第百七十三話 伝説級の魔道具
「おお、ファーガソン、どこに行っていたんだ? この山菜のパイめちゃくちゃ美味いぞ?」
リエンとミリエルが仲良く料理に舌鼓を打っている。どうやら魔法談義は小休止の模様。
「このパイに使われている山菜は私が発見したんですよ。せっかく魔力が全回復する『魔力回復山菜』で作った『魔力回復山菜パイ』なのに、ここでは魔力が常に満タンですからね……効果は誰も気にしてくれないんです」
相変わらずミリエルのネーミングはそのままだな。まあ、わかりやすいから構わんのだが。
「これが人族の国だったらとんでもない高値で売れるだろうな」
リエンによれば魔力というのは体力や精神力と似ていて、寝たりリラックスすることで少しずつ回復するのだという。一応、人族の国にも魔力回復のポーションは存在するが、気休め程度しか回復しない上、その割に高価でコストパフォーマンスが悪い。命がかかっている冒険者などはそれでも重宝しているのだが。
「ああ、たしか食べたはずなんだが……味は覚えていないな」
シルヴィアに少しずつ食べさせてもらったんだが、走りながら、しかも高速口移しだったから正直味わう余裕が無かった……。
「ファーガソン殿、私のおススメはこのアルケミスト・サラダですよ。私が厳選した薬草がバランスよく使われているスペシャルメニューです。魔力はもちろん、あらゆる状態異常や疲労回復にも効果抜群ですよ」
ほう、ミリエル厳選のサラダか……実に興味深い。ついでにリエンが推しているパイも食べてみるか。
疲労は回復するが、それでもやはり腹は減るからな。
「ファーガソン、ここに居たのか!! 陛下がお呼びだ。すぐ来てくれ」
料理をいただこうとした瞬間、アルディナが呼びに来た。
「わかった」
やれやれ……どうやら料理を味わうのはお預けのようだな。
「あの母上がお前を名指しで呼んだことには驚いたが……ファーガソン、お前、イデアル家の人間だったんだな、さっき聞いて驚いた」
「まあ……な。そのイデアル家はもう残ってはいないが……」
「ああ、そうだったな……。こうなってみると不思議な縁を感じずにはいられない。実はな、私には半分イデアル家の血が入っているんだ。だから十年前、イデアル家が不当に取り潰しにあったと聞いた時、怒りが収まらなかった。外交ルートを通じて王国へ正式に抗議と遺憾の意を表明したほどだ」
知っている。ついでに前世の俺はお前の父親だったみたいだぞ。
だが……そうか。アルディナもイデアル家に多少なりとも情を持っていてくれたんだな。そのことが知れて嬉しいよ。
「やっと会えたね、ファーガソン」
「ああ、待ち遠しかったよエレン」
たった数時間だが、ずっと離れていたような気がしてしまう。
「いやあ……だから嫌だったんだよね、王さまなんて。起きた途端あの騒ぎだもん、また寝ようかと思ったよ」
「ははは、気持ちはわかるがまた寝られたら困る」
「わかってるよ、ファーガソンがいるのにそんなことするはずがないでしょ」
待ちきれなくなったのか、エレンが胸に飛び込んでくる。
「細くて軽いな……抱きしめたら壊してしまいそうで不安になる」
「あはは、忘れているのかもしれないけど、私はとっても丈夫で頑丈だから……遠慮したりしたら怒るよ?」
「それは有り難い。気持ちが昂って抑えられそうもないからな」
「あは、さすがファーガソン、変わってないね!! 思いっきり来て」
「いやあ、千年ぶりのファーガソンは最高だね!!」
「ああ、最高だった」
記憶は無くとも魂が憶えている。
「あと数日くらいは滞在できるんでしょ?」
「ああ、その予定だ」
「だったらその間は毎日通ってね」
言われるまでもない。本当はずっとここに居れればと思う。
「気にすることないよ。ファーガソンはファーガソンだけど今のファーガソンとしてやるべきことがあるんだから」
「エレン……」
俺のためになりたくなかった王となり、相当な負担のかかる転生の秘術まで使って……千年も俺のことを待っていてくれたエレン……その彼女を置いてわずか数日でここを発たねばならないのか……。
「そんな顔しない。別にファーガソンのことを手放すつもりはこれっぽっちも無いんだから。これ、この日のために用意しておいたんだ、受け取って」
エレンから手渡されたのは、鎖に繋がった小さな石。わずかに不思議な輝きを放っている。
「それは私とファーガソンを繋ぐチェイン・ストーン。どんなに離れた場所からでも私のいる場所に転移出来る魔道具だよ。ただし、チェイン・ストーンは来ることは出来ても帰ることは出来ないから、これを使って」
「これは?」
「こっちは座標石。これを戻りたい場所に置いておけば、ゲートを使って戻ることが出来るから。ちなみにチェイン・ストーンはネックレス、腕輪、指輪、どんな形にも持ち主の意思で自在に姿を変えることが出来る。たとえ粉々にされても、溶かされたとしても、私とファーガソンが生きている限り破壊することは不可能なんだ。さらに盗まれても自動で手元に戻ってくるから死角はないからね。座標石は材料が特殊でね、五個しかないからよく考えて使うと良いよ。ちなみにゲートと座標石との往復に回数制限は無いから」
聞けば聞くほど凄まじい魔道具だな……
「ということは……ミスリールを離れたとしても、いつでもエレンに逢いに来られるということか?」
「その通り!! 遠慮はいらないよ、いつでも待ってるから」
これは本当に有難い。何といっても無条件に一番時間が取られるのが移動時間だからな。無限に近い寿命を持つエルフと違ってこちらは時間に限りがある。それに……座標石を上手く使えば……エレンを中継地点にして複数の場所を瞬時に転移して回ることも理論的には可能になる。
「ふふふ、ファーガソンを待っている人はたくさんいるみたいだからね。でも無理しちゃだめだよ?」
「ああ、ありがとうエレン。もしかしてこの仕組みって――――」
「うん、ゲートと同じ古代魔法の一種だよ。本当は国宝なんだけどね。まあ……私一応王さまだし? 内緒だよ」
そういってウインクするエレンを抱き上げる。
「わわ、ちょっとファーガソン?」
「悪い、お前が可愛すぎて我慢が出来ない」
「奇遇だね、私もそう思っていたんだ」
◇◇◇
「さて、名残惜しいが一度戻らないと」
「そうだね、私も溜まっている仕事が文字通り山のようにあるよ……」
遠い目をするエレン。
「あ、そうだ。ミスリールヘイヴンにいるファーガソンのお仲間全員連れておいでよ。会ってみたいし観光案内してあげるから」
こちらから頼もうかと思っていたから有難い。っていうか観光案内までしてくれるとか……皆、驚くだろうな。
「ありがとう、きっと喜ぶと思う」
「うん、じゃあ……また後でね、ファーガソン」
「ああ……また後で」
エレンがニヤリと笑う。どうやら同じことを考えていたようだ。
今夜チェイン・ストーンを使うことを。