第百六十二話 長老会議 前編
「全員揃ったようだな。それでは第九千五百六十三回長老会義を始める」
議長の宣言で長老会義が始まる。
アルディナの話では通常長老会義は数年から数十年に一度しか開催されないそうだが、今回は連続して緊急招集されている時点で異常事態らしい。ましてや人族が参加したという記録は過去にわたっても無く、まさに異例中の異例なのだと。
「アルディナ殿下の要請で今回は参考人として特例的に人族二名の参加を認めている。会議に先立って発言を許可する、何か言っておきたいことがあれば聞こう」
実は議長のルナリアスさんとは会議が始まる前に少し話をすることが出来た。
若干神経質そうな印象はあるが頭の回転が速く聡明な人だった。話した限りでは危機感も共有出来ている。長老会のまとめ役として力になってくれるだろうとアルディナも期待していたな。
「神聖ライオネル王国白銀級冒険者のファーガソンだ」
「同じく金級冒険者で魔導士のリエンだ」
「ほう……人族を見るのは久しぶりだが……これは……強いな」
「へえ……あの魔導士……本当に人族なのかな? 魔力が尋常じゃないけど」
好奇の目に晒されるのは予想していたが、思ったよりも好印象……な気がする。
俺も段々わかってきたが、エルフは基本的に率直な物言いを好む。つまり思った通り口に出すということだ。
それは良いのだが――――
長老会のメンバー……全員見た目が幼いのには慣れないな。議長のルナリアスさんも見た目少年にしか見えなかったし、他のメンバーも全員少年少女の集まりだ。
エルフは高齢になればなるほど若返ると事前にアルディナに聞いてはいたし街中でも実際にこの目で見たが、こうして長老たちが幼い外見で重厚な物言いをするのは違和感しかない。子どもたちが大人の恰好をして会議ごっこをしているような微笑ましい光景に噴き出しそうになるのを懸命に耐えねばならなかった。リエンは平気そうに見えるが、あれは魔法で誤魔化している……こういう時魔法使いが本気で羨ましくなる。
とはいえ、会議が始まってしまえばさすが長老会のメンバーだけあって眼光は鋭く見た目はともかく中身は間違いなく老練でただモノではない。部屋の空気がひりつくような張りつめたものに変わったのがわかる。微塵も気を抜くことは出来ない。
「アルディナだ。昨日も申し上げたが、現在我がミスリールは深刻な問題を抱えている。一つは高齢化が進行する一方で新生児が生まれていないということ。二つ目は他種族によるエルフへの誘拐被害に対する結界の再構築の問題、三つめは外部から持ち込まれた魔物、ボロノイ・バイターによる食害、そして最後が帝国による侵略だ。そしてここにいる人族の両名はこのすべての問題に対して有効な力、方法を有している。我々ミスリールとしては、全面的に協力を依頼し、問題の改善および解決への努力をすべきだと愚考するものである。諸賢らの判断に期待している」
最初にアルディナが議題を説明をする。最後の帝国の件はマールの聴取を経て必要と判断し急遽追加したものだ。
昨日の段階では帝国の脅威についてははっきりと提起されていなかったらしいので、まずはその点に質問が集中するだろうな。
「殿下、帝国はここから遠く西の果てにある国だろう? 直接我々に関係があるとは思えないが」
批判的な印象はない。単純に疑問なのだろう。
「いや、西の果てにあったのは昔の話で今は急速に版図を広げてライオネル王国にかなり迫ってきている。それに先日の誘拐事件はその帝国の仕業だったことを忘れないで欲しい。さらに言えば、結界を破壊したのも、厄介な外来種を持ち込んだのも帝国だとわかっている。これだけの被害が現時点でも出ているのだ」
「なるほど……しかし我がミスリールは森の加護を得ている。森の中で戦えば帝国など物の数ではない」
たしかにエルフは森の中であれば加護によって無限に魔力が回復するし身体能力も向上する。少数精鋭のエルフが長年に渡って国を守り続けることが出来ているのもそのおかげという部分はある。
だが――――
