第百五十九話 聖女の癒しは万能だね
「オーナー……このスマホ、どこで入手したのかその経路はわかっているのか?」
勇者の冷たく冷え切った声とオーラにパーティーメンバーですら身動きが出来ない。
「は、ははははい、発見されたのはアグラという街です。違法な奴隷商人どもが一斉摘発された際に押収されたものです。どうやら闇のオークションで売りさばく予定だったようです」
冷や汗をだらだら垂らしながら説明するオーナー。
「奴隷……商人……だと!? それで……保護された奴隷に中に黒髪の少女はいたのか?」
「は、はい……事前に確認させましたが、残念ながら保護された中には居なかったと……」
「それは……つまり……すでに売られていた後だったと?」
「ひいっ!? ざ、残念ですが……その可能性が高いかと……」
「……オーナー、摘発されたということは当然顧客名簿も押収されたんだよな?」
「そこまではわかりかねますが……おそらくは……」
「そうか……わかった」
「し、シバ、どうするつもりだ?」
「……王宮へ行く」
「王宮へ? 捜査協力を依頼するのか?」
「いや……過去に遡ってあらゆる奴隷商人と繋がりのあった顧客の名簿を用意させる」
「シバさま……まさか……」
「ああ、顧客を片っ端から締め上げて妹を探し出す」
「だがシバよ、気持ちはわかるが奴隷となった者……特に若い女性となれば死んでいた方がマシということもあるぞ。それに顧客には有力な貴族も多い。簡単には行かないはずだ」
「そうだな……だが、アイツは俺なんかよりもずっと気持ちが強い。きっと希望を捨てずに助けを待っているはずだ。だから俺は行くよ。もし王国が貴族をかばい立てするなら俺の敵だ。たとえ世界を敵に回しても邪魔する奴は叩き潰す。そして――――妹を苦しめた野郎、関わった奴らは――――俺の手で必ず――――だからさ、無理に付き合う必要はないぞ?」
「今更何言ってんだよ。私も付き合うさ。エルフの私には時間はいくらでもあるんだからな」
「もちろん私も協力します。シバさまの妹でしたら私の妹でもあるわけですし……」
「トウガはどうする? はっきり言って地味でつまらない仕事だぞ」
「無論付き合う。俺たち竜人族にとって奴隷商人、そしてそれを買う者ほど憎むべきものはいないからな」
世界でも希少な竜人族はエルフ同様に闇市場で高値で取引されている事情がある。
「まったく……物好きな奴らだな。でも……ありがとう」
シバは言葉にしないが、仲間たちに感謝していた。
勇者として規格外の力を得た。その気になれば世界を滅ぼしてしまえる力。彼らがいなければ正気でいられなかったかもしれない。人としての道を踏み外していたかもしれない……と。
「待ってろよ、千早。必ず探し出して助けてやるからな」
勇者 紅井 白波は異世界の空に向かって強く誓うのであった。
◇◇◇
「えええっ!? それは本当ですか、チハヤさま?」
帝国からの亡命者マールは信じられないと目を丸くする。
「うん、その『福音』って呪いだよ。しかも相当タチが悪い奴」
「あ、いや、それも驚いたんですが、そちらではなくて……福音を取り外せるって本当の話ですか?」
「ああ、そっちね。うん、一種の状態異常だから治せるよ。マールがそのままで構わないって言うなら別だけど」
驚いたことにチハヤは『福音』が呪いの力であると言い出した。さらには取り外せるとも。
予想外の展開に俺たちも頭がついていかない。
「いやいや、こんな物騒な力要りませんよ!! 外せるものなら外して欲しいです。ちなみに……呪いということですが、このままにしているとどうなるんでしょうか?」
「え? わかんない」
質問したマールもポカーンと口を開けている。
まあ……チハヤは直感型だし、おそらく聖女の力で本質を見抜いただけなのだろう。
「でも…わからないけど、このレベルの呪いを長期間体内に保持し続けたら……人ではいられなくなると……思う……かな」
「嫌あああっ!!! は、外しましょう、今すぐに!! お願いします!!!」
チハヤの言葉に震えあがるマール。
「どうするファーギー?」
「本人が構わないというなら良いんじゃないか? 呪いということなら保護してもらうリュゼにも迷惑がかかるかもしれないからな」
「うん、わかった」
マールは魔法がほぼ存在しない帝国出身だ。チハヤが聖女だということは言わなければ気付かないだろう。
「それじゃあ、行っくよ~!!」
チハヤはいつもと同じように踊りだす。一度その動きは必要な儀式なのかとたずねたら、単なるノリだと言われたな……。
部屋中が不思議なほど静かで神々しい空気に包まれる。
天からまるで雨のように光が降り注ぎ始める。
その光の雨一滴にどこまでも優しく力強い癒しの力があるのだ。
まるで女神さまに抱かれているようなそんな感覚……その温かさ、涙が出るほど感情を揺さぶられ――――
気付けばこの場に居る全員が涙を流していた。
聖なる光よ、我が足元に集いて、
天の純白なる輪となり結界を成せ。
浄化の薫り高く、慈悲深き守護の力を。
天使達の翼よ、この聖域に舞い降り、
すべてを穢れから解き放たん。
チハヤの声のようでチハヤの声ではないような……天使の歌声のような詠唱のメロディ。
本来詠唱が必要ないはずの聖女の魔法の中でも詠唱が必要になるということは――――
それがいかに高レベルのものかという事実を示している。
逆に言えばそれだけ厄介な呪いの力ということなのかもしれないが。
『光輪聖陣シャインサークル!!』
俺の知る限りチハヤの使う最強クラスの神聖魔法だ。
天から降臨した光の輪がマールを包み込む。
パキーン
何かが砕け散った音が聞こえて――――光がはじけた。
「はい、終わったよ」
呆然としているマールにチハヤが声をかける。
「え……? あ……本当だ……本当に力が消えています!! ありがとうございます!!」
大喜びしているマール。これで安心して普通の生活が出来るようになる。もちろん死んだらお終いだが……死ねないというのはやはり呪いの力なのだろう。実際に体験した本人が一番それを理解しているのかもしれない。
少し惜しい気もするが、人でなくなってしまっては元も子もないからな。
「あ、あとね、ティア具合悪そうだったから治しておいたよ」
「……え!?」
まさか……ティアのことも見抜いたのか……?
「あ……嘘みたいに体が軽い……信じられないよ……」
ポロポロ涙を流すティア。
実際のところはわからないが、ティアの反応を見る限り良い方向に変わったのは間違いなさそうだな。
チハヤ……お前は本当に聖女なんだな……
「チハヤ、ありがとう」
「あはは、なんでファーギーが御礼言うの? どこも悪くなかったけど?」
誇るわけでもない。善意の押し売りでもない、ただ自然体で呼吸をするように癒すのだ。まるで柔らかく降り注ぐ春の日差しのように。
「まったく……聖女の癒しは万能だね」
「ああ……そうだなリエン」