第百四十七話 至福のメインディッシュとデザートを召し上がれ
あまりの美味しさに皆放心しているようだ。
本当に美味しいモノを食べた時、人は口数が少なくなるというがあれは本当にそうだと思う。
しばしこの余韻に浸っていたいところではあったが、まだまだ料理は終わりではない。
すっかり準備が整った胃袋を、これでもかと刺激する暴力的ともいえる香りが部屋に届く。
どうやら――――メインディッシュが運ばれてきたようだ。
「本日のメインディッシュは、クリスタルトラウトの包み焼きです。清流にのみ生息する透明の魚、クリスタルトラウトをシルバーデューンの葉で包んで蒸し焼きにしました。こちらのお酒と合わせてお楽しみください。ライカという果実を数百年熟成させたエルフの酒『センチュリー・フォレスト』でございます。お酒が飲めない方はこちらの『ミルキージュエル』と一緒にお召し上がりください」
「おおっ!! 本当に透明なんだな」
シルバーデューン――――その名の通り銀色の葉をめくると中から蒸し焼きになった透明の魚が姿を現す。
厳密に言えばヒレや骨などは透明ではないので辛うじて魚だと認識することが出来るわけだが……それにしても不思議な魚がいるものだ。
気になるのは透明な魚肉の味だ。透明だと味がしないんじゃないかと心配になる。以前食べたクリスタルケーキとやらもちゃんと味がしたが、あれは味を付けているからであって今回の料理とはまた異なる。
「むうっ、これは美味い!!!」
正直驚いた。エルフの料理に植物以外が出て来たことにではない。クリスタルトラウトとかいう透明の魚に驚かされた。透明なのにちゃんと味も食感もあるのだ。何とも不思議な感覚だ。
それに……シルバーデューンの葉とか言っていたが、この葉、香草の一種だろうか?
スモークしたような香ばしい薫りが魚の旨味をこれでもかと引き立てている。しかも包み焼きにしていることで旨味が凝縮されて旨味も香りも逃がさない。
淡水魚特有の臭みや骨っぽさも無い。小骨は一体どこへ? 美味い。ひたすら美味いぞ!!
「ファーガソンさま、クリスタルトラウトは骨やヒレも美味しいんだよ」
なんと、全部食べられるというのか?
ティアの言う通りに食べてみると――――
パリッ ポリッ サクサクッ
驚いたことに本当に苦も無く食べることが出来るようだ。しかもこれは……絶対に酒に合うヤツ。
そうなのだ――――『センチュリー・フォレスト』 この酒の味わいが……間違いなくこの料理を一段上の次元へと引き上げている。
酒単体で飲んでも恐ろしいほど美味い果実酒なんだが……料理と一緒に味わうと存在感が消えるんだ。
そして――――料理がめちゃくちゃ美味くなる。より濃厚で繊細で味の構成要素を細部までしっかり味わうことが出来る。まるで旨味に輪郭をもたらしたかのような衝撃と感動。
この酒が一本いくらするのか……作るのに数百年かかっているならとんでもない値段に違いないが……もし売っているのなら絶対に買って行こう。幸い金ならある。買わなければ絶対に後悔するだろうからな。
「うわあ……この『ミルキージュエル』ってバニラっぽい香りだ!! 味は……レモンソーダみたいだけどめちゃくちゃ清涼感がある。宝石みたいな粒々が全部違う味がして美味しい!! いくらでも飲めちゃうよ……コレ」
チハヤが絶賛する白くて泡立っている飲み物……気になるな。あのチハヤが褒めるなら相当美味いのは間違いない。
「『ミルキージュエル』は森の精霊ドライアドが飲むと云われているドリアードの樹液を清流でのみ育つソラリスフルーツの果汁で酸味を付けたものです。宝石のような粒々はソラリスフルーツの種なんですよ」
説明されても聞いたことが無いものだらけ。どんなものなのか想像するしかないが、ひとつだけはっきりしているのは間違いなく美味しいであろうことだ。
これまでも美味しい料理は食べて来たが、この国の料理はそもそも素材が普通ではない。
そして、自然とその超一級品である素材の良さを生かした調理法が生まれていったのだろう。
「最後はデザートです。今夜ご用意したのは『フェアリーのきまぐれ』です。花の妖精フェアリーのいる花畑に一晩素材を置いておくと翌朝フェアリーが気まぐれで作ったデザートが完成しているのです。作っているところや作り方は絶対に見ることが出来ないのですが、とにかく絶品ですよ。残念ながらフェアリーは本当に『気まぐれ』なので同じものを作ってはくれないのが難点ですが、味は保証いたします」
まさかの妖精の手作りデザートか……。
ううむ、見た目からは味がまったく想像できない。
エルダートレント製のスプーンですくうと、わずかに弾力がある。
「うおっ!? 口の中で……溶けた!!」
まるで夢をみているようだ……
詳細を意識しようとすると消えてしまうけれどとても幸せな感覚はしっかりと残る。
嫌なことも辛いことも全部――――この瞬間だけは消え去って幸せな思い出と感覚に支配されてゆく……。
「……美味しい」
普段無表情なリエンの――――素の表情を見ることが出来たような気がする。
忘れるわけではない。ただ抱えきれないほどの重荷を少しだけ軽くしてくれる。
凝り固まった肩を軽くマッサージしてもらったような――――
思いがけず嬉しい言葉をかけてもらったときのような――――
小さいことだが、そういう欠片を必死に拾い集めながら――――抱きしめながら、人は必死に毎日を生きている。
決して派手さは無いが――――
俺はたしかに貰ったよ。
また一歩踏み出す勇気を。明日を生きる力を。
「なあリエン、フェアリーって俺にも視えるのかな?」
「どうだろうね……フェアリーは心が綺麗な者にしか視えないっていう言い伝えがあるから……」
「それは残念。少なくとも俺には視えそうにないな。デザートの礼を伝えたかったんだが……」
「うん……私にも無理そうだ。まあ……魔法で何とかしてしまえる気もするけど」
妖精や精霊は一部の例外を除いて肉眼でその姿を視ることは出来ないといわれている。
そのため人族の中にはその存在を疑問視する者も多いが、たとえ視えなくとも確実に存在しているのだ。少なくとも俺は何度もその存在を感じたことがあるし、命を救われたこともある。
「ふーん……やっぱり人族には妖精が視えないんだ? なんだか可哀想……」
「やはりエルフには視えるものなのか?」
長寿、魔法、容姿――――そして妖精や精霊を視ることが出来るという特徴から、エルフとは人と妖精、もしくは精霊の間に誕生した存在なのではないかという説を唱える学者もいる。
「うん、フェアリーなら花畑に行けば蝶や蜂と同じように飛び回っているよ。今度連れて行ってあげる」
「ああ、楽しみにしているよティア」