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第百四十六話 自然の恵みに感謝を

 

「ああ……もうお水が無くなってしまった……」


 絶望した表情で項垂れる二人。かわいそうになるほど落ち込んでいる。


 これは見ていられないな。


「マギカ、マキシム、飲みかけで良かったら俺の分が少し残っているが?」


「ええええっ!? 良いの? ありがとうございます、ファーガソンさま!! アナタは私の神です」


 マギカ、嬉しいのはわかるが神はおおげさだろ。それにお前は魔族なのに神を信仰しているのか?


「マギカ、ボクにも……って、あああっ!? もう無いじゃないか!!」

「大丈夫よマキシム、まだ一滴くらい残っている……はずよ」


 一気に飲み干してしまって恥ずかしくなったのか紅くなってそっぽを向くマギカ。


 だが無情にも、マキシムがどんなに振っても器からは一滴も落ちてこない。


 まるで砂漠で遭難中に水筒が空になったような表情を浮かべるマキシム。もはや痛々しくて直視できない。



「あ、あはは……気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ。私の残りで良ければ飲んで。私はさ、その気になれば毎日でも飲めるから」


 耐えきれなかったのか、自分の水をマキシムに差し出すティア。


「あ、ありがとうございます、ティアさん!!」


 受け取った水を泣きながら飲み干すマキシム。良かったな……。


「ティア、ありがとう」

「良いよ、私はいつでも飲めるから」



 考えてみればエルフがこの森を守り続けたからこそ、この恵みを味わうことができるんだな……。都市部の水は……汚染されていてそのままでは飲むことが出来ないというのに。


 人族の社会は変化が激しい。


 それは多くの新しいものを生み出す一方で失われてゆくものは数えきれないほどある。


 変わるべきこと、守るべきことを常に意識しなければいつか取り返しのつかないことになるかもしれない。

 


「ティア、俺は感謝するよ、この世界にこの国が残っていてくれて良かったと。守ってくれてありがとな」

「なっ!? 急に何を言い出すんだい。大袈裟だよ、まだ何も食べていないじゃないか」


 呆れながらも明らかに照れているティア。


「……そんなに気に入ったのならここに住めばいいのにさ……」


 ぼそっと寂しそうにつぶやいた言葉がかろうじて耳に届く。


 そうだな……それも悪くないかもしれない。すべてが終わったら……考えてみよう。


 とはいえ、俺はこの国のことをまだほとんど知らないわけだが。



「皆さま、お待たせしました。前菜の『エレメンタル・スフィア』でございます」


 見目麗しいエルフの従業員が次々に料理を運んでくる。


 四色の野菜で彩られた美しいサラダのようだが……。



「火のイグニスラート、水のアクアリーフ、風のセファイローブ、土のガイアルーツ、四大精霊の力を宿した野菜で作ったサラダとなります。バランスよく摂取することで健康な身体を作ることが出来ます」


「ひええっ!? 四種とも伝説レベルのお野菜じゃないですか!! こんなの……勿体なくて食べられません!!」

「ほう!! ファティアが食べないなら私がいただこう。精霊の力の宿る野菜か……古い書物には記載があるものの、実在しているとは思わなかった。実に興味深い」  

「リエンさん、待ってください、食べられないというのはあくまでたとえ話であって――――」

「ふふふ、わかっておるわ、冗談だ冗談」


 二人のやり取りを聞きながらサラダを食べてみたが――――


 これは……ヤバい。


 味もそうだが、火の精霊の力だろうか? 身体中がポカポカして熱くなってきた。程よい辛味と水の力が宿った瑞々しい葉は噛み締めるほどにじゅわっと旨味が流れこんで来る。


 限りなく透明に近いセファイローブは食べるとそよ風が吹き抜けるような清涼感が全身で味わえる。


 そして大地を感じさせるこげ茶色の根菜、ガイアルーツを食べると力がモリモリ湧いてくる。


 身体に良い、などというレベルではない。


 しかも――――これだけ食べたのに食欲は落ち着くどころか、むしろいくらでも食べられそうなほど胃の調子が良くなっている。


 シャキ、シャキ、シャリ……


 食感も素晴らしい……固すぎず柔らかすぎず、噛んだ瞬間に歯から脳に伝わる幸せな感覚。永遠に咀嚼していたいと思ってしまう。根、茎、葉、花、全ての部位で味や食感、香りが異なるから飽きるということが無い。


 市場で手に入るものとは鮮度が違うのだろうか? 野菜を生きていると意識したことは無かったが――――


 間違いなくこの野菜たちは生きている。そしてその生を俺がいただいているという感情で泣きそうになる。



「続いてはこちら『星屑のウインク』となります。夜空をイメージしたネビュラベリー、ルナックスベリー、エトワールベリーに煌めく星屑をイメージした輝く木の実スターライト・ノートを散らしました」


「素敵!!」

「なんて美しい……」

「本当にキラキラ光ってる……」


 女性陣から今日一番の歓声が上がる。ここまで来るともはや食べ物というよりも一種の芸術なのではないかと思う。さすがの俺も食べるのに躊躇する程美しい。


 プチッ プチッ


「……美味い」


 ベリーの弾力のある粒が弾けると瑞々しい果汁と芳醇な香りが口いっぱいに広がる。


 見た目に負けない美味さだ。三種のベリーはそれぞれ味も酸味の強さも異なっている。その名前通りに色味が空のグラデーションを表現していてみているだけで目を楽しませる。全体的にやや酸味が強めなのだが、光り輝くスターライト・ノートの優しい甘さが全体として絶妙すぎるバランスを生み出しているのだろう。


 実に素晴らしい体験をさせてもらっている。自然の恵みに感謝するという想いがより一層強くなる。


 ここまでの料理を食べて思ったが、エルフの料理というのは素材で勝負している。


 調味料のようなものはほとんど使っていないか使っていても最低限で少なくとも存在を意識させていない。食材の組み合わせで補い引き立て合うことを意識しているのだと思う。


 最高の食材を新鮮なうちに美味しくいただく――――か。


 なんてシンプルで贅沢なことだろう。


 この料理を食べるためにはるばる旅をする価値は十二分にある。


 来て良かったな……ミスリールに。知らずに死んでいたら後悔してもしきれないところだった。

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