第百四十四話 ティアのおすすめ料理店
「ふふ、皆さんにミスリールヘイヴンを楽しんでもらえたようで良かったよ。夕食にどこの店に行くのか決まっていないのなら良いお店紹介しようか?」
おお、ティアから素晴らしい提案が!! 地元のことはやはり地元民に聞くのが一番だ。
「貴女がティア? ファーギーから聞いてるよ。とてもチャーミングで可愛らしい女性だって。イメージ通り……いいえ、想像以上でかわいい!!」
待てチハヤ、俺はそんなことは言っていない――――
「本当? あはは、嬉しいな!! あ、もしかしてキミがチハヤ? キミこそ聞いていた以上に素敵だね。なんていうか……凄まじいというか……もしかしてキミ、神聖魔法使い?」
さすがティア……ということなのか。会っただけでわかってしまうものなのだろうか。
「えへへ、まだ使い始めたばかりの見習いみたいなものだけどね」
「あはは……神聖魔法に見習いとか無いんだけどね……まあ良いや、一応聞いておくけど店はお任せで良いんだよね?」
「……虫だけは絶対嫌」
「「「「ひえっ!?」」」」
なんだろう……街全体の温度が一瞬真冬並みに下がったような錯覚が……!?
「あ、あはは……う、うん……わかった。だよね~虫は嫌だよね。うん……大丈夫、街の安全のためにも絶対に出させないから安心して?」
「うん、ありがとうティア、楽しみにしてる」
『ねえファーガソンさま、あの子、チハヤって聖女だよね? なんでこんなところに聖女がいるのさ? あ……もしかしてファーガソンさまってじつは勇者だったりする?』
こっそり耳打ちしてくるティア。
『ああ、チハヤは聖女だ。表沙汰になると面倒なことになるから隠してはいるがな。ちなみに俺は勇者じゃあない』
『なるほどね。わかった、チハヤのことは適当に誤魔化すようにするよ。それよりさ、さっきチハヤのことを話してくれたのって……もしかして私の身体のことを心配してくれたからだったりして?』
そんなわけないかと笑うティア。
『ああ、そうだ。最終手段とは思っているが、必要ならチハヤに土下座してでも頼もうと考えていた』
笑っていたティアが目を丸くして固まる。
『あ、あはは……そう……なの? もう……まったく……もうっ、もうっ、ファーガソンさまったら、もう……』
「あー!! ファーギーがティアを泣かしたあ!!」
「ファーガソンさん……さすがに街中で女の子を泣かせるのはちょっと……」
「女泣かせのファーガソン……」
ティア、頼む、女性陣がドン引きしているから泣き止んでくれないか……。
◇◇◇
ミスリールヘイヴンはダフードをモデルにしているということもあって、俺たちには馴染みやすいというか構造が把握しやすい。何せ街全体の大きさから通りの数まで同じなのだ。主要な構造物の位置まで同じだとわかった時は正直驚いたが。
両都市の比較でいえば、人口こそダフードには劣るものの、自然の豊かさでは圧倒的にミスリールヘイヴンに軍配が上がる。ダフードにも緑地は多いが、あくまで住宅地に緑があるわけで、ミスリールヘイヴンは緑地の中に住宅があるという意味でその比率は真逆と言って良い。
とりわけ目を引くのが街中に突如として出現する七本の大樹の存在だ。
ティアによれば樹齢が少なくとも千年を超えているものばかりで、それぞれ名前が付けられている――――
セラフィ・ルーティス、エイジアン・ウィスダム、ミレニアン・グローヴ、ヴェールディナ・サンクチュアリ、アンシェント・エマレス、プライムルート・モナーク、ティタン・エイラ
そのまま地区名や通りの名前にもなっているそうだ。待ち合わせや目印としても便利で、目的の料理店はそのうちの一本『ミレニアン・グローヴ』の巨大な根の隙間にある店なのだという。
「しかし樹齢千年とは凄いな……」
人族は木が大きくなると建材として伐採してしまうからな……。樹齢数百年の樹ですら探そうと思ったら辺境まで足を延ばす必要がある。都市部の付近でも無くはないが非常に稀なことではある。ましてや千年以上となると……ちょっと聞いたことがないかもしれない。
「そうかな? 千年くらいだとミスリールの中枢なら若木の部類だけどね。普通にそれ以上生きているエルフも多いし」
人族では考えられない話だな。千年前のことなんてかろうじて伝説として残る程度で信憑性も怪しくなるが、エルフなら当時生まれた者が今でも生きているのだから。
「あそこが私のおすすめ料理店『エーテリアル・バウム』だよ。本来一見さんお断りのお店でね、紹介が無いと入店も予約も出来ない歴史のある老舗のミスリールヘイヴン支店なんだ。本店ほど厳格じゃないけどエルフの紹介が必要なところは一緒だね」
ほう……俄然期待が膨らむな。
俺は客が店を選べるように店側も客を選んでも良いと思っている。
客層や店内環境を含めての食事体験だからな。
客を選ぶということは、それだけ料理にこだわりと哲学を持っているからの裏返しに他ならない。そしてその結果長く営業し続けているという事実が本物の名店であることを示しているのだ。