第百四十九話 プライベート温泉
「今日は色々ありがとうティア、だが今夜はもう寝るだけだから大丈夫だ」
「そう? ところで今夜はどこに泊るのかな」
「ミスリールヘイヴンを治める領主の屋敷だそうだ」
最近のパターンだが、リュゼが公爵令嬢なので基本的にその街のトップの屋敷に招待されることになり、必然的にパーティメンバーである俺たちも一緒にお邪魔するという形になっている。
結果的に宿代が不要になっているのは有り難いが、それなりに気を遣うのでたまには普通の宿が恋しくもなったりする。まあ贅沢な悩みだ。
もちろん女性陣のことを考えれば、風呂や寝具などの衛生面、安全面においてこれ以上ない環境ではあるので、リュゼには感謝しかないが。
「へえ、そうなんだ。それなら私が屋敷まで案内してあげる」
「そうか助かる、それと明日はどうするんだ?」
「うん、隊長が戻って来ないなら明日も私が街を案内するつもり」
エルダートレントの件はほぼ解決したからな。明日ギルドマスターに報告したら俺も街に出てみるか……。皆の話を聞いていたら珍しく買い物したくなってきた。ティアのおススメ果実酒も買っておきたいし。
アルディナの動向次第では――――こうやってゆっくり観光気分でいられるのも今だけになってしまう可能性もあるからな。
「ここがミスリールヘイヴンを治めるシルヴァレイン侯爵家の屋敷だよ。といっても、当主であるシルヴァレイン侯爵は首都エルミスラにいるから、ここにいるのは代理だけどね」
今では当たり前になっている貴族制だが、実はエルフから人族が取り入れたものだということを知っている者は多くない。
「お帰りなさいませお嬢様」
ずらりと並んだエルフたちが一斉に頭を下げる。
「ただいま~。お客さまも一緒だからよろしくね」
「はっ、万事準備出来ておりますれば」
お、お嬢……様……?
「あ、そういえば言ってなかったよね? ここが私の家。あらためてようこそミスリールヘイヴンに。シルヴァレイン侯爵代理ティア=シルヴァレインが皆さまをおもてなしするよ」
それにしても驚いたな。まさかティアが侯爵令嬢だったなんて。
だがまあ、いわれてみれば納得ではある。エルフの国では国を守り戦うのは貴族階級のつとめだからな。
もちろん人族もそこは同じだがエルフ社会ほど徹底されているわけではない。
「ふう……久しぶりにゆっくり寝られそうだ」
ごろりとベッドの上に身を投げ出して手足を思い切り伸ばす。
ヴァレノールでは個室だったとはいえ姉妹と一緒だったからな。
女性陣は天然の温泉とやらに行っているから、少なくとも戻ってくるまでは平和に過ごせるだろう。
――――そう思っていたんだが
「なあティア、なぜここにお前がいるんだ?」
「つれないなあ、だってここは私の家だよ? それに当主代理としておもてなしするのは当然だと思うけどね?」
言われてみればそうかもしれない。
「それはわかったが、なぜフィーネもいるんだ?」
「酷いですファーガソンさま。アナタに会いたくて全力で仕事を終わらせて戻ってきたと云うのに……」
しまった……不満とか文句ではなく、純粋に驚いただけなんだが傷つけてしまったか。
「くすくす、冗談ですよファーガソンさま。私とティアは幼馴染で親友ですから、いつも泊まりに来ているのです」
「だよね、フィーネったらもはやここに住んでいるといっても過言ではないよね」
なるほど……公私ともに仲良しということなのか。
「ねえファーガソンさま、そんなことより早く添い寝ファーガソンしたいです」
「あのフィーネがねえ……まさかここまで変わるなんてびっくりだよ。でもまあ……私も同意見かな」
二人の素敵なレディにここまで言われて断れるだろうか? いや出来ない。
それにしても……この街に来てからファーガソンばかりしている気がするんだが……。
いや……気のせいだな。よく考えたらいつもと何も変わらない。
「フィーネ、ティア、ある程度本気を出して構わないのか?」
「はい、望むところです」
「大丈夫、フィーネがいるから」
そうだな、フィーネがいるなら大丈夫だろう、ティアは。
「ところで添い寝ファーガソンってどうするんだ? 添い寝しながらなのか、ファーガソンしてから添い寝するのか……?」
「両方ですよ、ファーガソンさま」
「あはは、そうそう両方」
両方? よくわからないが……添い寝は絶対外せないということか。
「ファーガソンさま、温泉に汗を流しに行きましょう」
「例の天然温泉か?」
「ううん、私たちが行くのはプライベート温泉だよ」
なんでも屋敷の地下に温泉があるのだとか。
これなら屋敷の外に出る必要がないから便利だな。
「この秘密の階段で降りていけるから」
なんと部屋に隠し階段が!! もはや部屋から出る必要すらないとは。
ちょっとワクワクしてきた。
「これが……プライベート温泉!?」
思っていたのと全然違っていた。
地下なのに差し込んでくる光が岩肌を優しく照らす。岩壁からは大量の湯が音を立てながら流れこんでいる。
人工的な要素は身体を洗うために使う腰かけ椅子くらいのもので、それ以外は完全に本物の天然温泉じゃないか。
「すごいでしょう? 結構自慢なんだよね」
「これがあるからここから離れられないんですよ~」
ティアとフィーネが自慢する気持ちがわかる。
たしかに自分の家にこんな場所があったら最高だ。
二人の肌があれほどすべすべで滑らかなのはエルフだからだと思っていたが、温泉の力もあるのかもしれない。
「どうしたんですか? 私の顔に何か付いてますか」
フィーネのヤツ、わかっているのに意地悪をする。
「違うよフィーネ、温泉ファーガソンしたいんだよね、ファーガソンさま」
違うぞティア。いや、したいかしたくないかで言えばもちろんしたいが……
「くすくす」
「何笑ってんのさフィーネ」
「何でもない。ただファーガソンさまが可愛いなって」