第百七十七話 地下道
『インフィニット・ブレードストーム!!』
とどめを刺さんと棍棒を振り上げた亜人たち数百体の首が一斉に落ちた。
「助けに参りました。もう大丈夫ですよ」
凛とした声が絶望に支配された暗闇を照らす一筋の光のように差し込んだ。
厚手のマントを翻し、凛とした立ち姿はまさに戦場に咲く一凛の花。敵にとっては悪夢、味方にとっては希望の権化。
『千軍の翼』セレスティア、王国第二王女にして白獅子騎士団長その人である。
「で、殿下!!」
「セレスティア殿下!! 万歳!!」
「団長、まさかお一人で?」
「ええ、間に合って良かったです。とりあえず私のマントでも羽織っていなさいウルミ」
セレスティアの騎乗馬は翼を持つ希少なペガサス。よって誰よりも早く大空を駆けて馳せ参じることが出来る。千軍の翼と呼ばれる理由の一つがここにある。
「あ、いや、大丈夫ですって裸くらい」
「……貴女が大丈夫でも周りはそうでもないみたいですよ? いいから受け取りなさい」
「はい、では有難く」
マントを返そうとするウルミに微笑みを返して再び愛馬に跨るセレスティア。
「セレスティア――――参ります!!!」
――――戦場に血の雨が降った。
「す、すげえ……マジで壊滅させちまった……」
その優雅なまでの戦いっぷりに騎士たちは味方で良かったと心から安堵する。
ウルミたちを包囲していた勢力はほぼ壊滅。少なくとも千近くいたはずだが、セレスティアたった一人の力にねじ伏せられた格好だ。
極限まで鍛え上げられ磨き上げられた剣技、状況に応じて使いこなす数々の魔法、空中からの遠距離広範囲攻撃を繰り出す騎士団長に死角は存在しない。敵対する者にとって彼女こそ美しき死神そのものであっただろう。
「ウルミ、本隊はまだ別にいるのでしょう?」
「は、はい、陣地を襲ってきた敵軍は少なくとも一万を超えていたように思います」
「一万……ですか。さすがの私でもどうにもなりませんね」
当然ながら今の戦闘でセレスティアも相当疲弊している。
「とにかく一度撤退しましょう。星よ、この者たちを癒したまえ――――アストリアル・エンブレイス」
味方の怪我を癒しつつ自らの疲労も回復させるセレスティア。
一人で戦闘から回復まで出来るのだ。王国最高戦力と呼ばれる理由はここにもある。
「ッ!? 殿下、誰かいます」
ウルミが大きな耳を動かす。
「誰か……敵ですか?」
「いえ……この匂いは……獣人かと」
「ウルミ、この中で間違いはありませんか?」
「はい、間違いないです」
獣人の匂いは亜人たちが出て来た地下の穴の奥から来ている。
「わかりました。私が中に入って確認してみましょう。ウルミはノーザンフォートレスまで戻ってこの件を知らせてください」
「なっ!? でしたら私も同行します。私は暗闇でも見えますし匂いを追うことも出来ますから」
「そう……ですね。たしかに」
少し考えてから頷くセレスティア。獣人が相手なら同じ獣人であるウルミが居た方が何かと安心ではある。
「わかりました。ではウルミには残ってもらいましょう」
「こいつは……酷い……」
「…………」
地下道の中は想像を絶する悲惨な状況が広がっていた。
至る所に転がっているのは、亜人たちに喰い散らかされたと思われる獣人たちの死体。おそらくは地下道を掘る労働力として働かせ、動けなくなった者は食料として利用されたのだろう。
あまりの光景にさすがのウルミも絶句する。
「申し訳ありませんウルミ、王国の力が足りないばかりに同胞にこのようなことが……」
「何言ってるんですか!! 団長は、殿下はこれ以上ないほど私たちを助けてくれたじゃないですか!! 私は……団長のためならこの命なんて惜しくない……本気でそう思っているんです。感謝しているんですよ」
そもそも他国のことだ。セレスティアに責任などあるわけがない。だがウルミにもその気持ちはわかる。自分にもっと力があれば……惨状を目にすれば湧き上がってくるのはそんな悲痛な想いとどうしようもない無力感だ。
「ありがとうございます。ですが、私のために命を捨てるのは許しませんよ? 気持ちだけは受け取っておきますけれど」
そっとウルミを抱きしめるセレスティア。彼女とウルミは本来そこまで接点はないのだが、セレスティアは団員の名も顔もすべて覚えて把握している。だからこそ白獅子騎士団の忠誠心と絆は強靭で団員は団長のためなら全力で戦う。それゆえ王国最強と呼ばれているのだ。
「それで……生き残りは見つかりそうですか?」
先ほどウルミは誰か居ると言った。それはつまり生きている者がいるということだ。
「はい――――大丈夫だから出ておいで」
ウルミが岩陰に呼びかけると――――
薄汚れてボロボロの服を着た獣人の子どもが顔を出した。
「……おねえちゃんたちはだれ?」
「私たちは王国の騎士です。あなた方獣人を助けるために来ました。もう大丈夫ですよ」
警戒していた獣人の少女だったが、セレスティアの優しい語りかけにホッとしたのかポロポロと泣き出した。
「……そうでしたか」
元々地下道は獣人たちが身を隠し国を脱出するために密かに掘り進めていたものだったらしい。それが亜人たちにバレて今回の侵攻に利用されたんだと。本人がそう言ったわけではなく、周りの大人たちがそう話していたと少女は泣きながら説明する。
ただ、すべての地下道が見つかったわけでもなく、多くの獣人たちが現在も地下で避難生活を送っているらしい。
少女はそのうちの一つから抜け道を通って食料を集めたり、仲間を助けたりしていた。
「私しか通れない穴があるんです」
小柄な少女の身体がやっと通り抜けられる穴。それが彼女の命綱だった。
「今は皆を助けてあげられませんが、必ず助けるつもりです。一緒にここを出ましょう」
「ううん、わたしはここにのこる。みんながしんぱいしてるから」
「そう……ですか。貴女は強い子ですね。わかりました、場所だけ教えてもらえれば後日助けに向かいましょう」
「ありがとうおねえちゃん。あのね……わたしはナックルっていうの、イタチの獣人だよ」
「そうですか、ナックル、良い名ですね」
悔しさを押し殺してセレスティアは少女の頭を優しく撫でる。
あまり時間は残されていないはずだ。彼女の身体がもう少し成長してしまったら抜け穴は使えなくなってしまう。助けるなら亜人たちの活動が無くなる冬しかないのだが――――
「ウルミ……先ほどナックルが気になることを言っていましたね」
「はい、地下道は王国の街へつながっている――――と」
この場合、該当しそうな場所は一か所しかない。
――――ノーザンフォートレス