第百八十五話 セレスティアの想い
「あの――――先生?」
「なんだ?」
「私――――十七歳になりました」
先生と慕ってくれているが、実際俺はセレスの三つ上でしかない。だがそうか……セレスはセリーナと同い年だったな。
「そうか、成人おめでとうセレス。何か欲しいものがあればプレゼントしよう」
短い期間ではあったが、師弟関係である以上、慣習に従って成人の祝いを贈るべきだろう。王族の彼女に相応しい品となるとそれなりに値が張るだろうが、幸い金なら使い切れないほどある。
「本当ですか? ほしいもの……あることはあるんですが……お金では買えないものなのです」
躊躇いがちにこちらを見つめるセレス。
「ははは、遠慮はいらないぞ。何でも言ってくれ」
金では買えないものか……彼女にとって買えないものはないだろうから当然と言えば当然だ。だが俺も白銀級冒険者、セレスのためならどんな入手困難な品だって手に入れてみせる。
「そうですか――――期待してしまっても良いのでしょうか」
何やら考え込んでしまったセレス。最後の方は聞き取れなかった。
「ところでセレス、王族で英雄ともなれば実際色々と大変なんじゃないか?」
特に女性王族ともなれば婚姻関係で苦労することになるだろうことは簡単に想像できる。
「実は――――帝国皇帝から求婚されています」
「それは……また……」
正直言葉も無いな。だが――――セレスなら当然というか必然的にそうなってくるだろう。国内に適当な相手が居なければ国外の王族や貴族が黙っているはずがない。王国との繋がりはもちろん単純に戦力としても超一級の存在だからな。
「それで……どうするつもりなんだ?」
「気になりますか? それで……先生はどうして欲しいですか?」
俺がどうこう言える話ではないと思うが――――
「俺は断って欲しいと思っている」
「そうですか、ではお断りしますね」
「おい!?」
ふふふ、と嬉しそうに笑うセレス。
「まあ……帝国皇帝は論外として……お前には幸せになってもらいたいんだ。他の誰よりもずっとたくさん幸せになってほしい。お前にはその権利がある、俺は心からそう思っている」
生まれた時から王族としての義務や責任を背負い続け、自由に生きることも出来ず、それでも王国の安寧のために全力を――――文字通り命を懸けて戦い続けて来た彼女だ。俺だけではない、王国の民であれば皆、彼女の幸せを願っているだろう。
「先生――――頭……撫でてください」
「ああ、良いぞ」
セレスのサラサラの髪を撫でる。そういえばこうされるの好きだったな。
「私――――先生の手が好きなんです」
「ゴツゴツしているけどな」
「それが良いんじゃないですか」
「そういうものか」
「そういうものです」
なぜか自慢げに語るセレス。気持ちよさそうに目を細めながらされるままにしている姿は少し心配になるほど無防備そのものだ。
「私には国内はもちろん、大陸中の王家からお話が届いています」
「そうだろうな」
彼女一人で国家規模の戦力強化となる、小国にとっては喉から手が出るほど欲しいだろう。だが――――彼女はモノじゃない。意志を持ったひとりの人間だ。
「こんなことを聞いて良いのかわからないが――――好きな男はいるのか?」
「はい、います。ねえ先生――――私は幸せになっても良いのでしょうか? 国のためとか家の格だとか気にすることなく想いを寄せる相手と結ばれて幸せになっても良いのでしょうか?」
そうか……やはり悩んでいたのだな。彼女の立場を考えれば当然だが可哀想にな。
「幸いお前は第二王女、王太子殿下も素晴らしい人格者だと噂で聞いている。好きに生きたとてお前を責める者よりも、祝福する人間の方が多いはずだ。まあ現実問題として、お前ほどの戦力を王国が他国に渡すことを良しとするとは思えないから、お前の好きな男が他国の人間であった場合は多少問題になるかもしれないが」
「ありがとうございます。ですが……その……自信が無いのです。私が想いを寄せる方はとても人気があるのです。強くて優しくて……私はひたすら武を磨いてきましたので……その……そういうことには疎くて……」
自信なさげに俯いてしまうセレス。
「大丈夫だ、自信を持て。この世界でお前に好意を寄せられて喜ばない人間など居ないと思うぞ。どこの誰かは知らないが――――そいつはきっと大陸一、いや……世界一の幸せ者だ」
「本当に? 本当にそう思いますか?」
「ああ、だから後悔するようなことだけはするな。まあ……万一お前を泣かすような奴なら――――俺がぶん殴ってやるが」
「ふ、ふふふ、あははは。そう……ですね。たしかに何度も泣かされているかもしれませんが――――」
「なんだとっ!? 悪いことは言わない、そんな奴はやめておけ!!」
「ふふっ、そうかもしれませんね。でもね、先生――――私はその方が――――本当に――――心から大好きなのです。その方のことを考えると心がぽかぽか温かくなって――――優しくされると泣きたくなるほど嬉しくて――――」
「……セレス」
そうか……これは俺が野暮だったな。ここまで言われると正直ちょっと複雑な気もしてくるが……師として彼女にそういう人が居て良かったと思うべきなんだろうな。相手が王国の敵だとなれば話は別だが、セレスがそんな相手を好きになるとも思えない。
「だからね先生――――私を幸せにしてください」
「――――え?」
セレスの深紅の瞳が大きく揺れる。
「私が好きなのは――――この世でただ一人――――先生、貴方だけです。私を幸せに出来るのは――――先生、貴方だけなのです」
ああ――――またセレスを泣かせてしまった。
なるほど――――俺が鈍いとリエンやチハヤに散々言われてきたが――――こういうところなんだろうな。きっと。
撫でていた手を回してセレスをそっと抱きしめる。それ以外泣いている彼女に出来ることを知らないから。
「セレス――――お前の気持ちに気付かなくて悪かった」
「――――本当です。私が言わなければずっと気付かなかったですよね? 今更発言の取り消しは認めませんよ」
少しむくれたように涙目で睨むセレスが可愛いなと思う。
「その可愛い表情――――戦場で鬼神のように戦う姿からは想像も出来ないだろうな」
「そ、そんなこと――――こんな顔を見せるのは先生だけです!! 先生だけなんですから」
よほど恥ずかしかったのか、俺の胸に顔を埋めてぽかぽか叩いてくるセレス。
とても可愛いと思うのだが――――その威力は決して可愛いものではない。並みの人間なら複雑骨折待ったなし。
「だが本当に俺なんかで良いのか? 自分で言うのもなんだが婚約者もいるし他にも色々――――」
考えれば考えるほど一途に想いを向けてくれる彼女に相応しいとは思えない。
「それは――――わかっています。それでも一緒にいたいと思いました。だから想いを伝えたのです――――もう後悔したくないから」
ああ……相応しいとか相応しくないとか……俺らしくなかったな。
大切なのは――――俺が彼女を心から愛せるかどうか――――それだけだというのに。




