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第百五十一話 無味無臭の劇薬


「ふんふふ~ん♪」


 機嫌良さそうに温泉の中で泳いでいるアルディナ。


 水面に銀色の髪が映えて幻想的なまでに美しい。海に住むと伝えられる伝説の人魚とはこんな感じなのだろうか。


「エルフの温泉では泳いでも良いのか?」

「変なことを聞くな? まさか……人族の温泉では泳いではいけないのか?」


「場所と場合による。他に入っている人がいる場合はマナーとして泳がない方が無難だ」

「そうなのか。それでは温泉の楽しみの大半が失われてしまうな」


 温泉はゆっくりと疲れを癒すために入るものだと思っていたが、なるほどそういう考え方もあるのだな。

 


 しかし……アルディナはすごいな。フィーネとティアは回復魔法無しでは動くことも出来なかったのに。しかも回復する森の中のファーガソン休憩がメインだった二人と状況が違う。もちろんミスリールヘイヴンも森の中に存在する都市だから多少は回復するが、全回復する森の中に比べて感覚的には二、三割といったところだ。


 そういう意味ではアルディナも立派なバケモノ級といえよう。さすがエルフの王族といったところか。そういえばエリンやフリンもそうだったな。


「……ファーガソン、何か失礼なこと考えていただろう?」

「いや、誓ってそれはない。むしろ感心していた」


 そして――――妙に鋭いところもさすがだ。



「ところでアルディナ、何か急ぎの報告があったのだろう?」


 そうでなければ、さすがにあの時間にわざわざ訪ねては来ない。


「……さすがだな、もしや温泉に誘ったのは私が話しやすいように気遣ってのことか?」

「それも少しはあるが、労を労わりたいと思ったからだ。大変だったのだろう?」

「ま、まあな……私の仕事だからそれは別に良いんだ。だが……その気持ちは嬉しい……ぞ。だ、だが労わってくれるというのであれば……ぎゅってして……くれ」


 なんだか今日のアルディナはやけに可愛い。


「わかった。おいでアルディナ」

「う、うむ……いざとなると照れるものだな」


 あれだけファーガソンしたのに今更照れるところも可愛いすぎるだろう。 


 今はただ無性にアルディナを抱きしめたくてたまらない。


 一般的にエルフの体温は人族よりも低い。温泉で温まった身体に少しだけひんやりとしたアルディナの体温が心地良く感じる。


「お前の身体は温かいな……鼓動も速く激しく感じる。まるで命の炎を燃やし続けているようだ……」


 胸に顔を埋めてじっと腕の中で目を閉じていたアルディナだったが、不意に口を開く。


「……ファーガソン、我々エルフは長命だ。王族ともなればその寿命は万を超えるとも言われている」


 万……そこまでなのか。もはや想像すら出来ない領域だ。


「それゆえ……私はエルフの中でも物事に関する執着が薄くてな。もちろん仲間の命が脅かされるとなれば別だが、自分のことなら時間はいくらでもある。私が王族でありながら最前線で指揮を執っているのは、それが生死に直結するからだ。たとえ寿命が永遠に近いほどあったとしても、殺されれば終わり。皮肉な話だが、死に一番近い場所が一番生を実感できる場所だったのだ」


 なるほど……考えてもみなかったが、エリンやフリンも似たような理由で働いているのだろうか。永遠に近い時間を生きる者にとって、変化のない生活は無味無臭の劇薬のようなものなのかもしれない。


 あえて危険や変化の中に身を置くことで精神的なバランスを辛うじて保っているのだとしたら……あまりに長い寿命というのは考えている以上に過酷だ。


「だが……私は知ってしまったのだ、お前という存在を」

「アルディナ……」


「お前と出会ってから……いつも頭から離れないんだ。どうしているだろうか? 私のことをどう思っているのだろうか? 次はいつ会えるだろうか、とな。どうやら私は……お前に恋している……らしい。自分でもこの感情に困惑しているよ」


 純粋で真っすぐな気持ちに心が震える。フィーネ、ティア、そしてアルディナ。皆純粋すぎるほど真っすぐに生きている。そこには打算も駆け引きも存在しない。


 ここに留まることが出来ない以上、今の俺に出来ることはありのまま素直な気持ちを伝えることだけだ。


「アルディナ、俺もお前が好きだ。出来ることなら……このままこの手を離したくない。許されるならお前を連れて旅をしたいと思っている」


 彼女の温もりが愛しい。また会えるからと割り切れるほど俺は出来た人間じゃない。


「ありがとうファーガソン、嬉しいよ。永遠とは言わない……だからあと少しだけこうしていてくれ」

「ああ、わかっている」


 少しだけ力をこめて抱きしめる。彼女が壊れてしまわないようにそっと――――強い想いを込めて。

 


「ファーガソン、人族は百年も生きないのだろう?」

「そうだな……稀に百を超えて生きる者もいるが……八十年も生きれば長寿の部類だ」


「だったらここで暮らせば良い。この国で暮らす人族は皆、長寿だと聞く。居住許可なら心配無用だ。私がどうにでも出来る。必要なら仲間も呼んでくれて構わない。だから――――」


 アルディナの頬に光るものが落ちる。


「だから――――死ぬな。お願いだ、居なくならないでくれ!! 頼むよファーガソン!!!」

 

「アルディナ……大丈夫だ。俺は誰よりも頑丈だしそう簡単には死なない。それにな、俺の家系は代々長寿なんだ。だから安心しろ」

「だが……」


「ダフードで聞いたんだが、ラヴィアの雫っていうのを飲めば寿命が延びるらしいな。そんなに心配なら……お前の王族特別製ラヴィアの雫を飲ませてくれればもっと長生き出来るかもしれないぞ」


 カリンから聞いた話が本当なら、ラヴィアの雫――――つまりエルフの母乳を飲めば寿命は延びる。


 まあ……エルフからすれば誤差の範囲かもしれないが。気休めにはなるだろう。


「なっ!? そ、そうか……その手があったな。わかった。そういうことなら……もう一度やるぞファーガソン!!」

「お、おう……」


 アルディナが元気になって良かった……が、何か忘れているような……?

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