第百八十七話 上で待つ者
「なあセレス」
「なんですか先生?」
「そんなにくっ付かなくても俺は逃げたりしないぞ?」
腕をしっかりと組んでぴったりと身体を寄せてくるセレス。若干歩きにくいだけで文句があるわけではない――――が、必死になっているのか、あの時地下道で見た白色のオーラが駄々洩れになっている。どうやら敵以外には殺傷能力は無いようだが、普通の人間では耐えられないだろうな……コレ。
「駄目です、可能な限り先生とイチャイチャすると決めていますので!!」
強い意志を込めて瞳を燃やすセレス。変なところで真面目だから言っても無駄だろうが――――セレスのイチャイチャが腕を組むことなのが可愛すぎるだろう。しかもそれですら相当恥ずかしいのか顔が真っ赤なのだ。
「ところで――――その白色オーラだが」
「はい……おそらくはライオニック・オーラだと思います。私も見たことが無いので確認しようがないのですが」
「ライオニック・オーラ……? あの初代アレクサンダー=レオンハートが使ったという伝説の力か?」
「はい――――王家に伝わる伝承では白獅子の神獣によって与えられた祝福の力だと言われていますが――――」
やはりそうだったか。まさかあの土壇場で伝説の力に覚醒するとは――――
「そのことだが後でエレンに聞いてみよう。彼女なら初代アレクサンダー・レオンハートさまと仲間だったらしいからきっとオーラのことも知っているはずだ」
「そう考えるとエルフというのはすごいですね……伝説の時代から生きているんですから……」
「ああ、俺もそう思う。ところで――――以前から気になっていたんだが、その神獣さまはその後どうなったんだ? 伝説では特に言及されていなかったはずだが」
「はい、王家には白獅子さまは建国を見届けた後、姿を消したと伝わっていますが――――そもそも王国建国にどの程度関わったのか? そもそも実在したのかすら確認しようがありません」
だよな。建国の神話に神獣が登場するのはよくある話で珍しくもない。神獣は王家に神秘性や正統性を持たせるのに便利な存在だからな。
それに神話の時代にはしばしば登場する神獣だが、今の時代に目撃したという報告はほぼ無い。すべて死に絶えた……とは考えにくいから役目を終えて天界へ戻ったのかもしれないが。一番神獣に近いといわれている竜種でも、神獣と同じように人語を解する古代竜となるとやはり伝説の存在となってしまう。まあ……ドラコがいるが、あれは聖女チハヤの力によるものであって、存在自体がイレギュラーと考えるべきだろう。
とはいえ、王国における神獣は女神さまと並んで信仰されている存在であり、神獣さまを祀っている神殿も各地に存在する。見たことが無くても存在を信じている人が圧倒的多数だろう。俺も居て欲しいとは思う。
まあ……エレンに聞けば一発でケリがつく話なんだがな。
「……気を付けろセレス」
「はい……空気が変わりましたね」
セレスと話しながらも俺たちはひたすら上を目指して登り続けている。二人ともこの程度で疲れるほど鍛え方は柔ではないし、登る速度も常人ではついて行けないほど速い。もはや下界はとっくに雲の下、見渡す限り雲海が広がっており比較対象が無いため高さの感覚がわからなくなってきている。
景色だけ見ていると変化がないように感じるが、雲の高さを超えたあたりから少しずつ――――いまや明らかに空気が変わりつつある。
危険かと言われると――――そういうわけでもないのだが、大いなる気配――――としかいえない感覚に支配されている。
そう――――何かがいるのだが、存在が大きすぎて認識できないという感じが近い。
『ほう……ここに人間が来るのは何年ぶりかの? しかも――――これは実に興味深い』
突然頭の中に直接聞こえてきた声に俺もセレスも反射的に臨戦態勢に入る。
「――――誰だ? もしかしてエレンの言っていたセラフィルか?」
『いかにも我はセラフィルなり。ふふふ、その名を呼ばれるのも久しいの。エレンは息災か?』
「ああ……彼女は千年の眠りから覚めたばかりで今は仕事中だ」
『千年……そうか、下界の月日が経つのは早いものだな。しかしあの怠け者のエレンが仕事とは――――想像がつかぬわ、ふふふふ』
エレンの知り合いみたいだし危害を加えてくる様子もない――――か。
「は、初めましてセレスティアと申します。あの……セラフィル殿、お姿が見えないようですが?」
『ふむ……その身にまとうオーラ。アレクの末裔か。それに――――セレスティアとは。懐かしい名だな。我は更なる階層にいる。どれ……久しぶりに話がしたい、道を開くゆえ登って来るがいい』
声が響くのと同時に樹壁が形を変えて、上に続く階段が姿を現す。
「……先生」
「ああ、行ってみよう」
せっかくここまで来たんだ、今更戻るという選択肢はない。
階段を登るほどに光が強くなってくる。
「しっかり掴まっていろ」
「はい」
もはや方向感覚や時間の感覚も怪しくなってくる。はたして登っているのか下っているのか、そもそも足が動いているのかも曖昧になってくる。ただセレスの温もりだけが現実に繋ぎとめてくれる。
「そろそろ出口のようだな」
「はい」
前方にひと際明るく輝く光が見えてくる。
「な、なんだ……ここは?」
光のトンネルを抜けた瞬間――――視界が開けた。
そこは――――どこまでも続く広大な黄金の草原――――
「せ、先生――――階段が――――無くなっています」
セレスの言葉に振り返れば、ここまで登って来た階段は跡形も無く消え去っている。それ以前にここは樹上ではなかったのか?
『二人ともよく来たな。案ずることはない、ここはお主たちの住む下界ではないゆえ』
再び聞こえてくるセラフィルの声。感覚的に先ほどよりも近く感じるのは気のせいだろうか。
「下界ではない? まさか――――ここが神々の住まう天界なのでしょうか?」
『ここは我が創り出した異界。ゆえに天界ではない――――お前たちからすれば似たような場所かもしれんがな』
世界を創った――――だと!? まさか――――セラフィルというのは神――――もしくはそれに近い存在――――なのか?
あまりのことに俺もセレスも言葉が出てこない。
「セラフィル、ここまで来たんだ、姿を見せてくれないか?」
『よかろう、このままではお前たちも話し難いだろう。今顕現する――――気をしっかり持て』
これまで圧倒的に巨大でありながら曖昧だった存在感が一気に凝縮されて一点に集中してゆくのがわかる。
「くっ……」
「きゃっ!?」
なんという凄まじい――――セラフィルの言う通り、油断していたら意識ごと持っていかれてしまいそうだ。
これまで対峙してきたどんな強敵も比較にすらならない。
天に輝く太陽が――――満天の夜空に輝く無数の星々がすぐ隣に降りてきたら――――と想像してしまう。
爆発的な輝きと高密度の存在感が目に見える形に集束してゆく――――
「そ――――そんな――――まさか――――」
セラスが絶句する。
山のような白い巨躯――――そびえ立つ四肢――――空を覆い尽くすような双翼
王国の紋章には翼の生えた白い獅子が描かれている。
建国の英雄アレクサンダーを導いた神獣――――
まさに――――
伝説の存在が――――俺たちの前に姿を現したのだ。