第百七十二話 前世の記憶
「ちょっと待ってくれ、そうするとエリンたちはイデアル家の血筋とも言えるのか?」
初代ファーガソンの娘ということだからな。
「うーん、血筋という意味ではそうなんだけど、人とエルフの間に生まれた子は、人族なら人族の、エルフならエルフの国に帰属するという盟約になっているから、たとえ初代ファーガソンの娘であっても継承権はもっていないよ。イデアル家は長男のファーディナンドが継いだからね」
おお……二代目のファーディナンド公か。まさか前世の俺の長男だったとは……。
「なるほどね、だからエリンはイデアル家や宝剣キルラングレーのことも知っていたのか……」
なぜ知っているのか謎だったが、やっとわかった。
「転生のことはエリンたちも知らないから、ファーガソンがファーガソンだということは知らないけどね」
……同じ名前だと紛らわしい。
それにしても初代ファーガソンが三百歳まで生きたとか誇張された伝説の類かと思っていたら、まさかの事実だったのか。ということは……イデアル家の歴史に残る数々の異常な長寿伝説はすべて真実だったのかもしれない。
「ちなみに宝剣キルラングレーは私の母から結婚祝いにもらったんだよ。妖精たちが鍛えた七宝剣のうちの一振りだね」
そっちの伝説も本当だったのか……。正直妖精が鍛えたとか箔をつけるための後付けだと思っていた。
その後もエレンとは色んな話をした。
思い出話が出来ないのは残念だが、彼女の話は知らなかったことばかりで時間が過ぎるのも忘れるほど楽しい。
「どう? 少しは記憶戻りそう?」
「いや……だがエレンから話を聞くたびに思うんだ。知らなかった、というよりもそうだったな、と納得の気分になるという感じがする。このまま積み重ねれば……もしかしたら記憶も戻るかもしれない」
だが……その時はどうなってしまうんだろう? 俺という人格は同じままでいられるのか? 二人の人間の記憶が同居するとどうなるのか想像も出来ない。
「そうだね……焦る必要はないよ。時間はたっぷりあるんだし」
エレンの言う通りだな、焦っても仕方がないことだ。
「私思ったんだけどね、ファーガソンの記憶が戻らないのは……きっと今のファーガソンをファーガソンが見守っているからじゃないかって。キミのやるべきこと、強い想いを成し遂げるまで出てくるつもりはないんじゃないかって……そう思ってる。もし転生の術が失敗したんだとしても記憶の断片ぐらいは残るはずだからね」
そうかもしれない。今の俺に前世の記憶は足枷にしかならない。もし俺が初代ファーガソンの立場だったら……同じようにしていただろう。
「だからね……私はずっと待ってるよ、ファーガソン」
「エレン……」
夢の中の彼女は消えてしまいそうなほど儚くて……思わず抱き寄せてしまう。
「大丈夫だよ……私は消えたりなんてしないから」
エレンの声が心の奥……いや、もっと奥底、魂にまで沁み込んでくる。
「二人きりの時間……名残惜しいけどそろそろ起きないと皆を心配してるからね?」
そうだった……今は謁見の最中だったんだよな。
「夢の中だと時間が経過しないとかじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ。多分三十秒くらいは経ってるはずだよ」
たった三十秒しか経っていないのか……だが……女王陛下の手を取ったまま動かなくなったらさすがにマズい。
「それに……早くファーガソンとファーガソンしたいから」
悪戯っぽく微笑むその感じ、エリンにそっくり……いや違うな、エリンがエレンに似ているんだ。
光が一層強くなって――――エレンの輪郭が少しずつぼやけてゆく……
「ファーガソン!! しっかりしろ、ファーガソン!!」
「ファーガソン!! 戻って来い!!」
気付けばアルディナとリエンが必死に俺の身体を揺すっている。
「……ああ、心配かけたな、もう大丈夫だ」
「まったく……びっくりしたぞ?」
「本当だ、急に動かなくなるから死んだのかと」
