第十六話 パンの実
ウルカが待っている馬車まで戻れば何か食べるものもあるだろうが、それまで何も食べさせないのはさすがにリエンがかわいそうだ。
「よし、ここにある食材を使って俺が何か作って――――」
「いや、せっかくならもっと美味しいものがあるよ」
エリンがにんまりと微笑む。
「「もっと美味しいもの?」」
思わずリエンと反応が被った。そういえば俺も昨夜から何も食べていないんだよな。意識したらめちゃくちゃ腹が減ってきたぞ。
「ふふ、さっき裏口を探しているときに、山で偶然見つけたんだ。絶食していたリエンにも負担が少ないだろうからピッタリの食材だと思うよ」
自慢げにエリンが取り出したのは――――
「それは……パンの実……だよな?」
「へえ、さすがファーガソン、よく知ってるね」
知ってはいるが、名称詐欺だと訴えたくなるほどくっそ不味い。ゲテモノ食いも気にしない俺だが、そんな俺でも好んで食べたいとは思わないレベルで不味い。まさか……エルフの味覚は人間と違うとでもいうのか?
「だがエリン、パンの実はあまり食用には向いていないだろ?」
少なくとも美味くはないし、食用で売っているのは見たことは無い。
「ふふ、これはエルフしか知らないことだから他言無用でお願いするけど、パンの実は刺激を与えるとストレスで不味くなってしまうんだ。だからね、エルフは魔法で眠らせてからそっと収穫するんだよ」
知らなかった……っていうか、植物を眠らせるって……!?
「あはは、だから知ってはいてもエルフ以外収穫は無理だろうね。植物魔法を使える人間なんて聞いたこと無いし」
なるほど……エルフだけが味わえる秘密のご馳走ってわけだな。
「でもなあ……多少美味しくなったとしても元がアレだから……」
仮に十倍美味しくなってもたぶん不味い。それくらい匂いが強烈だしクセというかエグみがすごいんだ。
「ふーん……じゃあファーガソンは食べなくて良いよ? リエン、食べてごらん」
「あ、ああ……い、いただきます……え、えええっ!? えええええええ!? お、美味しい……ふわふわで口の中でとろけるような優しい甘さがたまらん!!」
ずっと絶食していたリエンのことだからある程度割り引いて考えなければならないが……それでも美味そうに食うなあ。駄目だ……我慢できない。
「あの……エリン、俺にも一つくれないか?」
「え~、どうしよっかな~? あと三つしかないし」
くっ、あと三つしかないだとっ!? いかん……この機会を逃したら二度と食べられないかもしれん。
「頼む!! お願いします!! 何でもするから!!」
「何でも? ふーん、わかった。そこまで言うなら一つあげるよ」
してやったりと口角を上げるエリン。
やったぞ!! だが……これでリエンの件と合わせてまた借りを作ってしまった。
怖い……正直エリンに何を要求されるのか怖いが、美味いものを食べられない方がもっと怖いんだ。
「ふわあ……な、なんだこれ……本当にこれがパンの実……なのか?」
思わず普段なら絶対に出さないような声を出してしまった。
ふわふわの果肉はパンに似ているのは知っていたが、こんなにふわふわで柔らかいのは知らないぞ。それにほんのり甘い皮と一緒に食べると相性抜群じゃないか。噛み締めるほどに旨味たっぷりの果汁がしみ出してきて……甘酸っぱい種がこれまた絶妙なアクセントになるんだよ……。
あの強烈な腐臭やエグみは微塵も感じられない。あれがすべてストレスで生成されるものだったとは。
「最高だ……エリン、ありがとう。感謝する」
自然と頭が下がる。美味いものは偉大だな……。
「そ、そんなに美味しかった? そっか……それじゃあお土産用にもう少し持って帰ろうか? 手伝ってファーガソン」
「もちろんだ」
パンの実は人間の頭くらいの大きさがあるからな。結構重くてかさばるんだが、こんなに美味いなら喜んで背負ってやるともさ。
「結構採れたな……もうこれ以上は持てないし終わりにしようか」
「いや待て、私が運ぶから後、五、六個は行ける!!」
すっかりパンの実に魅了されたらしいリエンが叫ぶ。
え……リエンが運ぶのか? その細腕では一個が限界だと思うんだが……体力も落ちているだろうし。
「心配するな。我に策あり……だ!!」
自信満々にそう宣言するリエンに、エリンも仕方なく従う。
「はい、六個採ったけどどうやってこの量を運ぶのかな?」
「ありがとうエリン、こうやって運ぶのだ――――えいっ!!」
ふわりとパンの実が宙に浮く。
「なっ!?」
これは驚いたな。信じられん一体どうやって!?
「ほう……なるほど、風魔法の応用か!!」
「ふふ、さすがだなエリン。一目で見抜くとは」
風……魔法だと? 馬鹿な……そんな使い方見たことも聞いたこともないぞ? それに詠唱すらしていないじゃないか。
「ファーガソン、ずいぶん驚いているようだが、リエンは魔法自体はごく初歩的な風魔法しか使っていないよ。ただし、恐ろしいほどの精度とコントロールが要求されるけどね」
金級魔導士であるエリンにそこまで言わせるとは……さすが魔導王国の天才ということか。
エリンが採ってくれたパンの実を大量に背負って山を下る。
リエンは……自らも浮遊しながら移動している。これにはさすがのエリンも苦笑いだ。
「なあエリン、盗賊団のアジトはあのままで良かったのか?」
「ああ、そろそろ後発隊が到着するころだからね。後片付けはご心配なく」
さすがだな。ぬかりはないということか。
「だが、もしどうしようもないことがあれば――――」
「ああ、遠慮なく頼らせてもらうよ、ファーガソン」
「おい……ファーガソン、ちょっといいか?」
「どうしたリエン、具合でも悪いのか?」
「あ、いや、そうじゃない。お前はその……旅をしているんだろう?」
「ああ、全国の美味いものを食べ歩いている」
「……連れて行け」
「は!?」
「だから、私も一緒に連れて行けと言ってる」
恥ずかしいのかそっぽを向いてしまうリエン。フードを被っているので表情は見えないが。
「良いのか? 急いで結論を出さなくたって、この街を見てからでも遅くないと思うが……」
「くどい、もう決めたのだ」
今度は真正面から――――真っすぐに視線がぶつかる。
「そうか……わかった……歓迎するよ、リエン。一緒に旅をしよう」
王女フレイヤは俺が殺したんだ。新しい生き方を提案した責任もある。リエンが望むのなら、断る理由などないさ。
「ふふ、実はな、ずっと憧れていたのだ。自由に旅をしてみたい。知らない景色を見てみたい……とな」
ガタゴトガタゴト――――
「おいウルカ、エリンとファーガソンはずっと中で何をしているんだ?」
「大事なお仕事の打ち合わせです」
「そうか、移動中も執務をこなさなければならないとはご苦労なことだな」
「あはは……ほ、ほらリエン様、ダフードの外壁が見えてきましたよ」
「おお!! あれがダフードか。なかなか良き街だ。美味いものもあるのであろう?」
「もちろんです。お口に合うかどうかは保証できかねますが」
『おいエリン……いくらなんでも危険すぎるだろ。リエンが中に入ってきたらどうするつもりなんだ?』
『ふふ、このスリルがたまらないじゃないか。大丈夫、いざとなれば魔道具で記憶を消して……』
『そんなヤバい魔道具があるのかっ!?』
『あるわけないじゃん……ほら、時間が無いんだから早く!!』
『こうなりゃヤケだ!! 覚悟しろエリン』
『やーん、ファーガソンこわーい』