第百七十四話 勇者一行②
「ひぃっ!? し、知らん……い、いいえ知りません、本当に知らないんです!!!」
「……貴様のようなクズの言葉が信じられると思っているのか? まあいい……まずは右腕から……悪いことは言わない、喋れるうちに本当のことを話すんだな」
黒髪の青年が鬼のような形相で脂ぎった小太りの貴族の首を締め上げる。
「い、嫌だあああああ!!! 本当に知らないんです、黒髪の少女なんて一度見たら絶対に覚えているはず、だから信じてええええ!!!!」
『シバ、奴は本当に知らないようだぞ』
青年の傍らでじっと様子を見ていたエルフの魔導士がそっと耳打ちする。
「……おい、最後に一度だけチャンスをやる。お前が知っている奴隷に関係した仲間、知り合いを全員話せ。一人でも漏れていたと後からわかったら……地獄の果てまでも追いかけて貴様の首をねじ切る」
「は、はははい、話します!! 全て!! 洗いざらい話しますからどうか命だけは……」
あまりの恐怖に失禁しながら仲間を売る貴族の男。
最初は強気だったが、自慢の護衛たちが為すすべもなく無力化された時点で勝負はついていた。
「助かったよセイラン、無駄な時間が省けた」
「気にすんな、妹さん一刻も早く見つけ出してやらないといけないからな」
エルフのセイランは相手の感情を匂いで読むことが出来る。嘘をついているか本当のこと言っているか程度であればほぼ百パ-セントの精度で判定できるのだ。
「どうだ? 新しい情報はあったか?」
黒髪の青年に声をかけたのは鱗と角が特徴的な竜人の戦士。
「いや……すでに知っている情報ばかりだ。そっちはどうだったトウガ?」
「ああ、各種ギルドを周って来たが……目ぼしい情報は無かった」
「……そうか」
言葉には出さないが明らかに落ち込んでいる黒髪の青年。
彼こそ三年前魔王を倒した大陸の英雄、異世界より召喚された勇者 紅井 白波、同じく異世界に飛ばされた妹の行方を追って奴隷商や奴隷を買った貴族などを片っ端から締め上げていた。
王国としても勇者と敵対することは絶対に避けるべきことであり、表向きは中立の立場を保ちつつ、裏では情報提供を惜しまなかったこともあり捜索は予想以上のスピードで進んでいた。
しかしその甲斐もなく、有力な情報や手がかりは一向に見つからない。
勇者一行の焦りは募る一方だった。
「なあシバ、これだけ探しているのに手がかりすらないって逆におかしくないか?」
「俺もそう思っていた。もしや妹君は奴隷として売られていなかったのでは?」
セイランやトウガの言いたいことはシバにもわかる。だが、最悪の可能性から潰して行かなければ先へは進めない。奴隷になっていないのならそれでいい。だがまだ判断するには早すぎる。シバはそう思っていた。
もちろんその可能性を考えているからこそ、トウガには各種ギルドを調べさせている。この世界で何らかの職業に就いたのであれば基本的にギルドに登録する必要があるからだ。
「シバさま!! 街の神殿で気になる情報を入手しました」
「ミヤビ……本当か!?」
勇者シバは宿屋で合流した神官ミヤビの言葉に思わず立ち上がる。
高位の神官であるミヤビは、通常では入れない場所にも立ち入ることが許されている。また、大陸中に存在する神殿は冒険者ギルド以上に情報が集まる場所でもある。そのため彼女は神殿を中心に街での目撃情報の聞き込みをしていたのだが――――
「はい、ある神官が黒髪の少女を目撃したと」
「場所は?」
「ダフードという街だそうです。黒い髪が印象的だったのでよく覚えていたと」
ミヤビの話に俄然色めきたつパーティメンバー。
「セイラン、ダフードはここから近いのか?」
「馬車で三日ってとこかな。かなり大きな街だから有力な情報が見つかるかもしれないし、何よりも『すまーとふぉん』が見つかった街アグラに近いのも気になる」
少し考え込むシバ。このまましらみつぶしに奴隷関連を洗っていくか、それとも目撃情報にかけるか。
「よし、ダフードへ行くぞ」
「了解、一番足の速い魔物を手配してくる」
「悪いなセイラン」
移動手段は馬が一般的だが、魔物を使った方が速い。もちろんその分値段は張るが、勇者一行には問題にはならない。
「それにしてもシバよ、良い移動手段が見つかって良かったな」
「ああ、まさかヴァルキュレインが見つかるとはラッキーだった」
ヴァルキュレインは大型の馬系統の魔物だ。馬といっても肉食で、移動速度は馬の二倍だが、食費は二十倍かかる。野生なら危険だが、街で使役されているのはテイムされて登録済みのものだから安心して利用できる。急がせれば一昼夜でダフードに到着することも可能だ。
「それにしてもダフードか……もうずいぶん行ってないけど姫さまたち元気かな」
「ん? セイランはダフードに行ったことがあるのか?」
「まあな、もう百年近く前だから変わっちまってるだろうけど」
「姫さまっていうのは誰なのです? やはりエルフなのですか?」
気になったのかミヤビがセイランに尋ねる。
「ああ、私の国の王女さま方だ。変わっていなければギルドマスターやっているはずだけどな」
「……なぜそんな方がギルドマスターを?」
「ミヤビ、お前だって似たようなもんだろうが」
「まあ……そう言われてしまうと何も言えませんが」
ミヤビは身分を隠しているが帝国の皇女だ。そもそも勇者シバの召喚に成功したのが帝国であり、皇女であるミヤビが勇者と共にいるのは帝国が勇者を敵に回さないための保険のようなものでもあるのだが、その事実を知るものは帝国内でもわずかな者と勇者一行のみ。
「まあ……ギルドマスターやってるエルフの王女さまも気になるが、まずは妹の行方だ」
普段なら食い付くはずの勇者シバだが、さすがに今はそんな気分ではないようだ。
ただ、ようやく手がかりが見つかりそうだという兆しにその表情は明るい。
元々前向きで楽観的な性格の勇者だ。
「うむ、ダフードは飯が美味い街だと聞いた。楽しみであるな」
珍しくトウガもその厳めしい表情を緩める。
果たしてダフードで妹の行方は見つかるのか?
夜のとばりが降りる中、早々に街を出発する勇者一行であった。