第十五話 亡国の王女
「おい、なぜ奥の部屋だけ隔離してあるんだ?」
他の檻とは明らかに異質で厳重に管理されているのがわかる造りになっていて、中が見えないように布で覆いが被せてある念の入れようだ。
「は、はい、万が一にも逃げられないように、ということもありますが、何より危険なので……」
「危険? なんだ魔物でも入っているのか?」
「い、いえ、人間の女です。何でも異国の王族らしくて、捕らえるのに数百人は犠牲になったとか……強力な魔法を使うので今は魔力を抑える魔道具で閉じ込めてあるそうです。次回の闇オークションの目玉だとかで、迎えが来るまでは我々も手が出せず……」
顔色を見ながら恐る恐る答える盗賊の幹部。
反吐が出るほど悪趣味だが、実際よくある話だ。滅ぼされた王族は表向き処刑もしくは戦死となるが、今回のように闇ルートで高値で売り買いされることがある。
単純に見目の美しさという場合も無くは無いが、多くは王族が持つ特殊な力を自分の血族に取り入れるためだ。もちろん表には出せない人間なので、良くて生涯幽閉、悪い場合は言葉に出来ないほど悲惨な境遇となる。
「開けるぞ、鍵を寄こせ」
「か、鍵は無いんです。我々は預かっているだけで……」
ちっ……嘘は言っていないようだな。
「大丈夫か? 俺は白銀級の冒険者ファーガソンだ。盗賊団は壊滅したし、キミを売ろうとしていた連中は裁きを受けることになるだろうから安心してくれ」
「…………」
覆いを剥がして檻の中にいる女性に声をかけるが、俯いたまま返事はない。聞こえていないというよりは、生きる気力を失っているような危うい空気を感じる。瞳にもまるで生気が感じられない。
年齢は……痩せこけているせいではっきりとはわからないが、おそらくは十代、健康であれば恐ろしいほどの美少女だろうが今は見る影もない。可哀そうに。
そして何より気になるのが……あの燃えるような紅い髪……まさかフレイガルドの生き残りか?
噂じゃ戦争に負けて王族は皆殺しになったと聞いていたが……。
「錠を壊すぞ」
「…………」
反応は無いが、奥に居るので怪我することはないだろう。
「だ、旦那、いくらなんでも無茶だ!! 特別製の錠なんですよ!?」
「この程度の強度なら問題ない。ふん――――」
バキンッ
「ば、化け物……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、なななんでもないです」
檻に入って彼女と対面する。
「……殺せ」
ようやく彼女の口から発せられたのは、絶望に彩られた哀しき決意だった。
「なぜ死に急ごうとする?」
「……家族や知り合い友人たちも皆殺された。たとえここから出ることが出来たとしても、待っているのは亡国の王女として好奇の目に晒され、貴族の慰み者として生き永らえる道しかない。私も皆のように最後まで戦って死にたかった……」
たしかにその通りかもしれない。助け出しても肩書が消えるわけでもなく運が良ければこの国の貴族として迎えられる可能性はゼロではないが……おそらくは彼女にとって死ぬよりも辛い未来が待っている。
結局は国を失った王族には、誇り高い死か屈辱にまみれて生き永らえるかの選択しか残されていないのだ。
とうに涙など流し尽くしたであろう生きる屍のような彼女に残されたのは、こうして自ら死を望むことだけ。
噂は聞いたことがある。小国ながら魔導に秀でた王族によって守られるフレイガルドにおいて、幼くして次期女王の座を約束された天才的な魔法のセンスを持った王女がいると。……名はたしか……
「フレイヤだったか?」
「私の名を知っているのか。助けてもらったことは感謝しているが、今の私には何もない。大恩あるソナタにこんなことを願うのは申し訳ないが……頼む、ここで殺してくれ」
誇り高い王女が生き恥を晒すなど耐えられないことだろうな。
その気持ち、わかるなどとは軽々しく言えやしないが、
それでも俺は――――
「なあフレイヤ、冒険者にならないか?」
「……冒険者? それは一体どういう――――?」
「良い考えがあるんだ。まあ俺に任せておけ。死ぬのはいつだって出来るからな」
「――――というわけなんだ、何とかならないかエリン」
「フレイガルドの生き残りか……まあ、厄介ではあるけど、表ざたになる前だからね、何とか出来なくはないよ」
「本当か?」
「ただし……わかってるよねファーガソン?」
はは、フレイヤの人生がかかっているんだ。エリンのおねだりなど可愛いものだ。
「――――というわけで、フレイヤ」
「っ!?」
剣をフレイヤに振り下ろし――――
バキンッ
彼女の魔力を封じていた魔道具を切断する。
「今のでフレイガルドの王女フレイヤは死んだ」
「ファーガソン……」
「もう……自由に生きて良いんだぞ。お前は今日から金級冒険者、魔導士のリエンだ」
「わ、私が……冒険者……リエン?」
エリンが隠れ蓑に使っていたリエンを譲ってもらった。これなら正式に別人として活動することが出来る。まあ一部の職員はリエンの正体を知っているが、そこはエリンが上手く誤魔化してくれるだろう。
問題は目立ちすぎる紅い髪だが、赤髪は珍しいけれどフレイガルド特有というわけじゃない。瞳はさすがに誤魔化せないが、まさか王女だとは思うまい。
「どうかな……フレイヤ王女は有名人だからね。知っている人間に出会わないとも限らない。これ使いなよ。髪と瞳の色を変える魔道具、これだけでかなり印象が変わるはずだよ」
エリンの魔道具の力で、フレイヤ、いや……リエンの髪と瞳が紫に変わる。
「おおっ!! たしかに……これだけで別人になるものだな……」
「あ、ありがとう……ファーガソン、エリン……」
ぐうう――――
安心したのか涙と共にリエンの腹が鳴る。
「あ……す、すまぬ、その……ずっと何も食べてなかったからな……」
顔を真っ赤にして俯くリエン。
死ぬつもりで絶食していた彼女が――――生きることを受け入れてくれたんだ。
こんな嬉しいことはないよ。