第百八十九話 ギフト
『アレクの死後、お前はイデアル家当主として影に日向に王家を守り続けた。代が変わってもその関係は長きにわたって続いた。ここ数百年は寝ていたので詳しくは知らんがな』
「管理者なのにそんなに寝ていても大丈夫なのか?」
『問題ない。本音を言えばお前たちが死んでからは王国だけを見る理由もなくなったゆえ。それに管理者たる神獣は我だけではないからな。一応当番制になっておる』
当番制か……神獣も何気に大変そうだ。
「ん? どうしたセレス?」
真剣な表情で何か考えに耽っている彼女の様子が気になる。
「あ、いえ……言われてみれば王国の歴史において王家とイデアル家との繋がりの深さが際立っていることに気づきまして――――なぜ伯爵家と不思議に思っていましたがようやく謎が解けたような気がしています」
「まあ……そのイデアル家も俺の代で消滅してしまったが――――」
「――――えっ!? あの……先生、もしかして先生は――――」
「ん? 言ってなかったか? 俺はイデアル家の嫡男、ファーガソン=イデアルだぞ」
「そ、そんな――――初耳です――――え……ということは――――あ、ああ……なんということでしょう」
盛大に動揺し慟哭するセレス。
迂闊だった……俺が彼女のことを知らなかったように、セレスもまた俺のことは冒険者としてしか知らないことに気づくべきだった。
「だ、大丈夫か? イデアル家取り潰しのことならお前のせいじゃない。もう終わったことだ」
もちろん俺の中では何も終わってはいない。だが当時七歳だったセレスに何が出来たというのか? おそらく事件のことすら知らなかっただろう。現国王陛下には思うところが無いではないが、セレスに関しては全く無関係だと思っている。
「いいえ、王家に連なるものとして責任は免れません。国に戻りましたら父上に直訴してでも先生の名誉とイデアル家の再興を必ずや――――この命に代えても必ず!!!」
燃えるような強く気高い意志の炎を燃やすセレス。俺自身はもうそこまでこだわってはいなかったつもりだったが――――
どうやら思っていた以上に未練――――いや、不名誉な汚名を着せられたまま亡くなった家族のことを悔しく思っていたのかもしれない。セレスの言葉に激しく心が動く。
「そう――――だな。俺はともかく――――両親や――――姉上、そして無実の罪で亡くなった者たちの名誉は回復してやってくれ――――俺は――――何も出来なかったからな――――せめてそれくらい――――」
「せ、先生――――ごめんなさい……本当に……ごめんなさい」
くそっ、またセレスを泣かせてしまった。俺は何回彼女を泣かせれば……
「大丈夫だ、ありがとうセレス――――お前のおかげで俺はどれほど救われたのか言葉に出来ない。だから――――泣くな」
セレスを抱きしめている間、セラフィルは何も言わずにただじっと俺たちを見守っていた。
『……人の持つ純粋な想いの力は眩しいものよな……』
考えてみれば神獣はその力を自らの都合で振るうことが出来ない。せいぜい間接的に英雄を送り込んで状況が変わるのを祈るしかない。万能なようでその実、酷く不自由な存在なのだろう。
「神獣というのも大変だな」
『ふふ、わかってくれるか愛しき我が子よ――――だが力を持たず限りある生を生きる人の身の方がはるかに過酷だろうがな』
セラフィルの慈愛に満ちた琥珀色の瞳が優しく揺れる。
神獣である彼らは――――誰かの味方であるわけではない。この世界全体を守ることこそ彼らの使命。だから仮に――――王国が帝国によって滅ぼされたとしても――――セラフィルはきっと見守るだけなのだろう。我が子が創った王国が無くなることに哀しみと寂しさを覚えるかもしれないが。
「ところでセラフィル、神獣が長く人の世に現れていないのは何か理由があるのか?」
せっかくなので気になっていたことを聞いてみる。
『簡単に言えばそれだけ人の社会が成熟したということだ。我らが導かなくとも下界はすでに繁栄の道を順調に進んでおる、ようするに我らが表立って介入する必要が無くなったということだな』
「なるほど……表立ってということは、ある程度は介入しているということか?」
『そうだな、この世界というものは唯一単独なわけではなく、無数の世界が存在する。基本的に異なる世界間は勇者召喚などの一部の例外を除いて接点は存在しないのだが――――稀にイレギュラーな事態というのは発生するものでな。人では対処できないような――――そういうものは我らが処理している』
そうか……この世界は知らないだけで常に守られていたのだな。
「神獣の皆様はずっとこのような異界にいらっしゃるのですか?」
『ふむ、我は昼寝が好きなので大抵この異界で寝ているが――――神獣の中には下界が大好きで頻繁に遊びに行っている者もいる』
「神獣が下界に降りたら騒ぎになりそうなものだが?」
――――と思ったが、よく考えたらサイズを自在に変えられるわけだから、神獣の姿によってはそこまで目立つことは無いのかも? まあ……セラフィルの姿は小さくともめちゃくちゃ目立つだろうが――――
『何を言っている? 我らは神獣だぞ、人の姿になることなど造作もないことだ』
言われてみればその通りだな。ある程度なら魔道具でも可能なのだ。世界を創造できる神獣ならば姿を変える程度出来ないはずがない。
『そもそも人の姿でなければ人と交われぬだろうが』
カラカラと笑うセラフィルとは対照的にセレスは真っ赤になって俯いている。たしかに仰る通りで。
「ちょっと気になったんだが、神獣の母から生まれたのに俺は完全な人族の姿をしているが?」
普通に考えれば半獣半人の獣人のような姿になりそうなものだが。
『人と交われば人、獣人と交われば生まれる子は獣人となる。神獣の持つ神性は子に受け継がれることは無いのだ』
なるほど……神獣は増えることも減ることもないということか。
「では英雄の持つ力とはなんだ?」
『母から子へ贈るギフトじゃな。血が薄くなればやがて消えてしまうが――――セレスティアのように世代を超えて受け継がれるケースも稀にある』
なるほど……ライオニック・オーラはやはり神獣からの祝福、ギフトだったのか。
待てよ――――
「セラフィル、アレクのギフトがライオニック・オーラだとすると俺のギフトは一体――――?」
『ファーガソンじゃ』
なん――――だとっ!? 俺のコレは英雄のギフトだったのか……。
「先生? ファーガソンとは一体?」
「俺自身のことだろう。つまり存在自体がギフト――――ということなんじゃないか?」
「なるほど!! さすが先生です!!」
ふう……何とか誤魔化せたか。
(ふふふ、感謝せい、それとわからぬように変換してやったのだから)
ありがたい――――とは素直に思えないファーガソンであった。