「帝国は必要とあらば間違いなく森に火を放つだろう。数に物を言わせて木を切り倒すかもしれない。なんの躊躇いも無くだ。森はエルフにとって、いや我々人族にとっても守るべきものだが、帝国にとっては何の価値もない障害物。つまり森の中での戦いにはならない公算が高い。そして圧倒的な国力の差、王国の人口はミスリールの十倍だが、帝国の人口は王国の十倍、王国が敗れれば……ミスリールもまた帝国に飲み込まれる。やつらの野望はこの大陸の統一、そして魔法とエルフ、亜人の殲滅だ。もはや一刻の猶予もない、早ければ冬が明ける前に開戦となる可能性すらある」
「むう……そこまでか」
「王国と共闘すべきか……それとも守りを固めるか……」
すぐに具体的な行動までは期待できないかもしれないが、少なくとも帝国の脅威を意識に刷り込んでおくことが出来れば後々違ってくるはず。
「議長、ファーガソン殿に聞きたいことがあるのだが?」
「どうぞ、テイラー=シルヴァレイン殿」
シルヴァレイン? どこかで聞いた気が……
「ファーガソン殿、一つ良いだろうか?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「君は先ほど帝国について説明した時にエルフと亜人を分けたね? たまたまだろうか、それとも何か意図があったのかね」
メンバーの中でも特に鋭い眼光が気になっていた男だ。
「世界の創世の時、神々は自らの姿に似せてエルフを生み出したと聞いた。我々人族や亜人が生まれたのはそのはるかに後のことだ。そうであればエルフこそオリジナルであって、亜人などと人族が呼ぶのはおかしいからだ」
「ふむ……ファーガソン殿、我々エルフは亜人と呼ばれることに不快感を持っている。特に帝国などは差別意識を隠そうともしない。君のような人族がもっと増えて認識が正されることを願っているよ」
エリンの受け売りだったが、長老たちの空気が好意的なものに変わった気がする。
ここでもう一押ししておきたいところだが……
「議長、発言の許可を」
「どうぞリエン殿」
「魔導士のリエンだ。いや……ここでは本当の名を名乗ろう――――」
リエン……まさか正体をばらすつもりか?
「私は……フレイガルド第一王女フレイヤ。祖国は帝国に滅ぼされ、唯一生き残った王族だ。だからこそ言わせてもらう。我がフレイガルドの結界による守りは鉄壁だった。だが――――それでも帝国は攻略してきたのだ。奴らは目的に為ならばどんな汚い手段でも使ってくる。今ここで止められなければ……間違いなくミスリールは……エルフは滅ぶことになる」
――――議場が静まり返る。皆、言葉の意味を受け止めるのに時間が必要だったというように。
「そうか……あのフレイガルドの……道理で……」
「可哀そうに……」
「同情している場合ではないぞ。明日は我が身だということだ」
リエンが正体を晒してまで伝えようとした覚悟がエルフたちの心を動かしてゆくのがわかる。最初とは反応が変わったのだ。
長老たちが落ち着きを取り戻したのを確認して、リエンが言葉を続ける。
「結界は破壊されたが、不幸中の幸いだった。これが本番の軍事作戦だったらその時点でミスリールは終わっていたかもしれない。だが、今ならまだ間に合う。そしてここには天才の私が居る。私に結界の再構築を手伝わせて欲しい」
「結界はミリエルの担当だろう? お前はどう思う」
「へ? あ、ああ……別に良いんじゃないですか?」
「大丈夫か? 何か心ここにあらずだし顔も赤いぞ……まあ……ミリエルが良いなら私は賛成だ」
彼女がミリエルか。この国を代表する魔法学者らしいが……
『ふふふ、効いてる効いてる。ミリエルは特に免疫が無いから効果抜群だな』
こっそり耳打ちしてくるアルディナ。
そういえば……さっきから発言しているの全員男ばかりだな。
女性陣は――――
「「「ハアハア……」」」」
だ……大丈夫だろうか? 想像以上にフェロモンが効きまくっているが、見た目が全員少女なので罪悪感が半端ないんだが……
「ハアハア……アフターファーガソンのファーガソンは凄まじいな……少しでも気を抜けば意識を持っていかれそうだ……」
おい、アルディナまでダメージ受けてないか!?
「気にするな、私なら大丈夫だ、続けよう」
そうだな、早めに終わらせないと女性陣が気の毒だ。