第百八十二話 再会
「――――う……こ、ここは……?」
目が覚めると見知らぬ場所に寝かされていた。
空気がとても澄んでいる……呼吸するだけで魔力が満ちてゆくような濃厚な魔素……
少しずつ意識が浮上してくる。
えっと……私はたしか帝国軍と戦ってシュレクターを倒したところまでは覚えている――――その先は憶えていない。
普通に考えれば――――ウルミが街まで運んでくれているはず。
であればここはノーザンフォートレスのはずなんですけれど……?
でも……あの時――――意識が途切れる瞬間――――たしかに先生の声が聞こえたような――――?
そんなはずないのに……私ったら馬鹿みたいですね。
「あ、目が覚めてる!! ファーギー!! 王女さま起きたよ」
誰なのでしょう……? 黒髪? 勇者――――ではないですよね、今代の勇者は男ですし。
「王女さま、私はチハヤだよ。一応治ってるはずだけど……痛い所とかない?」
「チハヤ……さん? 私を治療してくださったのですか……あ、はい――――身体は大丈夫です――――が、ここは一体……?」
「うんうん、それは良かった。ここはねえ、エルフの国ミスリールだよ」
え? 私の聞き間違いでしょうか――――私が居たノーザンフォートレスからミスリールまでは、早馬でも一週間はかかります。もしや――――思っていたよりも重傷で長い期間意識を失っていて――――治療のためにここへ?
「お、起きたか。久し振りだな……セレス」
余計な考え事や心配なんてその声を聴いた瞬間、どこかへ消えてしまった。
ずっと聞きたかった声――――何度空想したことでしょう。
あの日以来――――ずっと後悔してきた。
なぜ勇気を出せなかったのか?
付いて行けばよかった。
わかっている、あの頃の私は幼すぎて何もわかってはいなかった。
立場やしがらみに囚われて動けなかった自分をずっと呪ってきた。
その想いを振り払うようにがむしゃらに頑張って来たけれど――――
私の心はずっとあの日から動くことが出来ずにいたのです。
嘘……ですよね? 本当に――――先生なんですか?
私もしかして死んでしまって夢でも見ているんじゃ……
振り返るのが怖い――――もし夢だったら耐えられる自信がない。
「先生……ですか? 本当にファーガソン先生?」
「ああ、どういう意味か分からないが本物だ」
ああ……この声、この優しくて少しぶっきらぼうな話し方、この笑顔――――間違いない――――本物の先生です。
「あ……ああ……う……うわあああああん」
「うえええっ!? ど、どうしたセレス!? どこか痛むのか? お腹が空いたのか?」
「こ、子ども扱いしないでください……あはは」
私とこんな風に自然に接してくれるのはあなただけですよね。ふふふ、駄目です……嬉しくて涙が止まりません。
ずっと逢いたかった……その背中を見続けてきたのです。先生――――大好きな私の先生。
「ああ……またファーギーが女の子を泣かせてる……」
「ち、違うんだチハヤ、俺は何もしていないぞ、信じてくれ」
「はいはい、無自覚系鈍感主人公なんだよね、わかってるから」
「ムジカクケイドンカンシュジンコウ? なんだそれ?」
あらあら、このままだとファーガソン先生が可哀想ですね。
「すいません……また逢えたのが嬉しくて泣いてしまいました」
「そ、そうか……何と言うか……まさかあのセレスがセレスティア殿下だったとは……な。正直驚いたぞ」
ああ……そういえば先生は私の正体を知らないのでしたね。
ずっとそのまま――――貴方の前ではただのセレスでいたかったのですが――――
「ごめんなさい先生、隠すつもりはなかったのですが――――」
「わかってるさ。そんなこと気にしていない。だが――――」
――――本当に強くなったなセレス
「――――先生!!」
駄目だ――――また涙があふれて――――せっかく褒めてもらったのに――――泣き虫でごめんなさい
「うわあああああん」
「うえええっ!?」
オロオロしながらあの頃と同じように頭を撫でてくれる先生。
「あ……すまん、つい昔のクセで」
「……良いのです!! というかむしろもっと撫ででください!!」
慌てて手を離そうとする先生の手首を掴んでしまいました。私ったら……なんてことを……でも、今を逃したら――――
「お姉さま!!」
え? リュゼ? どうしてここに? そういえばここはミスリールなんでしたっけ?
◇◇
「――――なるほど、信じられませんがここはやはりミスリールなのですね。そして先生は帝国の策謀を知り、私を助けるために転移魔法を使ってはるばるノーザンフォートレスまで来てくださった――――という理解でよろしいのでしょうか?」
もうすっかり混乱状態も落ち着いているセレス。さすが頭の回転が速い。説明しているこちらがさすがにどうかと思うようなことすらあっさりと理解して受け入れてしまう。一言で言えば話が早い。
「ああ、その理解で間違いない。ただ、このことはお前の中で留めておいてくれると助かる」
「わかっていますよ。誰にもこのことは漏らしませんのでご安心ください」
ミスリールというか協力してくれたエレンに迷惑をかけるわけにはいかないから助かるよ。
「ああ、そのことは心配していない。だが助けに行ったものの俺は何もしていない、その必要はなかったしな。お前は自分の力で勝利してみせた」
あの極限状態で更なる力に覚醒したセレス。もはや名実ともに王国最強の戦士に成長したと言っても良いだろう。
「いいえ、私が勝てたのは――――先生のおかげです。あの時……私は先生と一緒に戦っていたのです……。もう駄目だと思うたびに先生の言葉や教えを思い出して力をいただいていたのです。だから決して――――私一人の力ではありません」
その深紅の瞳がまっすぐに俺に向けられている。あの頃と変わらない綺麗で――――澄んだ瞳。
セレスは先生と呼んでくれるが、俺がセレスを指導したのはたった数か月に過ぎない。彼女の強さは彼女自身の才能とその努力の賜物だ。それでも驕ることなくこうして謙虚な姿勢を貫くお前が誇らしいよ。
「そうか、そういってもらえると俺も少しは役に立てたのだなと思えるよ、ありがとうセレス」
「い、いえ……あ、あの……それで先生――――?」
「お姉さま? せっかく再会出来たというのに先ほどからファーガソンとばかりお話しているじゃありませんか!!」
「あ、ご、ごめんなさいリュゼ、そういうつもりはなかったのですけれど……」
セレスに大事な情報を伝えなければならなかったのでずっと我慢していたリュゼだったが、話が私的な内容に移ったとみて割り込んでくる。こうしてみると本当の姉妹のように見える、仲が良いとは聞いていたがここまでとは正直思っていなかった。
他のメンバーはさすがに王女殿下に気軽に話しかけることは出来ないようで、唯一対等に話せそうなリエンは今、ノーザンフォートレスにいるから――――皆、セレスとリュゼを微笑ましく見守っている。