第百六十三話 長老会議 後編
「それでは帝国の脅威に対しては、従来以上に王国と連携して当たるということで進めたいと思う。守りに関してはリエン殿の協力をいただき結界の再構築、強化をするということでよろしいか?」
議長のルナリアスさんの言葉に一同黙って頷く。特に異議は無いようだ。
「では次の議題に移りたいと思う。まずはボロノイ・バイターによる食害の問題だが、ルーナスからの報告通り、幼体はギガント・ブリューによる駆除が可能だということで当面はエルダートレントに寄生したものを中心に駆除を続ける。問題は中長期的にボロノイ・バイターとどう付き合ってゆくかということだ。ファーガソン殿の話では完全駆除は現実的ではないとのこと。皆も食べたと思うが、アレは実に美味かった。というわけでボロノイ・バイターに関しては、駆除専門の部隊を創設して食材として管理する方向で考えている。いかがだろうか?」
こちらも事前にルーナスさんが上手く説明してくれていたおかげで特に異議は無いようだ。あの時ルーナスさんが話していた熱いモノは食べないという変わり者が誰なのかは気になるが……。
「それに関しては私から提案がある」
「どうぞリエン殿」
「うむ、実はボロノイ・バイターの幼体を効率的に発見するための魔法を作った」
リエンの発言にどよめく一同。魔法に長じたエルフにとっても魔法の創造は特別なのだろうか。
「リエン殿、どのような魔法か伺っても?」
興味を惹かれたのかミリエルさんが初めて発言する。相変わらず辛そうにしているが。
「ファーガソンに教えてもらったのだが、ボロノイ・バイターの幼体が空ける穴の形状はほぼ同じ。ということで、似たような穴を探知する魔法を作った。これならば魔力が続く限り一人で広範囲の木を調べることが出来る。森の中であればエルフはほぼ無限に魔力を使えるということだし、誰でも使えるように調整している簡単な魔法だ。役に立つと思うぞ」
「おお!! それは素晴らしい!!」
「さすが史上最高の誉れ高い天才魔導士。噂に違わぬ実力よ」
いつの間にそんな魔法を作っていたんだ? だが、そんな魔法があるならば完全駆除も出来るかもしれない。まあ……あの味を知ってしまった今となっては完全駆除よりも安定的に管理するほうを選ぶだろうが。
「それではボロノイ・バイターによる食害の件はリエン殿の魔法を採用して管理してゆくということで決定だな。最後に長年の懸案である子どもが生まれていない現状に関してだが……これに関してはアルディナ殿下から画期的な提案があると伺っている」
「後は私が話そうルナリアス。皆もわかっているだろうが、子が生まれていないということはエルフの数は減ってゆくのみ。このまま放置すればいずれ滅びの時を迎えることになるだろう。しかし、これに関してはあらゆる方策を試しているがまったく効果が上がっていない。ミスリールヘイヴンにおける他種族との交流、姉上たちのように人族の世界に移住したエルフにも期待しているものの、現時点では目ぼしい成果は無いのが現状だ。原因はおそらく……百年前の大戦の影響だろう。あの戦いで多くのエルフが亡くなった。その精神的ショックから立ち直れていないのだ」
百年前の大戦……あの大陸全土を巻き込んだ悪夢のような十年戦争か。なるほど……エルフというのは長寿な分切り替えが苦手なのかもしれないな。人族にとって百年というのは大昔、当時を知る人間はほぼいないが、エルフにとっては数年前くらいの感覚なのだろう。しかも当時の生き残りは生々しい記憶と傷を抱えたまま全員今も生きている。とても子作りする気分にはならないということだろうか。
「それは我々もわかっておりますが……こればかりは傷が癒えるのを待つしかないのでは? 時間が必要という結論が出ているではありませんか」
「うむ、その通りだ。しかしここに来て状況が変わった。ここに居るファーガソンのおかげでな」
え……? 俺のおかげ?
「どういうことですか? ファーガソン殿が何か良い方法をご存じだと?」
「いや違う。実はな、私はファーガソンとパートナーとなった。ティアとフィーネもだ。さらに言えば……姉上たちともパートナー関係にある」
姉上? そうか……エリンとフリンはアルディナの姉だったのか。あまりエリンたちと似ていないのは父親が違うからだろうか?
