正直に答えよ、やり方を知っているのか?』
「ひぃっ、その……知りません……です」
消え入るように真っ赤になって俯くセレス。なんてことを言わせるんだ。
『それみたことか。ファーガソン、このままでは埒が明かない、お主の記憶をセレスティアに見せるのと、我とお主の交わりを見せるの、どちらが良いか選べ』
俺の記憶をセレスに見せるくらいならいっそのこと殺された方が――――
だからといってこの場で母上との交わりを見せるというのも難しいというか――――無理
「は、母上、セレスには俺がちゃんと教えるから!!!」
「は、はいっ、私も出来ればその方が――――!!」
『なんだつまらんな。まあ……二人の気持ちはわかった。ただし我の気は短いゆえ、来年中には孫の顔を見せに来い』
神獣なのに気が短いって絶対に嘘だよな――――とは思うが、母上なりの気遣いなのかもしれない。
「だが母上、子は授かりもの、さすがに来年は無理かもしれない」
『安心せい、二人には神獣の加護を与えたゆえ、二人が望むならば問題なく授かる』
すごいな神獣……そんなことまで出来るのか。
「先生!! 頑張りましょうね!!!」
一方のセレスは真面目さと使命感に燃えている。握りしめた拳すら可愛らしい。
出来ることならすぐにでも頑張りたいところだが、さすがに一国の王女、後々のことを考えればきちんと順序を踏む必要があるだろう。




