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第百六十八話 エルダートレントの実


「なあシルヴィア、エルダートレントの実、本当に食えるのか?」


 腹が減っているにも関わらず、お世辞にも美味そうな香りではない。むしろ臭いまである。もちろん臭くても味は美味い食べ物もあるが……。


「ふふ、そのままでは食べられませんよ。エルダートレントの実は、エルフの女性の唾液と混ざることで美味しく変化するのです」


 なん……だって!!? だが……昔は口で噛んで酒を造っていたそうだし、そう考えれば驚くようなことではないのか。


「いや待て……メイドジョークだな? ハハハ、実に面白い」


 我ながら冴えてるな。しかも今回はちゃんと笑えたぞ。


「いいえ面白い要素ありましたか?」


 不思議そうに首を傾げるシルヴィア。くっ、恥ずかしい。



「どうなさいますか、召し上がります?」


 この機会を逃したら二度と食べられないかもしれない。


「ああ、シルヴィアのだったらぜひ食べてみたい」

「……ファーガソンさま、相当な変態ですね」


 しまった!! 言い方が悪かったか……というか、エルフでは普通のことじゃないのか――――


「メイドジョークです」


 こっちかアアア!?


「あれ? おかしいですね……ドカンドカン来るはず……」


 シルヴィア、すまない。どうやら俺にはレベルが高すぎて無理そうだ。



「それでは準備しますので少々お待ちください」


 エルダートレントの実の白っぽい中身を口に入れて咀嚼し始めるシルヴィア。


「おおおっ!!!」


 な、なんだ……このかぐわしい香りは……?


 さっきまでの臭いが嘘のように芳醇なフルーツ……いや、熟成した肉のような……いや、ちょっと表現が出来ないが、これは……絶対に美味しいはずだ!!


「…………」


 口にエルダートレントの実を含んだシルヴィアが、目を閉じろとジェスチャーで伝えてくる。


「……!?」


 シルヴィアの柔らかい感触の後、口移しでエルダートレントの実が入ってくる。


 焼きたてのパンのようなしっとりふわふわとした食感……シルヴィアが咀嚼したはずだが、繊維がしっかりしているのかそれでいて歯ごたえがあって噛み締めるたびに旨味が染み出てくるこの感覚……駄目だ、身体がもっと旨味を寄こせと噛むことをやめられない。

 

 もはや食べているのか旨味を飲んでいるのかわからなくなってきた。食べ物で酔いが回ったという例えが近い気がする。


「ふふ、そんなに貪るように……私の唇そんなに美味しかったですか?」


 恥ずかしながら貪るようにシルヴィアの唇も堪能してしまった……


「ああ、これはクセになる美味さだな。おまけに少ししか食べていないはずなのに満足感がすごい」

「はい、極めて高い栄養と強力な滋養強壮作用がありますからね。食べ過ぎると動けなくなりますよ? 私たちエルフはその効用を利用して――――あら? 効果が出てきたようですね」

 

 身体が……熱い。これは……まさか……


 ガルガル焼きを食べた時に近い感覚……だが――――桁違いだ。


「シルヴィア……まさかこれは……」

「はい、私たちエルフが子作りする時に使います」


 やはり……そうか。


「なぜ……こんなことを……したんだ? こんなものを使わなくたって俺は――――」


「……ファーガソンさま、私のこと無表情で感情が読めない――――って思いませんでしたか?」

「……たしかに思ったが」


「良いのです、本当のことですから」

「シルヴィア……?」


「ファーガソンさまはなぜエルフが人族に比べて感情が乏しく見えるのかご存じですか?」

「いや、知らない」

「エルフは匂いで相手の感情がわかります。だから表情で感情を伝えるという必要性がなかったのです」

「なるほど……」


「そして優秀なメイドというものは感情を主人に悟られてはなりません」


 たしかに俺が知っている優秀なメイドや執事は皆感情をコントロールしていたな。


「だが……匂いでバレてしまうんだよな?」

「はい、ですから私は……感情そのものを消し去ったのです」


 感情を……消し去る? そんな……なぜそこまで。


「私にとってメイドになること、メイドとして生きることが存在理由の全てでした。そのおかげで私は特級メイドになれましたし誇らしく思うことはあっても後悔はしていません――――今までは」


 無表情に見えるシルヴィアの表情が少しだけ、ほんのわずかだけ苦しそうに歪んだような気がした。


「私は……感情を忘れてしまいました。身体は……こんなに求めているのに……心が……反応しない……んです。だから……私のような面白味の無く愛想も無いメイドがファーガソンさまに振り向いてもらおうと思えばこれしかないと……」


 またか……俺はシルヴィアの何を見ていたんだ。


 彼女が苦しんでいることに気づくことも無く、表面的な言葉だけを捉えて彼女という存在を勝手に決めつけていた。


「大丈夫だシルヴィア」

「……ファーガソンさま」


「感情というものはそんなに簡単に無くなったりしない。俺にはちゃんとシルヴィアの感情が伝わっていたぞ」


 気のせいなんかじゃなかった。それに……苦しんでいるという時点でちゃんと感情は残っている。


「ファーガソンさまとファーガソンすれば感情を取り戻せるんじゃないかって……申し訳ございません……利用するような真似でしたね」

「まあ……利用されるのは気持ちが良いモノではないが、シルヴィアだってメイドとしての務めとしてこうしてくれているんだろう? だったら気にすることないさ」

「あの……勘違いさせてしまったようですが、メイドはこんなことしませんよ? ファーガソンさまだから……私がしたいと思ったから……です」


 表情は変わらないが、恥ずかしそうな感情は伝わってくる。


「シルヴィア……先ほども言いかけたが、お前は十分魅力的だし可愛い。エルダートレントの実なんて無くたって喜んでファーガソンしたいと思っているよ」

「本当……ですか? 嬉しい……」


「だが――――今は逃げろシルヴィア!!」

「――――え!?」


 何とか精神力で抑え込んでいたがもう限界が近い――――


「おそらく……今の俺は……災害級のファーガソンだ」

「さ、災害級……ファーガソン?」

「ああ、エルダートレントの実によって今の俺は噴火寸前の火山のような状態になっている。今は何とか抑え込んでいるが、一度噴火したら……おそらくこのエルミスラの街を飲み込んでしまうまで止まれない……だから逃げろ、シルヴィア!!」


「……逃げません!!」

「……死にたいのか?」

「ファーガソンさまこそ私を誰だと思っているんです? 私は――――」


 王宮特級メイドですよ、そう言って――――たしかに微笑んだシルヴィア。


「それに……原因を作ったのは私ですから」


 無理しやがって……だがカッコいいぞシルヴィア。


「そうか、なら気合でなんとかしないとな。俺は白銀級冒険者のファーガソン、なんだからな」


 ねじ伏せてやる、俺は災害級のドラゴンだって倒した男。




 やってやる。かかって来い、災害級ファーガソン!!



 自分で言っててもはや意味がわからないが。

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