「な、なんとっ!!!」
「それは……とても信じられませんが……」
「もし事実なら……たしかに状況が一変するかもしれん」
長老会のメンバーも激しく動揺しているが、長老会メンバーの前で関係を暴露された俺も負けないくらい動揺している。
「ふふふ、これは近いうちにベビーラッシュがあるかもしれんぞ。というわけで、私からの提案は、ファーガソン法の制定だ」
ファーガソン……法!? アルディナ……何も聞いてないが嫌な予感しかしない。
「ファーガソンはエルフを魅了する得難く稀有な人材だ。そこで我がミスリールとしては、彼を生涯名誉国民として出入国はもちろん立ち入り禁止区域への立ち入りの制限も撤廃しようと思う」
なんだ……割とまともな法だな。というかわざわざ法律を作るようなことなのだろうか。
「それは……つまり……私も自由に接触しても構わないということですよね、アルディナ殿下?」
「無論だミリエル。もちろんファーガソンの意思が最優先だが」
……つまりの意味がわからないんだが。
「というわけで、ファーガソン法が成立すれば、ファーガソンは我が国の共有財産となる。接触は各個人の自由となり、国はそれを積極的に支援してゆくことになるだろう。とはいえ、優先権はあくまで我々パートナーにあることは変わらないが。どうだろうファーガソン?」
いや……どうだろうと言われても……な。だが……冷静に考えてみると今の状況と何も変わらない気がする。それにミスリールにおける自由を得られるのはメリットしかない……か。
「まあ……俺は別に構わないが」
「ふふ、お前ならそう言ってくれると思っていた。皆はどうだ?」
「賛成です!!!」
「大賛成です!!!」
「というか今すぐ頼む」
「ハアハア……」
「ファーガソン……ファーガソン……」
女性陣は全員賛成のようだ。若干怖い反応が混じっている気もするが……
「うむむ……そこまで優遇する必要があるだろうか?」
「反対だ。パートナーの範囲にとどめるべきだ」
「そうだな、いささか性急にすぎると思う」
男性陣はやはり反対意見が多い――――まあ……そうだろうな。これを認めたらエルフの男は無能だと言われているようなものだ。時間はあるのだし積極的に賛成する理由は乏しい。
「だったらアンタがファーガソン殿と同じこと出来るの?」
「うっ……それは……出来んな」
女性陣に激しくツッコまれるも男性陣から賛成の手は挙がらない。
「――――私は賛成だ」
「テイラー殿!? どういう心境の変化ですかな?」
「なに、孫娘のパートナーと聞いては応援しないわけにはいかないからな」
ニヤリと微笑むと視線をこちらに向けるテイラーさん。
孫娘……? あ……シルヴァレイン!! ティアのお祖父さんか!!
テイラーさんが賛成に回ったことで、賛成過半数でファーガソン法は長老会にて正式に承認された。
「――――以上をもって長老会議解散とする。皆、ご苦労であった」
予想に反して長老会義はスムーズに進行され無事解散となった。
長老会の仕事は大まかな方向性を決めること。実際の実務的な手続きは各担当部門で細部を詰めてゆくといった流れとなるらしい。
「ファーガソン殿、ティアのことはずっと気になっていたのだ。礼を言わせてもらう」
「テイラーさん、こちらこそティアには色々助けてもらってます」
「あの子は生まれつき身体が弱くてな……まさか子を期待出来る日が来るとは想像もしていなかった」
「そのことですが……仲間の魔法によってティアの身体は健康そのものになりましたよ」
詳しい経緯を説明するとテイラーさんは感極まって泣き崩れた。ティア……良いお祖父さんだな。
「ファーガソン殿、困ったことがあれば何でも言ってくれ。全力で力になる」
「あの……それでしたら、仲間がエルミスラの街を見たがっていたので何とかなれば嬉しいのですが……」
「うむ、私はエルミスラの長だからな。何とかすると約束しよう」
おお!! まさかテイラーさんがエルミスラの長だったとは……これで皆も観光できそうだ。