第百四十三話 残された時間
気が付くとティアが両手で俺の手を握っていた。
「ねえファーガソンさま……そんな顔しないでよ。私はこれでも今とっても幸せなんだから」
「ああ、俺も笑ってるティアが好きだ」
「でしょ? だからアナタも私と居るときは笑っていてほしいな」
美しい笑顔だと思った。俺は幸せというものがよくわからないが、彼女に笑っていて欲しいと思った。
だから――――
「ああ、そうだな……そうしよう」
精一杯笑ってみせよう。せめて彼女の前だけでも。
ずっと力が欲しいと思っていた。大切な人を守れる力が。
だが……ティアに教えられた気がする。力が無くたって笑顔を守ることは出来るのだと。
誰しも限りある生を必死に……大切に生きている。
長いから幸せなわけじゃない。短いから不幸なわけじゃない。
わかってる。
だが俺は諦めたくないんだ。たとえ勇者や聖女のような奇跡の力が無くたって出来ることがきっとあるはず。
待てよ……そうだ……チハヤがいるじゃないか!!
聖女の力ならもしかすると……いや、生まれ持った寿命は難しいだろうか。
いや、それはやってみなければわからない。
はっ……ちょっと待て……俺は……自分のエゴのためにチハヤの力を利用しようとしている……のか。
彼女なら頼めば嫌だと言わないことを知っているから?
それでは俺が一番嫌いな連中と結局変わらないじゃないか。
だが……俺の評価なんてどうでも良いんだ。
「ティア、こんなことを聞いて良いのかわからないが……お前にはあとどのくらい時間が残されているんだ?」
チハヤに頼むのは最後の手段だ。
もし本当に時間が無いのならば……その時はチハヤに土下座でも何でもする覚悟はある。たとえその結果、彼女の信頼を失うことになったとしても……出来ることをせずに後悔するよりは百倍マシだ。
「……あと二百年くらいだって聞いてる」
「二百……年? そ……そうか……それは短いな(エルフにしては)」
たぶん人族の感覚だと十年といったところなんだろう。そう考えればたしかに短いが……。
残された時間は少ないが、焦る必要があるほどは短くはない……ということだな。
良かった――――決して問題が解決したわけではないが、とりあえず良かった。
少なくとも――――俺の目の前で彼女を失うことはないのだから。
やれやれ、結局俺は……どこまでいっても自己中で傲慢な男だな。
「ティア……そろそろ行こうか?」
「うん、たくさん話が出来て嬉しかったよ」
時間の感覚は近くても……寿命が異なる種族間にはやはり深い溝があるのだと実感させられる出来事だった。
「ファーギー!!」
「ファーガソンさん!!」
ミスリールヘイヴンの中央広場の噴水前でチハヤたちと合流する。
「街巡りは楽しかったか?」
「うん、建物の見た目はめっちゃ普通なんだけど、売っているものは全然違ってお買い物が楽しかったよ」
「私もついつい買い過ぎてしまいました」
ほう、チハヤはいつものことだが、セリーナまで買い物に夢中になるとは珍しいな。物欲はあまり無いと思っていたんだが……周りに影響されて少しずつ本来の彼女に戻りつつあるのかもしれない。
今は研ぎ澄まされたナイフのような剣士だが、本来の彼女は心優しい貴族令嬢だ。どちらも彼女だから良い悪いということはないが、これはきっと好ましい変化なのだと思いたい。
「聞いてください、ファーガソンさま、さすがエルフの街、私にピッタリな剣や装備が沢山あるんですよ!! 思わず店ごと買い占めようかと思ったんですが、皆さんに止められまして……」
珍しく興奮気味な様子で語るセリーナ。うん……全然変わってなかった。安心したような複雑な想いだ。
「あはは、セリーナさんは止められたんですけどね、リュゼさんは止められませんでした……」
がっくりと項垂れるファティア。
「ええ~、だってとっても可愛いドレスばかりだったんですもの。今買わなければ一生後悔するわ。わかるでしょ、ファーガソン?」
リュゼ……捨てられた仔イッヌみたいな顔しても駄目だからな。
「そうだな、エルフの生地とセンスはここでしか得られないものばかりだろう。買わずに後悔するなら買って後悔した方が良いと俺は思う」
「やっぱりそうよね!! さすがファーガソンわかってるわ!!」
「前から思っているんですが、ファーガソンさん……リュゼさんに甘すぎませんか?」
「そ、そういえば夕食は何処に行くのか決まっているのか?」
ファティアのジト目から目を逸らす。
「皆さん買い物に夢中で何も決まっていないのですよ、ご主人さま」
呆れたように肩をすくめてみせるリリア。
「リリア、そういうお前が一番熱心に買い込んでいたじゃないか?」
「あら、私のは仕事の一環ですので。リエンさまこそ魔導書を山ほど買い込んでらっしゃったではありませんか」
「ば、馬鹿者、貴重なエルフの魔法が記された書物がタダみたいな価格で売られているのだぞ? まったく……エルフは危機感が欠如しているな。エルフ以外には使えないからと考えているのだろうが、私のような天才が悪用しないとも限らない。だから保護したまでだ」
……皆、買い物を楽しんだようで何よりだな。
「ネージュは買い物をしなかったのか?」
「……私はお嬢様の護衛ですからね、買い物などしている余裕などありません」
それもそうか。ちょっと可哀想な質問だったな。
「あら? ネージュは買い物はしていないけど誰よりも熱心に買い食いしていたじゃない?」
「お、お嬢様!?」
前言撤回……全然可哀想じゃなかった。
双子とドラコ、シシリーは……完全に着せ替え人形状態だな……まあ楽しそうにしているから良いか。
「しかしリュゼ、皆、そんなに買った荷物をどうしたんだ?」
「とりあえずすぐに使うもの以外は、まとめて王都の私の屋敷に送ったわよ」
なるほど……な。
だが、それってタイミング的に依頼されて運ぶのはたぶんアリスターさんの商隊だよな……それに荷物を守るのは俺たちなんだが……。
なんだか送料分が勿体ない気がするのは気のせいだろうか。