「はは、そうだろうな。俺も驚いたよ。だが――――」
「――――もっと驚くことになるぞ?」
「? それはどういう意味――――」
アルディナが聞き返そうとして動きが止まった。
アルディナだけではない。謁見の間に居並ぶ貴族たち全員の動きが止まって――――その視線が一点に集中している。
その視線の先にあったのは
「皆の者、久しぶり」
覚醒した女王エレンディアその人であった。
「は、母上っ!!!」
「アルディナ……立派になったね」
優しく頭を撫でられて人目もはばからず号泣するアルディナ。貴族たちも感涙に震えている。
さて、どうしたものかな、この空気。
エレンと目が合うと、そっとウインクで返された。やはり夢ではなかったんだな。いや……たしかにあそこは夢の中ではあったんだが。
午餐会は女王覚醒ということもあって、急遽規模を拡大して盛大に執り行われた。
当然だが、主役である女王には大勢の人々が集まっていて、話すどころか接近することも出来ない。
ならばせめて料理でも楽しもうと思っていたのだが――――
「ファーガソン殿、少しだけ二人で話しませんか?」
「待て、ファーガソン殿は私と話すのだ」
こちらはこちらで大変なことになっている。
ミリエルを除いた長老会メンバーはもちろんのこと、女性貴族たちのアプローチが凄まじい。アルディナがいれば良かったのだが、彼女は母親の所に行っているので誰も守ってはくれない。王宮メイドたちも貴族たちほど露骨ではないが、隙あらばと機会を伺っているのがわかる。
唯一守ってくれそうなリエンだが――――
彼女はどうやらミリエルと別室で魔法談義に花を咲かせているようで姿が見えない。
これは困ったな……。
「ファーガソンさま、お困りのようですね」
「おお!! シルヴィア、良いところに来てくれた」
彼女の何事にも動じない姿を見ると心強さを感じる。
「……言っておきますが、助けるのは無理ですよ? 私はあくまでもメイドですから。ですが、この状況を少しでも改善するためのお手伝いは出来ます。お任せくださいますか?」
「わかった。すべて任せるよシルヴィア」
実際、選択の余地はない。誰が誰だかわからない状況では頼れる者は彼女しかいないのだ。
「……このリストは何だ?」
「この順番で部屋を周っていただきます。人数が多いので一部屋当たりの時間は私が管理します。頑張ってくださいね」
有能な特級メイドであるシルヴィアが貴族たちの関係性を完璧に考慮して、ファーガソンプランを作成してくれたらしい。そのおかげで執拗な勧誘合戦は無くなったから感謝しかないのだが――――
「その後は私たち王宮メイドの相手もしていただかなくてはなりませんが……エルダートレントの実は必要ですか?」
「いや、問題ない。というかあれは懲り懲りだ」
「……たしかにあれはまさしく災害級でしたね……」
シルヴィアも遠い目をしながら同意する。
「せっかくの午餐会、料理食べるの楽しみだったんだが……」
どうやら食べている暇は無さそうだ。
「ご心配なく、部屋間の移動時に私が食べさせて差し上げますので」
「ありがとうシルヴィア」
「いえ、私はファーガソンさまのメイドですから当然です」
秒単位のスケジュールか……中々ハードなことになりそうだ。
「食べさせ方ですが、普通、あーん、口移しのどちらがよろしいでしょうか?」
「あーん、が若干気になるが……普通で良い」
「……あーんと口移しのどちらになさいますか?」
「……なぜ普通が消えたんだ」
「私の普通がそれだからです。逆にお伺いしますが、なぜ口移しを選ばないのですか?」
「いや、単純に時間がかかりそうだなと思っただけだが」
「なるほど……それでは高速口移しで決定といたしましょう」
やはり選択肢はなかったようだな。
それにしても部屋を飛び回りながら高速口移しされている俺……客観的に見てかなりヤバい奴な気がするが……
「何を心配されているのか大体わかりますが大丈夫ですよ、今更です」
「それもそうだな」