第百五十話 本当に可愛いヤツ
「ファーガソンさま、お背中流しますね」
フィーネたちが背中を流してくれているわけではない。
シルヴァレイン侯爵家のメイドたちだ。
「ごめんね、私やってもらう側だから」
「申し訳ありません、私もです」
二人は貴族令嬢なので当たり前のようになされるがままだ。
まあ、俺も元貴族だから慣れていることは慣れている。
だが――――
「はあ……はあ……」
メイドさんたちの様子が尋常ではない。
「大丈夫か? 辛かったら自分で出来るから休んでくれ」
「違うよファーガソンさま……はあ……どうやら……温泉の相乗効果で……フェロモンが……」
「そう……みたい……ですね……もう……限界……です……」
メイドさんたちだけでなく、フィーネとティアもおかしくなっている。
なるほど……地下温泉という密室効果と温泉によって血流が促進されて効果が強まってしまったのか。あるいは服を着ていない分、俺自身フェロモンの発散量が多くなっているせいもあるかもしれない。
いずれにしても……これは俺の責任だ。なんとかしなければ。
「ふう……やっと落ち着いたよ。悪かったねファーガソンさま、メイドたちまで相手してもらって」
「気にするなティア。元はと言えば俺に原因があるんだ」
「ファーガソンさま、騙されてはいけません。これは最初からティアの策略です。こうなるとわかってのすべて計算づくの行動なのですから」
フィーネが呆れたようにツッコミを入れる。
「そうなのかティア?」
「あはは、まあ……そうなったら良いなとは思っていたかもね。でも正直あそこまでだとは思っていなかったよ。あれはさすがに計算外だった」
悪びれるわけでもなく素直に白状するティア。あのフィーネが親友として付き合っているのだけあって、彼女も裏表のない好ましい性格だ。
「まったく呆れた奴だな。そんな回りくどいことをしなくとも、言ってくれれば協力したぞ?」
「まあ……そうかもしれないけど、そこはほら、ロマンってやつ?」
よくわからないがこだわりがあるらしい。
「考えてもみなよ。問答無用に出来るだけ多くの女性にファーガソンしてくれって言われたら何となく雑というか適当な感じがして嫌でしょ?」
それは――――極論だが
「たしかに嫌だな」
「たしかにそれは嫌ですね」
なるほど……それがロマンという奴か。
「そういうことだよ」
なぜか自慢げに胸を張るティア。
「じゃあ部屋に戻って続きをしましょうか」
「賛成!!」
よく飽きないものだと感心するな。
「ファーガソンさま、温泉は別腹ですから」
なるほど……デザートのようなものか。
これは当分眠れそうにないな。
「おはようファーガソン」
「フィーネ、いやティアか? 一晩でずいぶんと印象が変わったんだな。髪の色も違うし」
「何を寝ぼけているんだ、こちらは死ぬほど苦労してヘトヘトだというのに貴様らは……くっ、羨まし――――いや、けしからん!!」
なぜかベッドの横に立っているアルディナ。さすがに疲れているのか疲労の色が濃い。おそらくは仕事を終わらせてそのままこちらへやって来たのだろう。
どうしてここに居るのかは今更聞くまい。三人が特別な関係にあるのはわかっているからな。
「アルディナ」
「な、なんだ」
「大変だったな。二人はまだぐっすり寝ているし……一緒に温泉でもどうだ?」
「ふえっ!? お、おおお温泉!? お前と二人でか?」
「疲れているお前を労わろうと思ってな。背中を流したりマッサージをしてやるぐらいしか出来ないが……」
「そ、そうか……せっかくの心遣いだ。無下に断るのも気が引ける。疲れているのは事実だし……まあ……なんだ、その、よろしく頼む」
「ふう……これは気持ちが良いな……まるで天国にいるようだ。ファーガソン、お前は強いだけではなくマッサージも上手なのだな」
最初の緊張もほぐれてきたようで、すっかりリラックスした様子のアルディナ。
「だろう? 幼いころから徹底的に叩きこまれていたからな。男子たるものマッサージを極めるべし。代々続く我が家の家訓だ」
「……変わった家訓だな? だがそのおかげで私の疲れも抜けたようだ。お前の先祖に感謝しなければなるまい」
「俺もそう思っているよ」
「うーん、相変わらず良い湯だなここは」
アルディナがうっとりとした表情で温泉に浸かる。普段は男勝りで戦の女神イラーナのようなアルディナだが、こうして上気した肌は色気があって美の女神エスフィアに様変わりする。
「アルディナ、長老会の方はどうなった?」
「うむ、結論を言えば何も決まっていない。だが、何とかファーガソンとリエンを話し合いに参加させることの了承はとった。申し訳ないが協力してほしい」
「わかった。最初からそのつもりだからな。だが、リエンはともかく俺が行ったとして役に立つだろうか?」
万一に備えてリエンの護衛として参加するつもりではあるが……
「役に立つどころか、私はファーガソンこそが長老会を動かす鍵だと思っているぞ」
「俺がか?」
「ああ、詳しくはまた後で説明するが、今日は一日空けておいてくれ」
妙に自信ありげなアルディナの態度を見る限り、何か考えがあるのだろうか?
「ところでファーガソン」
「ん? なんだアルディナ、そんな怖い顔して」
「お前……フィーネ、ティアとファーガソンしまくっていただろう?」
「まあ……その通りだ」
そこだけ切り取られるのは心外だが、事実は事実。エルフ相手に隠し事は無意味だ。
「……しろ」
「なんて言ったんだ?」
「だから、私にも二人と同じだけしてくれと言っているんだ!! 何度も言わせるな!!」
「二人と同じだけ? 死ぬぞアルディナ」
「ハハハ、馬鹿を言うな、私を誰だと思っているんだ? 二人が耐えられたものを私が耐えられぬわけあるまい」
どうやらかえってアルディナのプライドに火を付けてしまったようだ。
やむを得ない……か。
「わかった。言っておくがあまり時間が無い。ノンストップファーガソンになるが――――」
「ふん、それこそ要らぬ心配だ。その程度なんてことない。かかってこい!!」
そう勇ましく叫んだアルディナだったが――――
「し……死ぬ……お、お前はバケモノか!! 誰が二倍やれと言った!!」
「え? 二人と同じ分って言うからてっきり二人の合計なのかと……」
「そんなわけあるか!! 馬鹿あああ!!」
「やれやれ、言葉というのは難しいものだな……」
「神妙な顔をすれば誤魔化せると思うなよ? 大体言葉というより常識で考えればおかしいとわかりそうなものだが?」
同じだけファーガソンしろという要求がそもそも常識的だとは思えないのだが……言ったら怒るだろうな。
「俺の常識は世間の非常識だとよく言われる。多すぎた分半分返そうか?」
「返せるのか!?」
「さすがに無理だな、冗談だ」
「真面目な顔で冗談を言う奴があるか!! まあ良い、別に嫌だったわけではない」
「アルディナは本当に可愛いな」
「なっ!? ほ、本当か? そんなこと言われたことないぞ」
たしかに可愛いタイプではないが、その性格、人柄はとても可愛いと思う。何となくイッヌぽい気もする。
「ああ、アルディナはとても可愛い。俺はそう思っている」
「そ、そんなこと言ってもファーガソンは返さないからな!!」
もしかして……冗談を言ったのか?
「……冗談だ」
真っ赤になってそっぽを向くアルディナ。そんなに恥ずかしいなら言わなければ良いのにな。
本当に可愛いヤツだな。