第百四十五話 老舗の名店『エーテリアル・バウム』
「わあ!! あそこ入りたかったけど入れなかったお店だ!!」
チハヤたちは街巡りしていたからすでに知っていたらしい。一斉に歓声が上がる。
たしかに名店だと知らなくとも入ってみたくなる外観だ。
横幅だけで百メートル近くある大樹『ミレニアン・グローヴ』の隆起した根元の空洞を利用して作られた店舗は、チハヤやリリアではないが、いかにもエルフの街へ来たという雰囲気が味わえる抜群のロケーションだ。
ティアによると、こうしたシンボルツリーの根元の空洞はいわゆる街の一等地で、実績のある名店しか入居できないらしい。
逆に言えば、こうした店であれば外れを引くことはないともいえる。
まあ……入れるかは別の問題となるが。
「みんな、俺があえて言う必要も無いだろうが、紹介してくれるティアに迷惑がかかるような行動や言動は慎むようにな」
「「「はーい!!」」」
紹介制ということは、何か問題が起きた際は紹介者がその責任を負うということだ。恩を仇で返すようなことは絶対に避けなければならない。
「あはは、そんな気を使わなくても大丈夫だよファーガソンさま。あの店の店長私の幼馴染だから平気平気」
「そうなのか? だがそれを聞いて正直少しだけホッとしたよ。これで少しは食事に集中出来そうだ」
正直フィンクさんみたいな強面の料理人だったらどうしようかと少しだけ思っていたが、ティアの幼馴染か。必要以上に気を使わなくて済むのはありがたい。
「これはティアさま! ずいぶんとまた大勢で……もしかして食べにいらしてくださったのですか? すぐに店長を呼んできますね」
迎えてくれた店員が慌てて店長を呼びに奥へ消えていった。
「……久しぶり、ティア」
ティアの幼馴染だという店長は、見た目十代の美青年だ。実年齢は百を超えているのだろうが。
言葉数も少なく仏頂面のせいで少し不機嫌そうに見えるが、ティアが気にしていないところを見るとこれが普通なのだろう。
「突然悪いねルーイ、大切なお客さまだからぜひここの料理を食べてもらいたくてさ」
「……そう、わかった。珍しいね……ティアが誰かを連れて来るって」
「そうだっけ? とにかく皆お腹空かせているからお任せで頼むよ」
「わかった……ありあわせだけど」
予約もせずに急に大勢で押し掛けたのはこちらだ。食べさせてもらえるだけでありがたい。
『エーテリアル・バウム』は自然に出来た空洞を利用しているので複雑な形状をしているが、大きく分けると常連客のみが入れるフロアと俺たちのような紹介された者が利用する個室フロアに分かれているのだとか。常連になるには何回通えば良いと決まっているわけではなく、あくまで店長の判断で決まるらしい。
「凄いですよコレ……これ全部エルダートレント製じゃないですか!!」
案内された個室に入るなり、リリアが思わず叫ぶ。
「それってすごいのリリア?」
チハヤがたずねるとリリアが大袈裟な身振りで頷く。
「この椅子一つで高級車が何台も買えるからね」
「ええええっ!? なんだか座るのが怖くなってきた……」
コウキュウシャって何だ? リリアもたまに意味が分からない言葉を使う。
「大丈夫だチハヤ、目玉が飛び出るほど高級なのはたしかだが、その分武器や防具にも使えるくらいおそろしく頑丈だからな。たとえお前が十人乗ったところでビクともしないさ」
「本当? もし壊れたらファーギーが弁償してね?」
「え? あ、ああ……わかった」
俺の言葉を聞いて安心したのか、ようやくエルダートレント製の椅子に腰かけるチハヤたち。
『きゃっ、きゃっ!! がんじょうなの~!!』
待てドラコ、いくら頑丈だからってシシリーを乗せるな。大丈夫だとは思うが絵的に壊れそうで怖い。っていうか。小さいドラコはともかくシシリーも入店させてくれたのか? さすが名店……懐が深いな。
「エルダートレントも良いけれど、この葉のような器……本当に美しいわ」
リュゼはエルダートレントよりもテーブル――――もちろんこれもエルダートレント製だが――――の上に置かれたモノに興味が湧いたらしい。おそらくは皿の代わりだと思われるがたしかに美しい。
「それはセイリアル・ラプスの葉だよ。強度があって適度に弾力もある。表面がツルツルだから汚れも付かない。何度も繰り返し使えるし、最後はちゃんと土に還る。もちろん人族のように木皿も使うけど、こっちの方が一般的だね」
ティアがすかさず解説してくれるのでとても助かる。
それにしてもセイリアル・ラプスの葉か……加工をしていないのに実用的で見た目も美しい。これは良いな。木皿よりも軽いし重ねても場所を取らない。
「うわあ……このフォークもスプーンもエルダートレント製じゃない……食べる前からもうお腹いっぱいよ」
「ふーん、じゃあリリアは食べなくても良いのね?」
「リュゼさま、私が間違っておりました。ぜひともエルフの料理食べたい……です!! 死ぬほど!!」
冗談めかしたリュゼの突っ込みに必死に弁解するリリア。
たしかにここまで来てせっかくの料理が食べられなかったら……死ぬほど後悔しそうだ。
「器だけじゃないですよ、この水も……普通じゃないです」
ファティアが可愛らしい花に注がれた水を口にして唸る。
「どういう意味だ? まさか……不味いのか?」
「それこそまさかですよ、飲めばわかります」
普段あまり感情が変化しないファティアの顔が興奮で上気している。
「ふむ……そこまで言われると気になるな。どれ、飲んでみるか」
花の器だから柔らかいのかと思ったが、意外にしっかりしていて持ちやすく飲みやすい。
な……なんだ……これは……?
ちょっと表現が浮かばない。
限りなく純粋で……限りなく甘く……一口飲めば全身が潤いを取り戻してゆくような……飲んだというよりは吸収したという方が近い。
これは――――本当に水なのか?
「ティア?」
「ミスリールにはね、山脈と大森林で磨かれた湧水があちこちにあるんだ。それも美味しいんだけど、これは私たちの言葉でエルドリッチ・ドリューと呼んでいるものでね、樹齢数万年ともいわれているミスリール最古級の大樹から沁み出る露を集めたものなんだ。これから味わう料理を最大限味わうためにルーイがわざわざ用意したんだろうね。いつでもあるわけじゃないから実についてる」
なるほど……口や舌をクリアにするために……。たしかに味覚……いや、全ての感覚が研ぎ澄まされて鋭敏になったような気がする。
「はうう……美味しいです……故郷の濁った泥水とは大違い……」
「うっ……マギカ、せっかく満喫しているんだから嫌なことを思い出させないでよ」
双子が泣きながら水を飲んでいる。泥水……もしかして魔王領はかなり厳しい環境だったのだろうか?
いや……たしかにこの水を知ってしまうと美味しいシトラ水ですら色褪せてしまうが。