第百五十三話 帝国兵の告白
「帝国陸軍東方第二師団所属マール=シュヴァルツ上等兵です。一応家名はありますけど、没落貴族なんで実質庶民と変わらないです、あはは」
聴取が始まっても相変わらずマイペースというか……緊張感の欠片も無いな。
「シュヴァルツ家……たしか帝国内でも伝統ある伯爵家だと聞いていたけれど?」
リュゼは他国の貴族家まで把握しているのか……同じ貴族でも公爵家となるとここまで違うのか……いや、そういえば姉上も同じように勉強していたような気がする。社交界やお茶会、交流が主な活躍の場となり他国へ嫁ぐ可能性のある女性だからということもあるのだろう。
「うわっ!? お嬢様何者!? まさか王国にまで知られているとは思いませんでしたよ。はい、たしかにシュヴァルツ家は帝国でも五指に入る歴史を持つ名門でした……しかし新興勢力の謀略によって領地は没収されて私も今ではこんな有様です」
何とも言えない表情で頭を掻くマール。
なんだか俺の境遇と重なる部分があって……嫌でも親近感が湧いてくる。
「お前の境遇はわかった。新興勢力と言ったが、帝国内部では大きな変化が起きているということか?」
「はい、一番大きな変化の一つは貴族制の廃止です。家柄ではなく実力主義といえば聞こえは良いですが、実際は家柄から軍の階級に変わっただけです。今の帝国はもはや別物となり果てました」
貴族制の廃止か……一部の商業都市国家や学園自由都市のような小国にそういった政治形態を採用している国があるのは知っているが……帝国ほど巨大で貴族制が深く根付いた国でそんなことが可能なのか? 大規模な反発や内乱が起きてもおかしくないだろうに。
「一つが貴族制の廃止ということは、他にもあるんだな?」
「はい、もう一つが……これがある意味で一番大きな変化の原因だと思っていますが――――三年前に創設された『祝福の儀』です」
ふむ……祝福の儀……か。嫌な予感しかしないな。
「マール、もしかしてお前たちが使っていたあの得体の知れない異能と何か関係があるのか?」
「さすがファーガソンさま、仰る通りです。『祝福の儀』は現役の軍人と成人を控えた帝国民全員が受けることを義務付けられており……そこで『福音』に目覚めた者は上級国民として取り立てられて出世していくのです」
ある程度は想像していた通りだったということか……。
「マール、その『祝福の儀』とやらは魔道具を使って行うのか?」
「正直わかりませんでした。案内された部屋で光のようなものに包まれただけですので」
「その光に秘密があると?」
「はい、光を浴びた後、自分に『福音』があることに気づきましたから」
「リエン、どう思う?」
「さあね、今の話だけでは何とも言えない」
「それでマール、最初に確認しておきたいんだが……お前の『福音』とやらは死なないというものなのか?」
「えっとですね、ちょっと違うんです。 私の力、エターナルリジェネは死なないんじゃなくて、寿命以外で死んでも生き返るという力です」
それは……なんとも凄まじい力だな。戦場に出る兵士であれば絶対に欲しい能力だろうが……。
「マールさん、そんなすごい力があるのになんで下っ端なんてやっていたの? 元貴族だし、いくらでも出世出来そうな気がするけど」
これはチハヤの言う通りだ。その気になればもっと楽にエリート街道に乗れたはず。
「あはは、『福音』に覚醒したことは誰にも言ってなかったですからね。もしそんな能力を持っていることがバレたら、酷い最前線に送り込まれるでしょうし、実験体にされますよ。私、戦闘能力はからきしでして……シュヴァルツ家は代々文官の家系なもので」
なるほど……たしかに戦闘直接役立つ能力とは言えないか。相討ち狙いくらいは出来るだろうが、死なないわけではないのだ。痛みや苦しみを毎回味わい続けるのは地獄だろう。そういう意味ではマールにとってはかなり微妙な能力なのかもしれない。俺やセリーナ、リエンのような戦える力を持った人間が持てば無敵に近い能力だが……。知られてしまえば対策は容易だ。
「助けが来ない場所、自力で脱出が不可能な深海や深い穴に落ちた場合、生き返っても寿命がくるまで何十年も窒息や餓死を繰り返すとしたら……ちょっと想像しただけで恐ろしいな。福音というよりも呪いと言われた方がしっくりくる」
「ひええ……怖っ!! なるほど、マールさんが誰にも言わなかった理由がわかった」
リエンの冷静な分析にチハヤたちが震えあがる。
「それに――――周辺諸国への侵略を続ける帝国のやり方に加担するのが嫌だったというのもあります。だから今回の作戦で王国への亡命を計画していたんですが――――」
「合法的に国外へ行けるからな。だが……あの死体を操る指揮官の暴挙で殺されてしまった……というわけか」
「あはは、まあ……そんなところです。結果的にこうして無事……というのも変な言い方ですが、結果的に生き返ったので目的は達成出来たわけですけれど……実際に死んだのは初めてだったので最初は絶望しましたよ。死に至る痛みや苦しみははっきりと感じますからね」
それはそうだろう。能力が本当かどうか確認するために死んでみる奴はいないからな。
「それで、生き返った時は傷なんかはそのままなのか?」
「えっとですね、致命傷を受ける直前の状態に戻るみたいで……傷はありませんでした。今回は一撃で殺されたので、その前に怪我をしていた場合はどうなるかわかりませんが」
「ふむ……それに生き返るタイミングも気になるところだな。生き返っても安全だと判断した段階で生き返るということなら少しは安心だが、死んでいる間の記憶や意識はあるのか?」
「はい、少し離れた位置から自分の死体を眺めている感じと言いますか……生き返るタイミングはある程度自分でコントロール出来るみたいです。ただし、肉体の損傷が再生されるまでは生き返ろうとしても無理でした」
「バラバラになったり火に焼かれて灰になった場合はどうなんだろうな?」
「うへえ!? やめてください、想像もしたくない」
今にも泣きそうな顔をするマール。さすがに少し可哀想だったかな。
まあマールの能力に関してはおおよそわかった。少なくとも俺たちにとって脅威になることは無いだろう。本人にとってはそうではないが……。
さて、本題に入るとするか。