第百五十五話 想定外
「ファーガソンさま、指揮官の男はクライゼルド大佐です。貴族ではなく、戦場での凄まじい武功が評価されてのし上がった平民出身の青年将校です。死体を操ること、共に戦地に出ると死亡率が高いことなどから『死神』と敵味方問わず畏れられている男です」
「死神か……たしかに今回も部下が全滅しているしな」
おそらくはこれまでも必要とあらば味方を殺して駒として操って来たのだろう。あるいはその秘密を見た者を消してきたのか……いずれにしてもある種の狂気を持った男のようだ。今回味方の兵士を殺した際にも躊躇いというものが一切無かったからな……あれは不自然なほど自然だった。まるで呼吸をするかのように人を殺す。
「あの……ファーガソンさま、実はその死神のことでちょっとお話したいことが……」
あの緊張感の欠片も無かったマールの表情が強張る。
「ああ、俺も奴のことが気になっている。どんな些細なことでも教えてくれると助かる」
「はい、私……あの時、殺されて大佐に操られたんですが、その時に大佐と一時的に繋がったというか……一部になったような感覚になりまして……」
「ああ、酷い目に遭ったな」
「あ、いやそうではなく……たしかに酷い目には遭ったのですが、大佐の能力の秘密も同時に知ってしまったのです」
「クライゼルドの能力? 死体を操る能力じゃないのか?」
「私もそう思っていました。ですが……違うのです。奴の覚醒した本当の能力は――――ダークネスイーター、喰った死体からその能力『福音』を奪いわが物と出来る力。死体を操るネクロコンダクターはあろうことか戦場で殺した兄の能力だったのです」
実の兄を殺したのか……? もはや人の皮を被った魔物だな。
「死体を喰うだと? まさか……あの時ヤーコブとかいう副官の死体を喰っていたのは……」
セリーナが叫ぶ。あれはおぞましい光景だった……正直彼女に見せたくはなかった。
「はい、大佐はすでにヤーコブ副長のダークバインドも手にしています」
くそっ、それが本当なら……やはりあの場で仕留めるべきだった……。
「マール、俺が見た限りクライゼルドは野心が強そうな男に見えたが?」
「はい、仰る通り野心が服を着て歩いているような男です。出世すること以外にはまるで関心が無かったように思います」
「……ということは、今後も隙あらば味方の能力者を喰ってのし上がるつもりだろうな」
能力者の数が減る……ともいえるが、能力の組み合わせによっては手の付けられないバケモノになってしまう可能性もある。
そもそも死体を操る能力だけでも戦場では無敵に近い。死んでしまえば敵味方関係なく利用出来るのだ。
ある意味で不死の軍勢――――
相手にとっては悪夢以外の何物でもないだろう。知らずに戦えば必ず負けることになる。
もちろん帝国側も被害が大きいだろうが、そんなことを気にする男だとは思えない。
戦争とは結果が全て。
奴が戦場に立って指揮を執れば常勝将軍として戦功を積み上げることになるだろう。
そして――――戦場ならば、味方が死んでも不思議ではない。
奴にとっては絶好の狩場となる。まさに死神そのものだな。
「皆、奴がどこへ転移したのかわからない以上、まだミスリールや王国内に居る可能性も十分ある。注意してくれ」
「でもファーギー、注意しろって言われても私たちソイツの顔も知らないんだよ?」
そうなんだよな……ヤツを直接見たのはパーティメンバーでは俺、セリーナだけだ。アルディナとリエンは馬車の方に居たからはっきりとは見ていないはずだ。
「それなら心配いらない、ミラージュメモリ!!」
リエンが魔法を唱えると――――空中にクライゼルドの映像が浮かび上がる。
「おおっ!! すごい魔法だな」
「私の作ったオリジナル魔法だからな」
リエンは簡単に言うが、オリジナル魔法を作れる魔法使いなど聞いたことが無い。
「だが……リエンは直接ヤツを見ていないんじゃなかったか?」
「だからお前の記憶から拝借した。おかげで見たくないものまで見てしまったが……」
顔を紅くしてそっぽを向くリエン。
待て、一体何を見たんだリエン……聞きたいが怖くて聞けない。
「ファーガソン、クライゼルドについてはギルドを通じてミスリールおよび王国内に似顔絵付きで手配書を出そう。あまり意味はないかもしれないが、出さないよりはマシだろう」
「ああ、悪いが頼めるかアルディナ」
「わかった。フィーネ、後でギルドマスターに依頼しておいてくれるか?」
「わかりました」
今の段階で出来ることはそれくらいか。
「さて、とりあえず聞きたいことはあるが、今はこんなところで良いだろう。マール、詳しいことはまた聞かせてくれ」
俺はこの後長老会へ出席しなければならない。聴取の続きはそっちが終わってからだな。
「待ってください、まだ大事なことを伝えていません!!」
「……大事なこと?」
「はい、王国へ亡命する以上お伝えしなければなりません。これからは私の祖国となるのですから」
マールの表情が緊張で引き締まる。
そうか、フィーネの言っていたマールの伝えたいことというのはこれか。どうやら王国にとって影響が大きそうな……
「帝国は――――ヴァルガンドと結んで王国軍の退路を断つべく領域内を通過、包囲作戦を実行しています」
「なん――――だとっ!?」
マールの言葉に全員言葉を失う。もちろん背後で帝国の影がちらついていることは予想していたが、まさかそこまで直接的に関わって来るとは想定していなかった。なぜなら――――
「ファーギー、ヴァルガンドって?」
そうか、チハヤは事情を知らないんだったな。
「前に北部戦線のことを話しただろう? 現在王国軍の主力が戦っている相手が亜人諸国連合ヴァルガンドだ」
「えええっ!? でも……帝国って亜人を嫌っていたんじゃないの?」
「ああ、ヴァルガンドは人族の国家とは仲が悪いが、特に帝国は連中にとって仇敵だ。なにせ帝国は亜人の殲滅を国是としているのだから当然だろ? だからこそ俺たちも驚いているんだ」
なんらかの形で間接的に後押しなり支援することは想定していたが、まさかヴァルガンドが帝国軍を領内に入れるとは……
「ねえファーギー、もしかしてそれって王国にとってとっても危険なんじゃ?」
「ああ……下手をすれば王国にとって最悪の事態になりかねない」
北部戦線にいる王国軍主力が万一破れるようなことがあれば……そうでなくとも西から帝国が同時に侵攻し、辺境伯領が反旗を翻して帝国側に付いた場合……北部に居る主力は戦力を割かなければならず戦線を維持出来なくなってしまう。今の王国にヴァルガンドと帝国を同時に相手をする国力は――――無い。




