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第百七十六話 最前線にて ~女神に祈りを~


「ウルミ隊長……寒くなってきましたね」


 騎士たちが震えながら殺風景な山の景色を眺めている。


「そうか? 私は丁度良いくらいだがな」

「隊長は立派な毛皮があるじゃないですか!! ズルいです」


 隊長のウルミは狼の獣人だ。全身ではないが、背中にはフサフサの毛が生えていて寒さには強い。


「ハハハ、でもな、逆に夏は暑くて辛いんだぞ? それに毛の手入れも大変だしな」


 良いことばかりじゃないんだと力説するウルミ隊長。


「なるほど、それは失礼しました。ところで隊長はどうしてここに残ったんですか? 自ら志願されたと聞きましたが」

「ああ、そうだな……一つは奴隷だった私を保護しここまで育ててくれた王国に恩返ししたいから。もう一つは……金だな」


 最後まで残る監視部隊には破格のボーナスが支給される。志願した場合はさらに上乗せされるのだ。


「お金ですか? まあ……ぶっちゃけ私もそうですけど。この戦争が終わったら、地元に店を出したいんですよ、ずっと夢だったんです」

「私も似たようなもんだ。今回で騎士団は引退してダフードにいる妹のところに行くつもりなんだ。実は冒険者ギルドの職員として雇ってもらえることになってる」


 生涯現役で騎士を続ける者は実際それほど多くはない。ほとんどの者は元気なうちに引退して第二の人生を送る。引退しても数年間は予備役としての務めはあるものの、騎士団に入れば戦闘技術はもちろん、読み書き、計算、マナー、乗馬などを身に付けることが出来る上、危険手当や引退時にも勤続年数に応じてまとまった手当がもらえる。


 また引退後の社会的な信用も高いこともあって、家や家業を継げない次男や三男はもちろん、意外にも貴族家の令嬢にも人気があったりするのだ。


「へえ~、ダフードですかあ……良いですね、治安も良いし食べ物も美味しいって聞きますし。それに冒険者ギルドの職員なら将来も安泰、良いなあ」

「まあ……すべては無事に帰れたらの話だ。あまり夢を語ると戦地で死ぬことになるからな、この辺でやめておこう」

「う……たしかに。よく聞く話ですよね……それ」


 この戦争が終わったら――――など、語り出すのは戦地では死亡する予兆だとして避ける習わしがある。もちろんデータなど無いのだが。



「た、大変です!!!」


 蒼い顔をして斥候が陣地に駆け込んでくる。


「どうした、報告しろ」

「はっ、こちらに向かって迫る敵軍を確認しました」

「……数と距離は?」


「すでに目視できる距離まで迫っています。数は――――およそ一万、あるいはそれ以上かと――――」


「なっ!? それだけの軍勢をどうやって隠していたんだ……わかった、すぐに本隊に伝令を!! 我々も撤退するぞ、急げ!!」


 元々戦うための部隊ではない。敵の動きを監視することが主な任務だ。そもそもたった三百名ほどでは足止めにもならない。


 隊員の動きは早い、いつでも撤退できるように常に準備しているからだ。隊長の命令を待つことなく全員乗馬して陣地を捨てる。 



「やれやれ、やっぱりジンクス炸裂しちゃいましたかね」

「だな。それと足場が悪いぞ今度は舌を嚙まないように気を付けろよ」 

「はーい」


 敵が戻って来たということは戦いがまだ続くということ。軽口でも叩かなければやっていられない。



「……チッ、待ち伏せか!? 全軍止まるな!! 一気に突き抜けるぞ!!」


 撤退する部隊の前方にも夥しい敵影が見える。この状況で生き残るには一気に駆け抜けるしかない。


「隊長、無茶です」

「無茶でもやらなきゃ包囲されて死ぬぞ、覚悟を決めろ」

「あーあ……お店……出したかったな……」

「だからそれ禁止!!」


 ガアアア!!!


 一斉に襲い掛かってくる亜人軍。


「よし、私についてこい、こちらの包囲が薄い」


 ウルミの常人離れした嗅覚と感覚は離れた敵の位置や数まで把握できる。瞬時に一番敵が少ない方向を見極め一点突破を狙う。


 幸い亜人たちの軍はいわゆる寄せ集め、訓練された騎士団のような連携や戦術などは存在しない。また遠距離から攻撃手段にも乏しいので逃げ切れる可能性はある。


「うおおおおっ!!! こんなところで――――死んでたまるかよ!!!」


 先頭に立って槍を振るうウルミが凄まじい迫力で血路を切り開く。


「す、すげえ……あれが……『狂犬』ウルミ隊長の実力……」


 後に続く騎士隊員たちが歓声を上げる。その戦いぶりに否が応でも士気も上がる。


「おい、聞こえてるぞ!! 私は狼だ!! その呼び方やめろ!!」


 人族から見れば犬獣人も狼獣人も見分けがつかないのだが、本人たちにとっては重要なことらしい。絶体絶命の死地にあってすらツッコまざるを得ないほどには。



「……畜生……こりゃあ……本格的にヤバいな」


 包囲網を抜けたその先に――――さらなる新手の大軍がひしめいていた。


「隊長……アレを見てください……」

「なるほどな……地下に潜んでいやがったのか……いつの間に掘ったのか知らねえが……亜人にしては考えたな」


 地下から湧き出るように次々に姿を現す亜人たち。こうなるともはや逃げ場はどこにもない。

 

「……どうします、隊長?」

「そりゃあお前、こういう時は決まってんだろ――――」






「――――女神さまに祈るんだよ」

「なるほど……お店が出せますように……お店が出せますように……」

「……そこはこの窮地を脱出できますようにじゃないのか? ま、いいか……私もせいぜい足掻くとするさ――――」




 幸い――――今夜は満月だからな。

  



「……獣化!!」


 ワオーン!!!


 ウルミの全身が二倍ほどに膨れ上がり身に付けていた装備が引きちぎられて四散する。


 そこに居たのは一匹の黒い巨狼。


 騎士たちを守るように迫る亜人たちを片っ端から弾き飛ばし喰いちぎる。




 だが――――



 ウルミや騎士たちの獅子奮迅の戦い虚しく、圧倒的な物量差はどうにもならない。


 次第に疲弊し、傷が増えて動けなくなる者が増えてゆく。



「隊長……最後に良いものが見れました。もう悔いはないです」

「馬鹿野郎!! 私の裸なんて見たけりゃいつでも見せてやるから諦めんな!!」


 体力の限界が来て獣化が解けたウルミは全裸姿で戦っている。


「えええっ!? マジですか!! じゃあもう少しだけ頑張ります!!」

「……現金な奴だなお前。まあ……嫌いじゃないぞそういうの」

「本当ですか!! じゃあもし生き残ったらデートして欲しいです」

「だからそれ死ぬやつだからやめろや!!」




 絶望的な状況の中でもウルミが諦めていなかったのは、その性格もあるが、彼女は知っていたからだ。



 ――――王国には女神がいることを。




『インフィニット・ブレードストーム!!』


 とどめを刺さんと棍棒を振り上げた亜人たち数百体の首が一斉に落ちた。

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