第百五十八話 勇者パーティー
「ハックション!!」
「なんだシバ、風邪でも引いたのか?」
いかにも重そうな戦斧をかついだ竜人族の戦士が黒髪の青年に声をかける。
「そんなわけないだろトウガ、俺は病気に対する全耐性を持っているんだ。きっと、どこかの美少女が噂しているんだろ」
「なあミヤビ、異世界人というのはみんな頭がおかしいのか?」
呆れたようにジト目で青年を見つめるエルフ。魔法文字が刻まれたローブに杖を装備していることから魔導士であることがわかる。
「私は異世界人の血が入っているだけですから、そんなこと聞かれても知りませんよ。ただ……シバさまに関してはもう病気だとしか……」
ミヤビと呼ばれた異世界風の名前を持つ神官は、もはや諦めているらしく冷静に切り返す。
「おいおいミヤビ、病気とは酷いじゃないか。実際にモテるんだからしょうがないだろ?」
仲間から酷い言われようをされてもまるで気にすることなく開き直る黒髪の青年。
「はあ……勘違いされているようですが、貴方がモテるのは魔王を倒した勇者だからですよ。その称号と実績に群がっているだけです」
「ミヤビ、お前もそうなのか?」
「……シバさまは意地悪です」
「ぐはっ!?」
薄っすらと頬を染めながらも特別製の武器でシバの鳩尾をえぐるミヤビ。不意を突かれればさすがの勇者でもダメージを受けるほどの強裂な一撃に、シバは膝から崩れ落ちる。
「おいおい、痴話げんかは他所でやってくれ」
「つれないなセイラン。お前はどうなんだ?」
「悪いが私はエルフなんでね。ミヤビや他の人族みたいに熱病みたいな感情は無いよ。それでもお前のことは好ましいとは思っているが……」
「セイランはあれか……ツンデレなのか?」
「前から思っているんだが、そのツンデレってなんだ?」
「異世界で最高の女性を讃える称号みたいなものさ」
「そうか……まあ……悪い気分ではないな」
「シバさま!! 私は? 私はツンデレですか?」
「ああ、ミヤビもツンデレさ、安心しろ」
「おい、イチャついてないで早く行くぞ」
見かねたトウガがイラついた声で怒鳴る。
「わかったよ、トウガも早く良い人見つければ良いのに。毎日楽しいぞ?」
「……要らん。俺の恋人はこの戦斧「轟雷」だからな」
「斧が恋人って……さすがにドン引きだぜトウガ。その辺でメスのトカゲ捕まえて来てやろうか?」
「悲しいです。トウガに恋愛の女神アムリスの加護がありますように祈りましょう」
「余計なお世話だああ!!! あと俺は竜人であってトカゲじゃないからな!!!」
四人は言い争いながらも王都の中心街を縫うように移動してゆく。
きらびやかな大通りを抜けてやってきたのは古い建物が密集して建ち並ぶ旧市街と呼ばれるエリア。
この辺りは路地が複雑に入り組んでおり、怪しげな素材や魔道具を扱う店が集まっている通称『まじない小路』歩いている人々も魔法使いや魔導士の姿が目立つ。
「ようこそおいでくださいました勇者さま、そしてお仲間の皆さま」
彼ら勇者パーティーを出迎えたのは、王都でも最大規模を誇る魔道具店のオーナー。国内はもちろん、大陸全土から魔道具や発掘品を集めており、その品揃えは他の追随を許さない。
「……ああ、堅苦しい挨拶はいらない。それより本当なのか?」
先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は完全に消えて、別人のように真剣な表情の勇者シバ。
「はい、これまでの経験でこの世界のものと、異世界製のものは見分けがつきます。間違いなく異世界のモノかと」
勇者シバは、異世界にやって来てからずっと探しているものがあった。
一つは――――大好物の米。三食欠かさず食べていたご飯党のシバにとって、米が無いことは最大の不満であり、魔王を倒した今、最優先で米もしくはそれに似た食べ物を探している。
ここ神聖ライオネル王国の王都レオにやって来たのも、その一環である。
そして――――
もう一つが、この世界に飛ばされた時に生き別れになった最愛の妹の行方。
今のところそれらしい情報は見つけられていないが、シバは妹もこの世界に来ているはずだと信じている。
「……見せてみろ」
この世界にやってきてからもう三年経過している。半ば諦めかけていた矢先に入った情報。もしかしたら妹に繋がる手がかりになるかもしれない。
普段陽気なシバも緊張で表情が強張る。
「はっ、こちらにございます」
オーナーが厳重に保護された箱を開けて包んでいた布をゆっくりと開いてゆく。
「んん? コレ、もしかしてシバの持っているのと同じものか?」
「たしかに似てますね……『すまあとふぉん』でしたっけ?」
「……セイラン、充電魔法頼む」
「ど、どうしたんだよ、そんなに怖い顔して」
「良いから早くしろっ!!」
「わ、わかったよ……『キュウソクジュウデン』」
セイランが雷属性の魔法を使う。
「オーナー、使わせてもらうぞ」
「ご随意にどうぞ」
シバが触ると、その道具が反応してほのかに光を放つ。
「……電源が入った。間違いない……これは……妹のスマホだ」
「本当か!! 良かったじゃないかシバ。ずっと探していたんだろ?」
「そ、そうですよ、やっと手がかりが見つかったんですよね?」
喜ぶ二人とは対照的にシバの表情は暗い。
「二人とも少し黙っていろ。シバがこの世界にやってきてもう三年だ。そしてこの『すまあとふぉん』というのは異世界人にとっては命よりも大切なものだと聞く。それがここにあるということの意味がわからぬわけではあるまい……」
トウガが神妙な面持ちで浮かれる二人に釘を刺す。
「あ……す、すまない……」
「シバさま……ごめんなさい」
「いや、二人は何も悪くない。どういう形であれ妹に繋がる手がかりが見つかったんだ。妹も俺と同じようにこの世界に来ていた。それがわかっただけでも大きいさ……」
勇者としての力を持ってこの世界にやって来たシバですら、苦労の連続だった。何度も危険な目に遭ったこともある。
はたして妹はどうだったのだろう。特別な力も持たず自分に巻き込まれる形でこの世界へ飛ばされたに違いない。もし特別な力があれば……生きて元気に過ごしていたのならば何らかの情報が入っていたはずだ。異世界人はこの世界では目立つ。珍しい黒髪、変わった服装……少なくとも噂ぐらいはあってもおかしくない。
シバの掌に爪が食い込んで血が滴り落ちる。
何が勇者だ……何が魔王を倒した最強の男だ。
アイツが見ず知らずの世界に飛ばされて――――恐怖に震えていた時に俺は何をやっていた?
魔王討伐で忙しかった? そんなのは言い訳だ。
もっと出来ることはあっただろうが!!!