第百八十六話 ファーガソンの想い
「セレス、いや……セレスティア」
「は、はい、先生」
そんな不安そうな顔をするな。いや……そうさせているのは俺の態度か……。
「俺は――――お前を幸せになってもらいたい。そしてそれは他の誰かではなく俺自身の手でそうしたいと思っている」
「……先生ッ!!」
「だから――――もう二度と手を離すつもりはない。それでも良いか?」
「……はい、私も離れるつもりはありません」
「わかった。死ぬまでともに生きよう。大切にするよセレス」
「はい――――はい――――嬉しい――――です先生」
まったく――――俺は駄目な奴だな――――彼女には笑っていて欲しいのに――――また泣かせてしまったよ。
だが――――泣いている彼女は眩しいほど綺麗で――――雨上がりの虹を見ているような――――そんな気がしてしまった。
「セレス、今後の話だが騎士団の仕事はどうするつもりだ?」
「え? 辞めますけれど? だって今のままじゃ先生と一緒に居られないじゃないですか」
いや……それはそうなんだが、今の情勢を考えると今すぐにというのは色々とマズい。
「駄目……ですか?」
そんな捨てられそうなネッコのような目で見ないでくれ。精神的なダメージが半端ない。
「と、とりあえず帝国との情勢が落ち着くまでは難しいんじゃないか?」
「それは――――わかっていますけれど――――」
離れたくないんだと強く抱きついてくるセレス。相変わらず凄い力だ。リュゼといいセレスといい……王国の高位女性は怪力が伝統だったりするのか? それはさておき、たしかに国家レベルの情勢が落ち着くまでというのは言い方が悪かったな。それだと何年かかるかわからない。彼女の気持ちを考えれば何とかしてやりたいが――――
「そうだ良い考えがある!!」
「……本当ですか?」
騙されませんからね、と言いたげな瞳でさらに力を込めてくるセレス。大丈夫だ、手を離したって逃げたりはしないさ。
「ああ、セレス、お前に座標石を持たせる。そうすれば俺はいつでもお前に会いに行けるだろ? いざという時はお前を助けに行くことだって出来る」
五個しかない座標石だが、セレスなら持たせても惜しくはない。帝国との戦い、王都に居ることが多い彼女が座標石を持っていることのメリットは計り知れない。
「座標石……なるほど!! そういうことなら――――わかりました。もう少しだけ続けますね。仕事の方はいつでも辞められるように引継ぎを段階的に進めることにします」
「そうか、俺も手伝えることがあれば力を貸す。遠慮なく連絡してくれ、座標石にはリエンが念話機能を付けてくれたから離れていても話くらいは出来るはずだ」
良かった。俺がセレスを奪ったせいで王国軍が負けるようなことになったら洒落にならない。もちろんいつまでもセレスに任せるつもりも無いが。
「はい、そうします。ですが……条件があります」
「……条件?」
セレスの瞳にぐっと力が宿る。
「はい、出来れば毎日――――いえ、先生もお忙しいでしょうから――――せめて三日に一度は会いに来て欲しいです。駄目――――ですか?」
潤んだ瞳が上目遣いで破壊力を増している。おかしいな――――セレスってこんなに可愛かったか?
「駄目じゃない。出来るだけ毎日会いに行こう。時間が無ければ顔を見るだけでも――――な」
「はい、嬉しいです。ですが、冬の間は大きな動きも無いでしょうし、王都での大イベントが始まるまでは長めの休暇を取るつもりですので一緒に行動できる時間が増えると思います」
王都でのイベントか……エリンたちとも無事に合流出来ると良いのだが。
「先生たちはこの後ウルシュに向かうのですよね? その後王都へ向かうと聞きましたが」
「ああ、そのイベントに間に合うように王都へ向かうつもりだ」
「ふふ、それでしたら私も準備があるので途中までですがご一緒させていただきますね。リュゼのことも気になっていましたし」
港町ウルシュには一度訪れてみたかったのです――――と微笑むセレス。
「それは――――願っても無いが――――きっとリュゼも喜ぶだろうな」
「リュゼだけですか? 先生は?」
「もちろん嬉しいさ。だがあまり目立つようなら変装が必要になるかもな? 王家には変装用の魔道具とかないのか?」
一般国民に顔が知られていないリュゼと違って、セレスは有名すぎる。
「当然ありますよ、お忍び用の魔道具セットは常に持ち歩いています。息抜きも大切ですからね」
そう言って魔道具で髪や瞳の色を変えてみせるセレス。
「あ、こんなのもあるんですよ――――」
「おお!!」
セレスに獣耳とモフモフの尻尾が!! 獣人に変装出来る魔道具か!!
「あの……良かったら……触ってみます?」
「良いのか!?」
「はい……先生なら……あの……優しくしてくださいね?」
他人が聞いたら誤解されそうなセリフだな。
「ところで――――俺との関係は王国民に向けて発表することになるのか?」
騎士団長を辞めるにしても理由を告げることなく受け入れられるとは思えないが。
「それは――――うーん……そうですね、フェリックスおじさまにでも相談してみます。順番が変わってしまいましたが、実は元々相談するつもりだったのです」
「フェリックスおじさま? ああ、リュゼの御父上か、一度会いたいと思っていたんだ」
リュゼのこと帝国のことを考えるとぜひ一度会っておきたい。
「それでしたら私が向こうに戻る時に一緒に会いましょう。私の方もおじさまに先生を紹介したいですし」
「話が早くて助かる」
ついでに可能であれば姉上の埋葬場所捜索の件も相談してみよう。宰相だった王弟がらみの事件だ。どちらにしても王国中枢の人間の協力なしでは調査は難しいと思っていたからな。セレスには――――全てが終わってから話そう。彼女が責任を感じてしまったりするのは本望ではない。
「ところで――――セレス」
「はい――――なんでしょう先生?」
「騎士団で今思い出したんだが、リンネという元騎士を知っているか?」
「リンネですか!! もちろん知っていますよ。彼女は白獅子騎士団員でしたから。まさか先生とお知り合いとは初耳でしたが……元気にしているのでしょうか?」
「ああ、少なくとも先日会った時は元気すぎるくらい元気だったぞ――――色んな意味で」
「そうでしたか……それは良かったです。ところでリンネが何か?」
「あ、いや……リンネがな、騎士団長が俺の話をいつもしていたと――――言っていたから、もしかしてと思ってな」
ぼふんっ セレスの顔が真っ赤になる。
「あ、あの――――違うのです。いや、違うわけではないのですが――――先生の偉大さを団員にも叩きこんでいたと言いますか――――そのおかげで白獅子騎士団は最強の集団となりましたし――――」
いや……白獅子騎士団が最強になったのはお前の指導の賜物だと思うけどな。